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烈氷の剣姫  作者: 黒曜 砕
3章 烈氷の剣姫
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第6話 第一試合

 レイは槍の穂先を突き付けて牽制しながら距離を取る。

 一方、ウィスタリアは盾を構えて前に突き出しながら、剣先を下げて冷静に様子を見ている。

 寸分の隙も見当たらないその姿勢から彼が生半可な相手でないと、ありありと窺い知る事ができる。


 レイが特に注視していたのは脚だ。リーチを保っている限り槍が有利で、剣は攻めきれない。攻撃に転じるのであれば、間違いなく足の動きが先に挟まるだろう。

 対し、ウィスタリアは突き付けられた木槍の穂先を見据えている。剣である以上リーチで劣る。槍が仕掛けてくるのであればそのリーチを活かしたものにするだろうという当然の思考と言える。


「剣。」


 視線を逸らさぬまま、ウィスタリアが何かを呟く。


「お前の武器は剣じゃないのか。」


 レイが槍を持っている事について不信感を抱いているようだった。

 レイは受付の際にも白銀のレイピアを腰に据えており、それを見られたのかと考える。確かにあの剣は護身用には見えないし、その実情は実戦用に作られたレイの愛剣だ。ならば剣を選ばなかったのをおかしいと思うのは当然の帰結だろう。


「師からはどの武器でも扱えるように徹底的に仕込まれていてね。手を抜いている訳じゃないさ。」


 レイがどの武器が最も扱いに慣れているのかと言えば剣だろう。だがそれを使わなければならないという訳ではない。

 フーニカールは騎士の国であり、自身の技と武器に愛着と誇りを持っている者は多い。だが、メリアスは「武器はあくまでも勝つ為の手段でしかない」と言う。あらゆる手法を採り、勝つ事こそがその真髄であると言う。

 レイもそれを学んできた結果、同じ考えが染み付いていた。勝つ為に自身にとって最善を尽くす。それこそがレイにとっての誠意でもある。


 レイのその言葉が挑発であると受け取ったのか、レイが言い切ったと同時にウィスタリアが踏み込み、一気に距離を詰める。

 それに合わせてレイは槍で左肩を狙うが、盾をスライドさせる事でそれを防ぐ。剣の届く範囲に入った途端、ウィスタリアの右手が緑に輝く。


(敏捷強化か!)


 そう気付いた次の瞬間には、猛スピードで振り抜かれた木剣がレイの額当てを捉えていた。


「ウィスタリア、一本!」


 わあっと歓声が上がる。レイは今敵対しているというのに、思わずそれにも賛同してしまいそうなほど鮮やかな一撃だった。

 強化魔法は使用する身体の各部が効果に応じた色に輝く。そして発動のためには力を溜めるような動作が必要でその身体の一部分に魔力を集中させなければならない。なので、レイはその隙を突くというものを今回の戦法として考えていた。

 だがこのウィスタリアは強化魔法を発動するのにその溜めを必要としていない。とにかく発動までが早く、それに伴い剣の速度も尋常ではなく速い。


(まいったな…。槍の選択は間違いだったか?)


 この圧倒的な早さの前では、強化魔法抜きではリーチを一瞬で詰められる。単に槍であるから剣には勝てると思わない方がいい。

 もし強化魔法を使えたとして、その速度は彼には及ばないだろう。

 次の一手をぐるぐると考えながら初期位置まで戻る。


「第二本目。はじめっ!」


 今度は一切出し惜しみをしない。足の踏み込みにも敏捷強化を行っている。さらには静止することなく、空中で敏捷強化を足から右手に即座に移動させて剣を振り抜く。


(なんだと!?)


 強化部位を変えるのは高等技術だ。それを留まる事なく続けるというのは、十五歳が扱うような技ではない。

 敏捷強化により高速の剣がレイの胴に襲い掛かる。その高速の斬撃には、槍を持ち上げる事すら間に合わない。これが命中すれば試合は決する。


(それなら…!)


 レイは素早く槍から左手を離し、革の籠手でその剣を打ち払った。


「なっ!?」


 強化魔法の掛かった一撃だ。筋力ではなく敏捷ではあるが、木の重さに速さが乗っているのだからそれは生半可な威力ではない。身に付けている防具も鉄でなく革。防具の上からでも手痛い負傷を負うだろう。


(一本は、取られていないな!)


 一瞬呆気にとられるウィスタリアを余所に、レイは負傷よりも防具に剣が当たったから一本と判定される事を恐れていた。

 しかし明らかに自分の意思で攻撃を打ち払った為、有効とはみなされていないようだ。


 それを確認すると、レイは右手一本で木の槍を持ち上げ、薙ぎ払う。

 横薙ぎの一撃へ咄嗟にウィスタリアは左手の盾を構えるも、構えの甘い盾では大振りの槍の一撃を耐えきるのは不可能であった。そのまま吹き飛ばされ、背中から倒れ込む。体制を崩した所にレイが素早く首元に穂先を突き付けた。


「レィナータ、一本!」


 鮮やかな反撃に観客はまたも湧きたつ。レイに向けられた歓声の中、ウィスタリアは悔し気な顔でその場から立ち上がった。


「ちっ。やるな。」


 強化魔法の扱いは生半可な練度ではない。彼にとっては得意技にして決め技であったのだろう。それを返されてしまい、なんとも腑に落ちない表情をしている。


「お前、強化魔法は?」


「少し事情があってね。この試験の間使えない。」


「舐められたもんだな。ま、それならフェアに行こう。俺はさっきみたいな高速発動や部位転換は敏捷強化しか使えない。」


 咄嗟に盾で構えた時に耐久強化を使っていればもしかすると先程の一撃も耐えられたかもしれないが、それはしなかった。

 この言葉はハッタリなどでなく事実だろう。


「いいのかい?そんな事教えちゃって。」


「お前が負けた時にも、それなら平等だろ?」


「言ってくれるね。」


 とはいえウィスタリアは、レイが騎士レムラスの血筋・カルラシード家である事も知っている。その膂力を舐めるつもりもない。彼にとっては単に侮りではなく、平等の為に情報を明かしたのだろう。


「第三本目。はじめっ!」


 掛け声と共にウィスタリアは再び敏捷強化を用いて接近してくる。

 レイの左手は先程の打ち払いで負傷しており、握力が落ちている。先程と同じ手法を使う事は出来ず、もしそうしても打ち払いに失敗して一本を取られてしまう。

 だが、レイの側も来ると分かっていれば対処が出来る。槍を縦に構え、横振りに対応する。

 しかしそれにさらに適応するように、ウィスタリアは寸前にわざと一瞬敏捷強化を解除。再発動する事で斬撃の軌道を強引に変更し、縦振りに変えた。狙いはレイの槍の穂先だ。


「っ……!!」


 ウィスタリアは決して過剰に自信を持っていた訳ではなく、このような隠し玉があったのだ。

 槍を叩き落せば、戦闘続行不可能と判断され一本を取る事が出来る。一撃を受ければ握力の落ちている今のレイが槍を落とさずにはいられないだろう。


(決まった!)


 完全に槍を捉えたその一撃。最早退いて逃れる事も出来ない。

 最早勝敗が決したと誰もが思った次の瞬間、レイはなんと槍を構えたままウィスタリアに体当たりを仕掛ける!


「なっ!?」


 槍への攻撃が命中する。だが、ウィスタリアとレイの身体に挟まれて槍は地上へ落ちていない。

 そのほんの僅かな隙こそがレイの求めていたものだった。


「今だっ!!」


 右手が空いたレイはなんとウィスタリアの左手の盾の端を掴み、思いっきりウィスタリアの剣の柄頭にぶつける!

 ウィスタリアがその思惑に気付いた時にはもう遅い。力を込めても木の盾の重量は支えきれず、筋力強化は咄嗟に使えないと自分から明かしている。


 柄頭に強烈な一撃を受け、木剣が手から離れる。

 空を舞う木剣に対し、レイはその間に身体に挟み込んだ木槍を左手で支えている。


「…………見事、だ!」


 文字通りに眼前に居るレイが、左手の負傷に汗を滲ませている事まで分かった上で完全にしてやられたウィスタリアは、心からの賞賛を送った。

 木剣がカラン、と音を立てて舞台へと落下する。その瞬間、勝敗は決した。


「レィナータ、一本!レィナータの勝利!」


 ほんの一瞬の攻防の中で何度も裏をかくような互いの策。

 開幕早々に行われた名勝負に、観客は惜しみない拍手を送った。


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