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烈氷の剣姫  作者: 黒曜 砕
3章 烈氷の剣姫
27/31

第11話 燃え滾る怒り

 1


 レイとアンテノルが剣を交わす。

 一度打ち付け、二度交わし、三度目では互いに根本で抑え合い、その後に距離を取った。


 その後にもアンテノルはまるで平気な顔をしている。だが、レイは違った。


「はあ、はあ、はあっ。」


 息を荒くする。肩で呼吸するその様は、これまでどのような状態でも表に出さなかったレイを見て来た観客や仲間達にとっては衝撃だった。

 観客席がざわつき、アンテノルはそれを見てにやりと歪んだ笑みを浮かべる。

 舞台袖で食い入るように見ていたウィスタリアとバリガンにとっても同じだ。


「レィナータ……。」


「な、なあ、あんな息あがっちまってるぜ。ほんとに大丈夫か?」


 これまで二人はレイと戦い、何があろうと動揺しないその様を見ている。そんな二人にとってレイがこれほど呼吸を荒げている事そのものが驚きだ。


 アンテノルにとっては違う。わざとらしい呼吸は、自分に阿る事を了承したに等しいのだから。


「さあ行くぜ!」


 アンテノルはそろそろ自分の勝ちが近付くと分かると、気分が高揚した。

 ろくな腕を持たない自分が学院に入学するなり一目置かれ、そこからは多くの伝手が出来るだろう。自分の奇策が嵌ったと思った。


 だがそれは奇策などでなく、誰もやらないのは社会秩序の上でそんな事をしてはならないし、下手にこの場を汚すのは巡り巡って自らの家に降りかかる悪評という不利益の面でもするべきでないというだけだ。

 そういった人間は自分が一歩やってやったという全能感に耽るのはよくある事で、今の彼はまさしくそうであった。ただし、これを成功させていた小細工の上手さだけは褒めるべき手筈かもしれない。


 アンテノルとレイが何度も剣を打ち合う。

 一度打ち合い、二度交わす。明らかにレイの剣の冴えが先程よりも劣って見えた。


(そうだよな。そうしなくちゃいけないよな!)


 レイが強化魔法を使わない事も、そしてそれでも自分を鎧袖一触に倒してしまえる実力なのはアンテノルは理解していた。それはつまり生徒、教師や学院騎士団の面々に至るまで同じ事を思っているだろう。民衆も理屈は分からないながら、レイがとてつもない実力を持っている事だけはなんとなく程度でも分かっているだろう。

 ならば単純にレイが負けてしまうと皆不審に思う。それまでの怪我が原因で悪化して負けたと振る舞えるように演じる事は、アンテノルにとっても願うべくもない展開なのだ。


(見事な奴だな。演出が上手い!俺が勝っても不思議じゃない演出をしている!)


 打ち合いの末に距離を取る。顔を青くしていたレイが汗を流し、顔を挙げる。


 その瞬間、観客席で一際大きな光が見えた。


「………………あ?」


 アンテノルは、それは理解が追い付かないものであった。

 結界魔法の光だ。



 2


「はあ、はあ、はあっ。」


 レイが息が上がったように見えた時。観客席のサリーとツバキもそれを目撃していた。


「ね、ねえっ。ツバキ!レイ様が!」


 サリーは動揺してぶんぶんとツバキの肩を掴んで振り回す。

 だが、ツバキは違うものを見ていた。


「……?」


「はえ?何?どうしたの?」


 気ままに自由に暮らし、朗らかなツバキの表情が固まり、真剣な表情をしている。ツバキの銀の耳が変形し、漏斗のような形状になっている。

 サリーはそれに気付くと口を噤む。何か重要な事が起きていると察したのだ。


 変形した耳は彼女の補聴器だ。5年前、失った耳の代わりにカルラシード家から手に入れたもの。これは変形させる事ができ、魔導器として集音効果を発揮できる。その場にある僅かな声ですら聞き逃さない、5年前時点での最新技術のすべてがふんだんに用いられている。


(『つばき』?)


 呼吸の切れ間に、ほんの小さな声でレイがツバキの名を呼んでいた。このような偽装をしている時点で、声に出すべきではないと思った。

 何か他に聞かれては駄目な状態で、ツバキに伝える必要があると考えたのだろう。

 まず名前だけ呼んだのはもしアンテノルが聞こえても意味が無いからだ。『ツバキ』という名前はこの国の人間にとって変わった名前で、知らなければ人名であるとは思えない。


 レイはそのまま立ち上がる。下手に留まり続けるのはおかしいからだ。だが荒い呼吸はそのままに、今度は声に出さずに口の形だけで動く。


(読唇術!)


 口の形で話の内容を読み取るものだ。

 この5年、ツバキは語学の練習をした。たどたどしかったこの国の言葉を真面目に勉強したのだ。その中で、どのような発声であるのか、そしてその口の形も分かっている。

 それを読み取れという事だろう。そんなに隠蔽せねばならない時点で、恐らくは重大かつ迅速に伝えなければならない事だ。

 耳の変形を元に戻し、次第に剣戟へと移るレイの唇を見逃さないようにじっと観察する。


(『う』)


(『し』)


(『ろ』。………………!!)


 その場から動かず、サリーに抱きつくふりをして横目でちらりと様子を伺う。この時はじめて、ツバキは自分の後ろに黒い外套を着た男がいる事に気付いた。

 春先の、あたたかな昼過ぎであるというのに無駄に厚手の外套を身に纏っている。その下には武器や簡素な防具程度なら隠してしまえるだろう。わざわざこの人間が居るとレイが必死に伝えている時点で、それが危険人物であるのは理解した。

 すると必要なのはメリアスだ。だが、メリアスはずっと後ろに要る。大声で呼べばこの喧噪でもメリアスは反応してくれるだろうが、後ろの人物がどう動くかは分からない。


(結界魔法を、頼むって事だね!)


 レイの意図を察したツバキは、抱きついたまま隣のサリーのスカートに手を入れ、太ももに指で文字を書くようにしてそれを伝える。

 先程ツバキが集音機能を使っていたのに気付いたサリーは、いつものじゃれあいではなく、周囲に伝えない為に行っているのだと理解していた。


『結界魔法を使って。』


(分かったわツバキ。任せて。)


 サリーにとっては何故それをしなくてはいけないのか理由がない。だが、ツバキがそう言っているのだから間違いない。

 既に、無言で全てを信頼できるほどの信頼関係が構築されていた。

 ツバキはサリーの身体から離れると、食い入るように試合を観戦するふりを始めた。サリーは下ろした掌の中で隠すように結界魔法の準備をはじめる。


 レイが剣を打ち合う。一度打ち合い、二度交わす。明らかにレイの剣の冴えが先程よりも劣って見えた。

 それにアンテノルは喜んでいるように見える。


(お願い……サリー早く……!!)


 サリーが全力を尽くしているのは分かる。だが、レイの危機にあってツバキは焦っていた。

 サリーはその焦燥が伝わるからこそ、決して焦って精度を落とす事もなく、かつなるべく高速に術を編む。準備が整う頃にはレイが打ち合いを終えて距離を取っていた。


(うん。いつでもいけるわ!)


 サリーはツバキに頷き、準備が整った事を告げる。ツバキはすぐさま魔法の発動を頼んだ。

 二人の周囲が光りはじめ、薄い透き通るガラスのような白い壁が作られる。それと同時か少し早いぐらいのタイミングで、ツバキが大声で叫んだ。


「メリアスーーーーー!!!」


 その瞬間、刺客は何かしらの合図がレイからメイド達に送られた事に気付いた。

 短剣を懐から取り出し、筋力強化の赤い光を伴ってサリーとツバキに襲い掛かる。しかし、その攻撃は結界で防がれた。


 ほんの一回だけ、ほんの一瞬だけそれを防げればそれだけで十分だ。あとは最強の騎士が全てを終わらせる。

 観客達を飛び越え、刺客の頭上からメリアスが飛び掛かる。

 普段の間の抜けた言動とはまるで違う。その言葉から発せられた言葉は全てを怨み、呪い殺すように冷徹だ。


「失せろ外道。」


 刺客は咄嗟に手甲を装備した両腕に耐久強化の青い光を纏わせるが、メリアスには無駄だ。腕を的確に避け、木剣により頭部と腹部へ二連撃の斬撃を放つ。

 確実に急所を捉えた二撃に悶えながらも、せめて一矢報いようとしてのだろう。短剣を持ち替えてメリアスに襲い掛かるが、魔導器の右脚でナイフを弾きながら喉を蹴り上げるとあっという間に鎮圧してしまった。

 メリアスが飛び降りてきてから僅か数秒の出来事である。




 3


「…………どうやら、終わったようだね。」


 光と共に結界魔法が発動し、その後少しの騒動の後にあっという間に鎮圧された。

 これはつまりアンテノルの企みの全てが瓦解した事を示している。


「はあーっ、はーっ!はあっ、はっ!」


 全てを理解したアンテノルは怯えている。呼吸は乱れ、過呼吸のように短くなっていく。


「ぜんぶ、演技だったのか……!?」


「当たり前だろ。君程度を相手して怪我が悪化すると思ったのか?」


 それは半分本当で、半分嘘だ。今も痛みはある。だが、湧き上がってくる怒りによって最早それは些細な問題でしかなかった。

 そしてこの言葉には別の意味も込められている。「お前如きと戦って演技でも弱ってるふりが成立すると思うか?」という挑発だ。


 審判の教師は観客席の騒動に気付いたようだ。だがこのような事はこれまでにないのだろう。その観客席の騒動の内容が何であるかはまだ完全に把握していないようだ。

 それでいい。今中断なんてされると、この燃え滾る怒りはどうしろというのか。


「う、うおおおおおお!!!」


 もう負けなど分かっているが、完全に自棄だ。筋力強化の赤い光を伴ってレイへと攻撃を繰り出した。


「ゼアッ!!!!」


 場の空気を裂くような怒声。それと共に片手で繰り出された、レイの突き。

 捻り込むように打ち出されたそれは飛び掛かるアンテノルの木剣を折り。そのまま革鎧に突き刺さり、それでも尚威力は留まらずアンテノルの身体を後方へと吹き飛ばした。

 アンテノルの革鎧には穴が空き、内部まで破れていた。


「しょ……勝負あり!勝者、レィナータ!」


 会場全体からわあっという歓声が上がる。ただし、メイド達が刺客を鎮圧した場所だけは刺客との戦いを見ている者も多く、ざわついている。


「アンテノル!あなたは……」


 審判の教師が仰向きに倒れるアンテノルに近付こうとする。

 だが思わず足を止めた。


「…………………………。」


 それは怒気だ。レィナータから湧き上がる怒りと噴出する魔力により、僅か十五歳の少女であるというのに生物の本能として怯え、足を止めてしまった。


 レイが一歩一歩、アンテノルへ近付いていく。アンテノルは倒れたまま、痛みからその場から動けないようだ。


「アンテノル。」


 倒れたアンテノルの胸を右脚で踏みつける。ぐえ、と声があがった。


「君は、この戦いを汚した。」


 これまで戦った立派な騎士の卵である、ウィスタリアとバリガン。アンテノルが第一試合と第二試合で同じ手段で勝ち上がり、不当な負けを強いられた生徒達。過去、これまでこの入学試験で戦った生徒たち。

 そして、善い戦いをしろと稽古という餞別と共に送り出したロウェオンに至るまで。

 その全てを侮辱する行いであるのだ。


「君は、僕の大切なものに手を伸ばそうとした。」


 言うまでもなく、サリーとツバキだ。彼女達二人とメリアスを合わせたメイド達三人はレイにとって自らの命よりも大事で、何をかけても守ると決めている。

 この国は危険があるのはレイとて承知している。これから先、理不尽に危険が降り注ぐ事も承知の上で共に学院に来た。

 だが、それにしてもこのような、心底つまらない事で彼女達に危害を及ぼそうとした。それが許せないのだ。


 レイは、一度大きく深呼吸をする。


 その時、圧倒され呆けていた審判の教師が意識を取り戻したようで、レイへと駆け寄る。おおよその事情は何かを察した。

 だからこそ、これからはレイではなく学院が手を下してやるべきと考え、歩み寄って呼びかける。


「待ってください!あとは……!」


 レイの双眸と青い髪が充填した魔力により青く光り輝く。

 光は輝きを増し、その瞬間にその場に居る全員が、凍て付く冷気によりレイが鎧を着ているように見えた。


 そして次の瞬間。レイを中心に、()()()()()()()()()()()

 石畳から壁に至るまで、あらゆるものすべて。入口も地から突き上がる氷が凍結し、その道を塞いでいる。とてつもない出力の魔法だ。観客達にまでその怒りは伝わっているようで、静まり返っている。


「なっ!?」


「か……かぺ……」


 その場に居た、教師は足元が凍り付いてしまい、動けない。

 レイの足の下に居たアンテノルは、氷に包まれている。


「君には二度と手を出させない。分かったね。」


 そう言うレイの身体は霜が降りて真っ白になり、その瞳は怒りを滲ませる。


 この分かったね、は呼びかけや問いではない。ただの事実だ。最高権力者である王が誰かに許可を取る事はないように、手を出すという事象一切を許さないだけだ。

 この時アンテノルは、本当に怒らせてはいけない人間を怒らせてしまったのだと、魂に刻み込まれるほどに理解した。


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