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烈氷の剣姫  作者: 黒曜 砕
3章 烈氷の剣姫
26/30

第10話 暗闇に見出す光明

 1


 アンテノルが仕掛ける。大振りの一撃を振って来た。筋力強化がかかっており、赤の光をまとっている。

 レイはそれをひらりと躱すと、先程と違い反撃を加える事はなく再び距離を取った。


「ああ。流石の腕前ですねえ、王女サマ!」


 アンテノルの言葉は明らかにレイを挑発する為のものだ。


(……落ち着け。怒りを抑えろ。僕の一挙手一投足でサリーとツバキが危機に陥るかもしれない。)


 今、観客席のツバキにはナイフが突き付けられている。

 アンテノルが見せつけて来たという事は、あの厚手の黒い外套を着た者は恐らくヴィズル家の下人か、或いはアンテノルが個人で雇った下手人であるはずだ。

 ツバキはその身のこなしからさらりと躱せるかもしれない。だが、この喧噪だ。それも絶対ではなく一歩遅れてしまうかもしれない。

 問題はサリーだ。彼女は魔法使いであるから、面と向かってであれば騎士にも負けはしない。だが肉体はその分脆く、不意を突かれてしまえば死ぬ事もあるかもしれない。

 回復魔法で治癒は出来る。だが、毒が塗ってあれば半ば即死というのもあり得ない話ではない。そのような危険は絶対に冒せない。彼女達はレイにとっての全てだ。


 メリアスが傍にいてくれれば何も心配は無かったのだが、彼女はあいにく後ろの方で奥まって試合を観戦している。

 これはメリアスのせいではない。国家反逆罪を受けており、罪人の首輪を付けているのが悪目立ちすれば、彼女を知らない民衆にとっても混乱を招くかもしれないからだ。あくまでも刑罰である為、首輪を見えないようにする事も禁じられている。

 逆にサリーとツバキのせいでもない。サリーはこの学院の卒業生でもあり、学院の警護や貴族達がこの場所を大切にしているのも理解している。その為、いくら重要視されるとは言ってもたかだか入学試験の試合に水を差すような事はするはずがない。


「俺から行くぜ?」


 何度かアンテノルがレイへと攻撃してくるが、レイはそれを悉く弾く。攻めてしまえばサリーとツバキが危険かもしれないので、あくまでもその剣を打ち払う程度だ。


「どうしたこの程度か!?」


(こんな奴の言葉を耳にするな。気をやるな。思考し、この中であらゆる可能性を全て手繰り寄せなければならない。)


 その間にも思考を巡らせたレイは、この所業はアンテノル個人によるものだろうとレイは推察した。

 ハーヴァマール王立学院は国内の貴族全員が通う事が義務づけられている。王宮に入った者はその限りではないが、それでも周囲の学院出身者の話から学院が大切な場所というのはよく分かるという。メリアスが学院に行かず王宮騎士団に入ったため、そのような話を何度か聞いていた。

 この場は貴族達に思い出の地でもあるのだから、下手に汚せば却って大きく名誉を失う。

 一方で汚い手段を使ってでも勝ちたいのは、入学してから良い立場に居たいから。これは単に見栄だけでなく、貴族が全員通う場所で一目置かれて入学するのは後の政においても伝手の面で卒業後にも役立つ。

 つまり、家の為になるからこのような脅迫をしている。しかしこれがバレた時家はむしろ失墜してしまう筈だ。


 矛盾している。この場所がそれほどの意味をあると分かっていればこのような行いは出来ない。

 だからこそ、それを知らない新入生であるアンテノルだけがやれるのだろうと考えた。


(しかし、それが分かったところでそれだけで突破口にはならない。)


 耐えかねた怒りからか、あるいは大切なものに危機が及ぶ焦燥からか。滝の様な汗をかく。それによって垂れた汗が目に沁み、僅かに動きが鈍る。

 その瞬間を突いて、アンテノルは緑の光――敏捷強化を使用してレイの胴を殴りつける。


「一本!アンテノル!」




 2


 舞台袖でレィナータとアンテノルの試合を伺っていた二人は不思議に思った。


「どうしたんだレィナータの奴?」


「怪我が悪化しちまったのかなあ。結構酷かっただろ?」


「確かにそうかもしれないな。肋骨が内蔵に刺さってしまえばレィナータとて多少は鈍る。」


「試合が終わりゃあ回復魔法で治すし心配しなくてもいいけどよお、試合中は不利かもなあ。」


 元々のレイの怪我を、ウィスタリアとバリガンはよく見ていた。だからこそ多少おかしな動きをした所で体調の悪さが原因であると考えたのだ。




 変に思ったのはその二人だけではない。サリーとツバキもだ。


「レイ様、どうしちゃったのかしら……?」


「さっきの試合のケガ、いたいのかな。」


「大丈夫かしら……。」


 おろおろとする二人は、まさか自分達の方が危険であるなど思いもよらない。ツバキの耳にも、最高潮のクライマックスで大盛り上がりしている会場の喧騒に掻き消されて届く事はない。



 3


(だからといって負けてやるなんてもっての外だ。)


 レイの都合は勿論ある。見返す為に魔法なしというハンデを背負って戦っているのだ。

 だがこの人質を取って脅迫するなどという行いは、この試合を、そしてこれまで戦ったウィスタリアとバリガンを。名こそ覚えていないが、アンテノルと戦ったという他の生徒を。そしてこの場で入学試験を行った過去の新入生たちを汚す行いと言えるものだ。

 レイがここでわざと負けたとして、後から弾劾する事は難しい。ここで抑えなければ証拠がない。

 レイと脅された者たちで申し出たとして、証拠が何一つなければどうしようもない。他者から見ればただの難癖と違いないのだ。アンテノルの好きにさせない為には今この場で対抗しなくてはいけない。


 怒りは胸に秘めておこう。今はただ冷静に場を見るべきだ。


(アンテノルや刺客に分かるように、今この場で弾劾するのはマズい。あちらが先に動くだろう。)


 刺客はサリーとツバキのすぐ後ろにいる。先に動かれるのは絶対に避けないといけない。

 勝つ手段は二つと考える。ひとつは刺客を何らかの手段で倒してしまう。もうひとつは目の前にいるアンテノルと、サリーとツバキの後ろにいる刺客には分からないように、サリーとツバキになんらかの合図を送る。


(前者は無理だな。氷塊を素早く飛ばして刺客を狙っても、それをした瞬間に先に刺客が襲い掛かるだろう。)


 となると残された選択肢は一つだけ。アンテノル達には知られないよう、メイド達にこの状況を伝えなくてはいけない。


(それに成功すればサリーが先んじて結界魔法を展開し、手出しできなくなる筈だ。)


 この5年でレイだけでなく、メイド達も鍛錬を積み上げた。サリーは結界魔法を含めた『四種魔法』と高等魔法を一通り使えるようになっている。

 彼女にどうにか知らせればいい。そうすれば最早手出しは出来ず、もし刺客が手練れで結界魔法を突破できてもほんの少し隙が出来、後ろにいるメリアスが気付いて即座に制圧するだろう。

 結界魔法にはほんの少しの時間が要る為、すぐに気付かれれば先に刺客が襲い掛かり、それは不可能となる。


(では、この状況をどうやってサリーへ伝えるか……。)


 頭を捻って考える。アンテノルの攻撃は今も苦も無く弾く事が出来ているが、その一方で付かず離れずを保っており、隙を見てサリーへ言葉を投げかけるとあちらが動く。

 恐らく同じような事はこれまでの対戦相手も考えたのだろう。このような汚い手を思いつくアンテノルが悪知恵を活かしてあらかじめ対策していたのかもしれない。

 なんとも鬱陶しいが、打ち払ってアンテノルをピンチに追いやるとその瞬間に刺客が動くと連携していても不思議ではないし、むしろ必須とも言えるだろう。


(…………よし。決めた。)


 レイはアンテノルに攻勢に転じる。

 それはこの状況に対して、対抗策を見出したという事でもあった。




物語佳境につき、本日2回更新致します。2回目の更新は21時です。

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