第9話 第三試合
「いたたたた…」
戻ったレイは応急処置程度ではあるが自ら傷の手当てをしていた。
馬上槍をモロに受けた脇腹は、あばら骨がどうやら折れているらしい。
「ごめんなあ、まさか自分から当たりにいくなんてよう。」
気まずそうにしているのは先ほど戦ったバリガンだ。この怪我は彼の一撃でよるものであるだけに申し訳なさそうな顔をしている。
「放っておけ。コイツが自分からやったことだ。いくらロウェオン様との約束とはいえ負けず嫌いにも程がないか?」
「あはは…まあ、そのぐらいじゃないとこうはなってないさ。あと一試合すれば回復魔法で治して貰うよ。」
氷魔法で怪我の一部を凍らせて簡易的な止血が出来る程には扱いに習熟しているが、打撲や骨折はどうしようもない。せいぜい患部を冷やしておく程度に留まる。
「なあ、それ冷たくねえのか?」
「魔法使いは自身の適性の属性には多少の耐性があるのさ。僕は氷ぐらいなんて事はないよ。」
「ふうん。毒を持ってる虫も自分の虫で死なねえもんなあ。」
バリガンは分かるのか分からないのか微妙な喩えをする。その呑気さにレイは思わず微笑んでしまった。
ウィスタリアは、そんな彼の話を切り出す。
「しかしお前の力はとてつもなかったな。レィナータが変な奴だったから負けてしまったが、お前ほどの剛腕を持つ騎士を俺は数えるほどしか見たことがない。」
「いやそうか?あっはっはっは!」
褒められたバリガンは隠すこともなく嬉しそうだ。今回の試合では木製の武器と指定されていたが、もしも鉄や真魔素材などその力に耐えられる武器であればさらに凄まじい実力を見せるだろう。
「俺はよう。この腕っぷしさえありゃあ魔物とだって戦える。他のものなんていらねえ。そう思ってたんだ。」
バリガンの言う事はあながち間違いでもない。
十五歳でこれほどの体格、その腕力を活かす技量、強化魔法の才覚を備えている。
さらに鍛え上げたなら魔物相手でも通用するし、これほどの騎士であれば魔物蔓延るこの国において生きるのに困る事などないだろう。
「けど違ったのを、アンタに負けて思い知ったんだ。」
絡め手によりレイが勝利した。それは、天恵とも言える剛力を持つ彼にとっては予想外の事態だったのだろう。
バリガンは単なる力と才に頼りきりの男ではなかった。一見おかしな馬上槍二刀流も投擲しても手元に武器を残すことで失格にならないという打算に基づくものだし、石畳を利用した石礫攻撃も工夫を凝らしており、レイが元々警戒しておらずまともに食らえば負けに一直線だっただろう。
だからこそ、それでも尚レイに敗北したという事実がバリガンにとって大きな糧ともなったのだ。
「だからもっともっと強くなる。いやあ、学校生活が楽しみだなあ!」
「呑気な奴だな。」
「なんだよおウィスタリア。でもアンタだってさ、レィナータに負けて嫌な気はしてねえんじゃねえのか?」
「む…」
どうやら図星を突かれたようで、閉口するウィスタリア。
そしてこの鬱憤を晴らすように、ウィスタリアの第二回戦の相手は完封されてぼっこぼこにされていた。
相手も騎士志望で鍛練こそ積んでいたようであったが、基本に忠実だからこそ、ただただ速すぎるウィスタリアの剣には対応することが出来ず、一方的な試合であった。
強化魔法とは、瞬間的に身体能力を爆発的に上昇させるがレイのように素で相手に対応できなければ意味がなく、ただ自分の隙を突かれて終わりだ。
次第に試合は第三試合へと移っていく。
どうやら1勝1敗という戦績からウィスタリアとバリガンが対戦を組まれたらしい。
互いに一進一退の見事な攻防を繰り広げ、最終的には鍔迫り合いの形となった事で筋力強化と本人のパワーから有利であったバリガンが勝利したようだ。
まさにどちらが勝ってもおかしくない試合で、試合の形式やルール、もしくは武器のいずれかが違っていれば結果は逆だったかもしれない。
加えて、二人ともそれほどの熱戦を繰り広げながらも目立った傷はなく、多少の打撲・擦過傷程度でしかなかった。勝敗で言えば二人に勝ち星こそ挙げているレイの方がボロボロという有様である。
そんなレイにも、第三試合が取り付けられた。
これまでウィスタリア、バリガン共に強敵でありながらも素晴らしい騎士であり人格者でもあった。身体こそ傷だらけではあるが、気分はそれとは裏腹に実に爽やかなものだ。
これまで同じく2勝している者たちの中から、最後の対戦相手は選ばれる。自らの怪我以上にそれが楽しみでもあった。
武器はシンプルな木剣を選択する。負傷から動きが重くなると見込み、少しでも装備を軽くするために小盾すら装備していない。
少しの不安と、大きな期待を胸に舞台へと足を踏み入れる。
2
「東口、ウズの村の領主!レィナータ=フォン=カルラシード!」
レイを見る民衆の目も変わって来た。どこか品定めというか、疑うような視線も混じっていたのがこれまでの試合を見るにつれて「こいつはやる」といったものになってきたのだ。
ウィスタリアとバリガンに勝利した上で、その二者がつい先ほど激戦を繰り広げていたのもあるだろう。あれに勝ったのかとさらに見直すきっかけになったのだ。
一方、貴族の子息である生徒からも見る目が変わって来た。
こちらはレイが強化魔法を使わずに戦ったというところが大きく、そのようなハンデを背負いながらウィスタリアとバリガンに勝利したという戦績をより大きなものとして見ていた。
きちんと騎士として鍛錬を積んでいたバリガンの第一試合の相手、ウィスタリアの第二試合の相手が一方的な試合運びであったのもあるだろう。
「西口、名家ヴィズル家の嫡子!アンテノル=フォン=ヴィズル!」
第三試合の相手であるアンテノルは随分とこれまでの二人とは様子が違った。
装備している木剣と盾の構え方もお世辞にもいいとは言えず、剣の重心も体幹もおぼつかない。体格もウィスタリアと身長はほぼ同じであるのに、一回りか二回りほど細身だ。その一方で髪は濡れたように艶めいており、身だしなみには気を遣っているのが伺える。バリガンなど生まれてこの方一度も整髪料など使った事がないだろうが、それはアンテノル王侯貴族故なのか。
これまでの試合を見ても際立ったところはないが、なんとも接戦を制していたな、程度の印象だった。しかし油断はできない。見た目に反し実戦では強いといった人物はいくらでもいる。
「試合、はじめ!」
アンテノルが構えに入る。中段で剣を両手で構えている。型に忠実で悪いとまで言わないが、なんともいまいちぱっとしない。見た目だけは同じだが、重心の取り方が後ろ足に寄り過ぎている。それでは動作の起こりが一歩遅れてしまうだろう。
レイは敢えて同じ構えを取る。しかし負傷の為に左手は添える程度に留めている。その姿勢は一縷たりとも揺らぎがない。これはウィスタリアや他の騎士志望の生徒達など、きちんと鍛錬を積んだものたちに共通するものだ。
(これだけだと、まるで強いとは感じないが…。)
無意識レベルの細かい所作は練度に直結するものだ。どう見ても強いようには見えない。そこまで込みで、もしわざとこのようにしているならば、彼はレイより遥か格上の達人と言えるだろう。
そのようにレイが訝しんでいると、アンテノルが仕掛ける。
まずは敏捷強化を使用したようで、緑の光を纏った両手でレイへと攻撃を打ち付けてくる。
「通さない!」
その一撃をレイが確実に剣で受け止める。強化魔法はパワーを、スピードを、それぞれ高めるだけのものだ。速さにより重さも増すが、それはきちんと基本がある場合だ。
剣を振る速さこそレイを上回っているが、その一撃は軽い。強化魔法を使っていないレイの方が弾く事に成功し、アンテノルの態勢が崩れると素早く後ろに下がる。
「くっ……。」
(鍛えている方だと自覚はあるが、それにしてもあちらが弾き返すとは…。)
レイの側が弾かれずとも、剣と剣を鍔迫り合いになる展開は十分ありうると思っていた。その状態になれば鍔迫り合いから筋力強化に移り、レイは不利となる。
しかしなんと強化魔法を使っていないのに剣の重さでレイが勝ってしまった。武器自体はほとんど同じ形状の木剣であるから、完全に地力の差である。
次はアンテノルは赤い光――筋力強化を発動し、レイへと迫る。大振りの一撃だ。
だがパワーは上がっているが、今は速度があまりにも遅い。レイは繰り出された斬撃を容易に躱すとすり抜けざまにアンテノルの背を打つ。そのせいで勢い余ったのか、石畳に激突する。
「一本!レィナータ!」
容易く一本を取ってしまった。なんとも拍子抜けだ。そのまま共に初期位置へと戻り、仕切り直す。
「第二本目!はじめ!」
次はレイの側から仕掛ける。それに対しアンテノルは耐久強化でガードを構えて受け止めるという、基本に忠実な守りを見せた。
レイとアンテノルは眼前の距離まで迫る。レイは膂力で勝っているもの、アンテノルが耐久強化を発動しているために押し込む事は難しい。
その時、アンテノルは顎で観客席を指すような動作を見せる。レイは不思議に思いながらも、このままでは埒があかない。組み付きを解除する為に一度距離を取る。
離れてからアンテノルは距離を取り、こちらの出方を伺っている。その隙に、先程アンテノルが指した観客席をちらりと見てみた。
観客席は階段状になっている。後ろ程高さがあり、舞台が見やすい構造だ。
その先には後ろの方にメリアスが。観客席の最前列には、興奮したサリーとツバキが押し寄せてレイを応援しているのが見える。
彼女達らしい愛らしい振る舞いにふと癒される――が。サリーとツバキのすぐ後ろには厚手の黒い外套を着た人物がおり、外套の切れ間から日光が反射してきらりと輝くのが見えた。
(―――そういう、事か。やってくれるじゃないか。アンテノル=フォン=ヴィズル。)
種が割れるとなんのことはない。彼はまったくといっていいほど戦えない故に、対戦相手の身内を人質に脅して勝利してきたのだ。




