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烈氷の剣姫  作者: 黒曜 砕
3章 烈氷の剣姫
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第8話 双つの槍

 巻き上げられた砂埃が落ち着いていき、レイの姿が露わになる。


「んなあっ!?」


 驚きの声を挙げたのはバリガンだ。


 レイは立っている。木剣は刃部分が砕け、床に無造作に転がっている。

 だがレイは武器を持っていた。バリガンの放り投げた馬上槍だ。


 あの瞬間のレイの判断は、最早武器の破壊は免れない。しかしながら、その代替となる武器があればよいという事だ。

 木剣を構えて刃が叩き折られた次の瞬間、素早く左手で馬上槍の先を掴み、自身の武器として判定されるよう掴みにいったのだ。

 木剣を破壊して尚その勢いは止まっていない。その槍を小盾により空いた左手で強引につかみ取る。

 ウィスタリアとの一戦による怪我から握力がただでさえ下がっているが、これが成功しなければこの試合そのものが負けになる。だが、弱った左手の力では槍を止めるに至らない。もしもこのまま突き抜けて壁に馬上槍が突き刺さればレイの手に握ったとは判定されないかもしれないと踏んだのだ。


 だが、あまりの勢いで左手では槍を止めるには至らない。そこでレイは、自らの革鎧の右脇腹にわざと命中させる事で投擲の威力を弱め、強引に止める事に成功した。その部分なら革鎧が少し破けても戦闘不能にはならないと考えたのだ。

 掴み取った槍と左手は摩擦熱で黒い焦げ跡を残している。あとは土埃が落ち着くまでにその手に馬上槍を握り込めばいい。


 そうして脇腹と左手の痛みに内心悶えながらも、レイは再度武器を持って立ち上がる事に成功したのだ。



 その姿に観客にはどよめきが起こっている。


「武器無くなったのにいいの?」

「でも武器持ってるぜ。」

「そりゃ相手の奴だろ!」


 審判の教師もこんな事例ははじめてであるらしく、対応に悩んでいるようだった。


(どうなる……?)


 正直、かなりルールスレスレのグレーな所だ。

 『武器を失ってはいない』という部分は守りながらも、敗北の条件であった『自分の武器が破損した』を同時に満たしている。

 もしもこれで失格として判定されてもレイは文句を言えないし、そうなってしまってもまた反論もなく受け入れるつもりでいた。


「あぁっはっはっはっはっはあーーーー!!!」


 どよめく会場に警戒に響き渡るのはバリガンの笑い声だ。最早豪快を通り越して叫び声にすら思えるほどにけたたましい。

 バリガンは審判に話す。


「なあ先生。こりゃ俺が一手上手くやられたなあ。武器を持ってるってなるとそりゃ失格じゃあねえ。

 しかも落ちてる武器を使うってのは戦場でも非常事態にはありうる事なんだろ?」


「う、うむ。それは、確かにそうですが……。しかし君はいいのですか?」


「良いも何も、レィナータの奴はどう見てもまだ戦えるじゃねえか!あの槍を使えばさあ。

 投擲ってのは失敗すると相手に利用されっちまう事まで込みでやらなきゃいけねえ。そんで俺の攻撃は中途半端に終わって、レィナータは逆に利用してる。

 じゃあまだ試合が続いてるぜ。」


 バリガンと審判が話している間にレイが中央部までよろよろと戻ってくる。その手にはしっかりと、バリガンの馬上槍が握られていた。

 審判はしばしの熟考の末、口を開いた。


「良いでしょう。バリガン君の申し出を受け入れます。

 選手レィナータは武器を破損しましたが、投げられた槍を咄嗟に掴む事で流れる様に戦闘可能になった。これは『戦闘続行不能』ではない。

 この場において、まだ勝負は決していません。」


 それを聞いてレイの顔がほのかに明るくなる。どうにか首の皮一枚が繋がったというところだ。


「ですが。武器を落としたのもまた事実ですので、一本を取られたものとします。

 また、レィナータはこれよりその馬上槍を用いて試合を続ける事。他の武器を使う事は認められません。」


「異論ありません。」


 そう言われると、レイは馬上槍を両手で持つ。左手は怪我がさらに悪化してしまった為、添えているような状態だ。

 試合が再開する前に、レイはバリガンに声を掛けた。


「感謝するよ。どうやら無駄骨にならずに済んだ。」


「感謝も何も、当然だろ?戦える限りは失格にならねえ。俺は自慢の腕っぷしで一発で戦えない状態にしてやろうとしたが、失敗した。そんだけだ。」


 そう言った後、バリガンはにかっと笑ってレイを見る


「それによ…。あんな面白い躱し方をした相手とここで終わるのは惜しいだろ!まだ戦いてえさ!」


「はは。そうかそうか。」


 そのように受け取られるとは思っても見なかった。汚い手段と弾劾されるとすら思っていたレイは、バリガンの明るい言葉が励みになる。


「第二本目。はじめっ!!」


 開始の合図が示されると、先程までの朗らかな表情がまるで嘘のようにバリガンはレイをしっかりと睨むように見据えている。

 これは彼なりの誠意でもある。全力で戦うべきと考えているのだ。


 バリガンは馬上槍を右手のみで持ち、まるで片手剣のようにして構える。この姿勢を維持するには相当な膂力が必要となるが、とにかく攻撃までの動作が早く、突き付けた巨大な槍は攻防一体の役割を果たす。

 一方でレイは槍の穂先を下に向ける様にして右下に構えた。振り抜く速度は下がるが、その分攻撃に勢いが乗る姿勢だ。負担も少なく、こう持てば今のレイでも馬上槍を構えられる。


(バリガンはどのような態勢からでも強化魔法を使う事が出来る。さらに負傷して武器が変わってしまったが、それを差し引いてもこの情報は大きいぞ。)


 先程のように振りかぶった後隙を潰す様に強化魔法を発動したり、もしかするとウィスタリアのように攻撃途中に発動する事で咄嗟に攻撃自体を変える事ができるかもしれない。


 そのように情報を整理しながら、バリガンへと飛び掛かるように接近する。


「来たなあ!」


(生半可な攻撃では耐久強化で受けきられて一本と判定されない可能性がある。ならば狙うべきは首・手・足…!)


 レイはバリガンへ向けて馬上槍を振りかぶり、遠心力と共に殴り抜く。だがバリガンもまた筋力強化の赤い光と共にそれを受け止める。もちろんと言うべきか、レイが力負けして弾かれてよろけてしまう。


「とどめだあっ!」


 バリガンはそのよろけたレイを狙うように、馬上槍を構え直して追撃を行おうとした。だがレイは分かっていたかのように、その弾かれた衝撃のまま、一回転してそのまま逆方向から殴りかかり、更なる連撃へと繋げる。


「んなぁっ!?」


 追撃を狙っていたバリガンにとっては完全に想定外の一撃だった。

 さらに攻撃の最中であるために筋力強化を使用中で咄嗟に耐久強化でガードする事もできず、右手で馬上槍を持っていた事が仇となり左側からの攻撃を受けきることができない。

 そのままレイの一撃はバリガンの左手に命中する。


「一本!レィナータ!」


「おお、まさかそう来るとは…やるなあ!」


 バリガンとまともに打ち合っては勝ち目がない。一方で、隙を突いてもその姿勢から強化魔法を使えてしまう。

 ならば既にバリガンが強化魔法を使っている攻撃時を狙うカウンターがよいと考えたのだ。


「さあて、これで追い付いたね。」


 バリガンは初期位置まで戻ると、今度は両手で馬上槍を構えた。次はレイからカウンターを受けても、両サイド共に警戒を重ねて打ち払えるようにだろう。


「三本目、はじめ!」


 次に仕掛けたのはバリガンだ。だが、敏捷強化を使っておらずその動きは遅い。

 レイは警戒しながらも距離を取ろうとしたその瞬間、バリガンは赤い光と共に石畳に馬上槍を突き刺した。


「!!」


「今日に向けて作った、俺のとっておきだあ!」


 そのまま再び筋力強化を発動させると、石畳を砕きながら上に振り抜く。すると石畳の破片が大量の礫となり襲い掛かる!


 だがレイは、先の試合で石畳が砕けるのを見た時からそれを利用されることを警戒していた。その為、バリガンが石畳に突き刺した瞬間にはその意図を察して一歩早く対応できた。

 レイは咄嗟に馬上槍を石畳の隙間に捩じ込む。すると棒高跳びのように、あるいはポールダンスのようにして刺さった馬上槍を軸に回転し、なんと石礫を躱しながらもバリガンへと迫る。


「うおお!!?」


「ぜあっ!」


 そのまま回し蹴りの要領で繰り出されたレイの脚はバリガンの側頭部を思いっきり蹴り突ける。


「かっ…………!?」


 騎士らしさなどまるでない一撃。そもそも武器で攻撃しないという発想そのものが騎士にない者も多い。

 だが、レイの師はメリアスだ。彼女にとって武器は誇りでなく、ただ効率よく戦う為の方法のひとつでしかない。使えるのであれば徒手でもなんでも使えばよい。


 決して反則ではない。だが、有効な一撃とも見做されない。それだけでは一本を取られないだろう。これは石畳を利用した石礫攻撃を行ったバリガンと同じで、ただ不意をつく一撃でしかない。そのまま姿勢を立て直してバリガンがさらに追撃を行えばそれだけでバリガンの勝利だ。

 だが、蹴りの位置が悪かった。その回し蹴りは脳を揺らし、脳震盪を引き起こす。足の力が弱まったのか、バリガンはそのまま地面に倒れ伏す。

 立ち上がるのに戸惑ったバリガンの首元へ、レイは馬上槍を突き付けた。


「勝負あり!勝者、レィナータ!」


 剛力を最低限の手で制する鮮やかな決着。観客からするとまるで手玉にとっているように見えただろう。降り注ぐ歓声の大きさがそれを証明する。

 だが、バリガンと審判には見えている。レィナータが、左手と腹部の負傷から青い顔をしている中必死にこらえ、それでも尚裏をかいて勝利したことを。


「すげえ奴は、いっぱいいるなあ。」


 それはレイの槍術を言っているのか、それともあらゆる無茶を内包するような策の事を言っているのか、あるいはどちらもか。

 負けたはずのバリガンは、どこか清々しい顔をしていた。


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