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烈氷の剣姫  作者: 黒曜 砕
3章 烈氷の剣姫
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第4話 妹と兄

 レィナータは僅か五年でこれまでの成長を取り返すかの様に大きく成長を遂げた。

 これには理由があり、カルラシードの血族故だ。

 カルラシード家は騎士王レムラスを祖先に持つとされ、その血統の持ち主は皆頑強な肉体を持って生まれてくる。虚弱だったレィナータは異端でもあったが、これは父の手引きで毒薬か何かを盛られていたのだろうと証拠はないものの薄々勘付いていた。

 それから十分な栄養を摂り鍛錬を積んだ結果レイの体格がいいのもこの血筋によるもので、並の男なら単純な力比べすら敵わないだろう。

 だが、今相手しているのもまたカルラシードの血を引く者である。


「やあっ!!」


 カルラシード家の広い中庭。魔導器のランプに照らされたその場所では、二人の剣士が戦っていた。

 双方革鎧を身に着け、木剣と小盾を使っている。

 ただし二人とも魔法を使ってはいない。レイに強化魔法を使うなと言った以上、ロウェオンもそれに合わせて強化魔法を使わずに相手しているのだ。

 だが、その闘いは他者から見ればあまりにも一方的であった。


 レイが右に振りかぶった木剣を見切り、ロウェオンはレイが剣振り抜く寸前に木剣の柄に小盾の表面を沿わせて軌道をズラし、自らの木剣で腹部を殴りつける。


「ぐあっ!!」


 その勢いのまま、レイは地面に吹き飛ばされる。

 レイが弱い訳では決してない。寧ろ戦闘技術でも鍛え上げられており、騎士としても十分やっていける。身体能力だけでも最早十二分なものがある。

 だが、それのさらに上を行くような技量を研ぎ澄まし、肉体を鍛え上げている。実戦でしか養われない一線はどうしても存在する。


 もう二、三時間はレイが仕掛け、それをロウェオンが容易に躱し・反撃を加えるといった攻防を繰り広げている。

 その様子をじっと動かず中庭の傍から見ていたサリーとツバキはずっと不安気な表情をしている。


「だ、だめだよ、ずっとやられちゃってるよ…。レイ様、だいじょうぶかな。」


「きっとレイ様の事だから、考えがある筈よ。きっと大丈夫。」


 そうやって励ますサリーの手は震えている。

 ツバキも斥候としては優秀ながら戦闘を主とした役職ではないし、サリーは貴族生まれで学院に居た頃も魔導器研究を主としていて、騎士の戦いになど詳しくない。だから傍目に見てただレイが一方的にやられているようにしか見えなかった。

 だがメリアスは、そしてロウェオンはそうは思わない。


「ふ……。見込みがあるじゃないか。」


 地面に這うレイの姿を見てそう言うロウェオン。これは皮肉などでは決してなかった。

 レイはただ同じ攻撃を繰り返しているように見えるが、実の所そうではない。毎回攻撃を僅かに変え、同じように見えて少しずつ違う斬撃を見せている。

 木剣の横薙ぎを盾による上からの打撃で防がれたのなら、次はほんの少しのフェイントを入れ混ぜ、一瞬だけ剣の速度を遅らせる事で盾による防御を失敗させる。

 木剣の袈裟斬りでロウェオンの胴を狙った時には、ロウェオンは身体を後ろに逸らせて距離を取りながら木剣による刺突で反撃を行うとレイの身体が後方に突き飛ばされた。ならば次は、レイは袈裟斬りの際にほんの少し身体を捻る。すると斬撃の軌道がほんの少しズレてロウェオンは躱し切れず、続く反撃も突きは浅くなった為にレイはその場に留まる事ができた。


 これは単なる剣戟ではない。ロウェオンの言った『貴様にも応じねばならん。』とは言葉通りの意味だ。

 様々な剣技に対する対応と、その動き方を実際に見せる事で対応の幅を増やしてくれている。

 こういう受け方や反撃をされたならどうする?という無言の問いに対し、レイもまたそれに答えを返すように違った手を見せる。その答えはロウェオンの想定内で対処される事もあれば、ロウェオンをさらに一歩超えて革鎧に傷痕を残す事もあった。


 レイとロウェオンはろくに話した事などない。

 五年前にもレイは自室に半ば隔離されていたし、ウズの村に行ってからは顔を合わせる機会すら無かった。

 成長を遂げ再会した今も、片や政争と演出を得意として貴族相手にも怯まぬレイと、片や武人として剣を振るう事を至上の喜びとするロウェオンでは得意分野がまるで違う。

 だが、共に根にあるものは不思議と似ている。

 我を通す為の我儘さを持ち、それでいて自らの価値観から他者を想い、時流になど流されることなく自身の指標こそが全て。

 そんな兄妹にとって、この剣稽古ははじめてにして心を通い合わせたような交流だった。


「さっ!!」


 立ち上がったレイが次に仕掛けたのは突きだ。単純に突きを行えば体格の差分腕の長いロウェオンが有利だが、剣身を捻じり込むように動かす事で剣先の軌道を読むのを困難にしている。

 ロウェオンはこれは防げぬと盾を構えて受け止め、僅かに斜めに構えていた事でレイの姿勢を崩させて、そのまま背に一撃を叩き込む。

 レイは倒れ伏すも数呼吸の後に立ち上がると、先程と同じく捻じりを混ぜた突きを行う。ロウェオンも同じように盾で構える。だが今度は左に薙ぎ払うような剣先の軌道を見せ、その結果盾を弾いてロウェオンの右肩を掠めるようにしてその攻撃を決める。一本を取ってはいないが、少しずつ肉薄してきている。


 楽しい。

 これから入学試験があるからもうすぐこの時間が終えなければならない事が惜しい。レイはそう思う程に、この初めての兄妹の時間がどうしようもなく楽しかった。


 ロウェオンも同じだ。ほんの少しこうしろという意思を見せるだけでレイはそれを寸分違わず汲み取り、違う技を見せる。その技は時にロウェオンを超えたものすら見せてくれる。

 そうしたやり取りが出来る者があまりにも少ない事がロウェオンにとっては実につまらなかった。総合的には自身の力量を超えるアクシャーダも魔法による力押しじみたものが多く、それは剣技ではないと感じていたからだ。

 ロウェオンはレィナータが妹だからと特別目をかけはしない。だが、目の前の剣士は凄まじい目と才覚を以て、ロウェオンの意思を読む。それがなんとも心地よい。


 そのような応酬がさらに何時間も続く頃、次第に夜の空気が変わっていく。鳥のさえずりが何処からか聞こえ、僅かに空が白み始めている。

 もうこの時間は終わってしまう。レイとロウェオンは言葉に出さずとも惜しく思う気持ちを交えながら、ただ剣を交わす。


 そんな折、レイは後ろに飛び退いて一気にロウェオンに駆けだした。飛び込み斬りだ。それは、この一夜の中で初めての技だ。


(木剣を確実に打ち据えて防ぐ!)


 体重の乗った一撃だ。盾などでは防げず、身体を叩こうが止まらない。生半可な一撃ならばレイは盾で咄嗟に防ぐだろう。では確実に防ぐために必要なのは、レイの木剣を叩く手法に決めた。


 ロウェオンがレイの剣先に注視するその時の事。刹那、光に目が眩む。


(魔法か!?)


 レイがここに来て魔法を使う筈もないし、それはロウェオンも剣を交わす中信頼していた。だが唐突に剣が光を発した事で理解を超えた。その不可思議へ辿り着く為に魔法が真っ先に候補に挙がったのが魔法であっただけなのだ。

 しかしそれが間違いだったと気付くのはほんの一瞬後。それは日の出だ。

 レイはロウェオンから見て丁度注視した剣先と日の出の光が重なるように立ち位置を少しずつ調整していた。レイの十八番とも言える咄嗟の環境の利用、そして演出だ。


 ほんの一瞬、目が眩んだ間に一手遅れた。飛び上がるレイに対して斬撃を浴びせるが僅かな遅れからレイは上体を逸らす事で躱し空振りに終わる。

 そして剣を当て損ねて隙だらけのロウェオンに対し、額当てに強烈な一撃を叩き込むと、革と木がぶつかりあい、スパァンという小気味の良い音が響き渡る。

 その一撃により額当てがぶつりとやぶれ落ちる。昏倒しかかる頭を持ち直すと、ロウェオンは心の底からの本心を漏らす。


「見事だ、レィナータ…!!」


 その言葉には言葉では答えない。

 レイはただ、感謝を示すように頭を垂れ、礼を捧げた。


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