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烈氷の剣姫  作者: 黒曜 砕
3章 烈氷の剣姫
19/32

第3話 突然の来訪

 1



「……ええ、よく。」


 どうにも、メリアスの仕打ちを考えるとレイは第一王子へ毒吐きそうになってしまう。

 実の所、メリアスの国家反逆罪の冤罪にどこまで関わっているのかは定かではないし、サリーが追放されたのに至っては姉であるサーリェナのせいであるのだからまだ悪人であるかどうかすら測り兼ねているのに、これは良くないと頭では分かっている。

 だがどうしようもない。レイは彼女達三人にまつわる事は激情を抑えきれないのを自覚している。


(話を変えるか。)


 この燃え滾る怒りはレイにとって活力そのものであり種火にも等しい。ただ無くすべきとは思えない。

 喉から出る前に話題を変えてしまう事にした。


「ところで魔法試験の方はどのような内容で?」


 すると、サーリェナは存外に機嫌のいい表情で答える。自分の話せる分野が来たからだろう。


「簡単なこと。自分の扱える魔法をその場で披露するんですの。騎士部門が武芸大会だとすればこちらは魔法の品評会。

 せいぜい高得点を取れる様励みなさいな。」


 サーリェナは得意気にそう言うが、彼女の髪を見ても銀色一色であり、レイやサリーの様に二色は混じっていない。

 二人の髪のようなメッシュは、ある高等魔法を習得すると入り混じるようになっている。とはいえ、そもそも十五でそれを習得しているのは稀だ。


「それについてなのですが姉上…」


「おいレィナータ。」


 レイがサーリェナに呼び掛けようとした所で、ロウェオンから割り込まれる。


「騎士部門を受けろ。」


「なっ」


 驚きの声をあげたのは父・カルラシード伯だ。


「何故だロウェオン!レィナータは女だぞ!?」


 女であるのだから、そして二色の髪を持っているのだからそれはおかしいという考えなのだろう。

 それは間違っていない。そこに謀りはなく、事実だ。強いて言うならばカルラシードの名を持つ者に恥をかかれてしまっては困るという魂胆もあるにはあるだろうが、これに関しては父の方が正しい反応と言える。


「父上には見えんのか?単なる護身のためでなく、奴の洗練された武威が。」


 貴族階級であれば見せかけ、あるいは護身のために細剣を腰に差す事はよくあるが、左半身と右脚に鎧を常用するのはこの国でもそうある事ではない。

 レイが剣を振る姿を見た訳ではないが、体格、その鎧を付けた状態での歩き方、呼吸。

 それら全てを見て、単に魔法使いとしてでなく武人としても鍛え上げていると判断した。


「……実は、元々そのつもりでした。騎士部門に出ようかと。」


 レイは騎士としても大成したいと考えている。人々から尊敬を集める為には魔物と戦うのが最も早いからだ。

 そして何より、レイは魔物が憎い。メリアス達の身体にどうしようもない傷を与えた魔物が憎い。王となるにしてもなれなくても、魔物との戦いはこの国において1800年以上続けられた戦いだ。大侵攻についても、可能な限り解決へと前進させたいとも考えていた。

 その足掛かりとして、騎士部門に出る事でその武勇を示そうと考えたのだ。


「ぐ。しかしだな…。」


「ハッ。男だけなどとは、くだらない慣習だな。これまでに女の身で騎士部門に出た者も少数だが居る。

 それにこの国で最も優れた騎士は女であったようだぞ?」


 ロウェオンはメリアスにほんの一瞬目線をやってからそう返した。

 レイをはじめ、この場に居る者全員が驚いた。まるでロウェオンがレィナータに肩入れしているように見えるからだ。


「お兄様……。レィナータの背を押すと?」


「知るか。下らん政治は勝手にやっていろ。俺はただ武を求める騎士としてそれを腐らせるのは惜しいと思うだけだ。」


 なるほど。どこまでも中立だ。

 ロウェオンはレィナータだから手を貸した訳ではない。目にした妹が思いがけず武人として目を見張るものがあったから、興味本位から剣を取れと言ったのだ。

 まったくもって騎士らしい行いとは言い難いが、レイにはその公平さと剣にしか興味がない彼の愚直さが善い物に見えた。

 一方で父にこのような口を利いて良いのかとも考えたが、彼のその口ぶりでは政治のやり合いに興味を持っていないのだろう。その在り方は戦貴族の子にも近い。


 結局その後、幾つかの会話の後に食事を終えた。

 サーリェナは魔法の成績で誇示しようとでも思っていたのか、レイが騎士部門に参加するのが面白くないような顔をしていた。



 2


 5年ぶりの私室だ。埃が積もっているという事もなく、生活感こそ無いが美しく保たれている。

 家を出る前は死ぬ事ばかり考えていたのを覚えている。この部屋を見ているとその当時をふと思い出す。


「お、この本は懐かしいな。学院の自室に持ち込むか。」


 メイド達が明日の身支度を整えてくれている中、部屋を見て回っていると部屋の戸を叩く音がした。

 とうに日没は過ぎ、王都の景色には夜の帳が下りている。


「一体なんの用だろうか……。メリアス、頼む。」


「はっ。」


 誰が出て来てもいいように、念を押してメリアスに応対を任せる。

 戸が開いた時、そこに居たのは。


「レィナータ。邪魔するぞ。」


 なんと兄・ロウェオンであった。

 まさかの来訪にメリアスも驚いた顔を隠せないが、レイに促され室内に席を設ける。


「兄上?如何されましたか。」


「先程の話についてだ。騎士部門に出ると言っただろう。あれは事実か。」


「ええ、そのつもりです。」


 レイの返答を聞くと、ふむ、と一言相槌を打つと顎に手を当てながら考える。


「俺とアクシャーダは副団長と団長として同席するのでな。退屈しないに越した事はない。」


 学院騎士団はこうして武芸にまつわる行事の場合視察や補助を行うとレイは聞いていた。おそらく、これもその一種なのだろう。

 だがそれだけでなく、これから入ってくる新入生の剣技を見るといった意味合いも持っているのだ。下手な戦いは見せられない。


「ええ。兄上にもお目汚しの無い技を心掛けましょう。」


「おべっかはいらん。剣で見せろ。いや……」


 一呼吸置くと、にやりとした顔でロウェオンは告げる。


「折角だ。魔法を一切使わず勝ってみせろ。」


「ま、魔法を、ですか?」


「そうだ。強化魔法は勿論、それ以外もだ。」


 ふつう、近接戦闘を行う際には強化魔法を行使するものだ。

 その恩恵は非常に大きい。魔物の群れを一人で撃退してしまうメリアスすらも、強化魔法が無ければ魔物の未成体に苦戦する。単純にあらゆる攻撃が通らなくなる対魔物戦と対人戦ではまた別ではあるのだが、とにかくそれほどに身体能力に差が出てしまう。


「レィナータ。俺は貴様が強いのは分かっている。故に、ただ魔法を使ってしまえば蹂躙となるやもしれん。徒手や木剣で比べれば魔法を持ち近接戦も出来てしまう貴様が有利すぎる。

 それはつまらん。

 ならば、いっそ使わないぐらいの枷があってこそ楽しめるだろう。」


「それは……。」


 非常に厳しい条件だ。何せ、あちらは躊躇い無く強化魔法を行使してくる。

 木剣を用いる以上は武器が破損してしまわないようにその強化幅に制限はあるだろうが、身体能力において圧倒的な有利を生む事には変わりない。


「なんだ、不満か。確かに貴様に利がない。

 そうだな。それほどの不利であれば、貴様を甘く見る愚物共も見返す事が出来るんじゃないか?」


「……!!」


 確かにそれはある。5年前の受勲を覚えている者がどれほど居るかは分からないが、レイを気にする者も多いはず。

 そういった者達に目に物見せてやる為に騎士部門に出ているのだ。

 そこを魔法を使わずに打破してしまえば最早実力を認める他にない。

 レイが魔法を使えないという事ではないのは、この二色の髪を見れば一目瞭然だ。


 悪くない、と考えた。確かに、ただ勝つだけでは認められるかは怪しい。先程ロウェオンが言っていたように相手がろくな剣技を持っていない可能性もあるのだ。その場合、勝ったところでくじ運が良かっただけ。戦績が反映される第二試合以降でもたまたまそうならないとはいえない。

 だが、最低限の強化魔法まで使えない貴族は居ない。上級貴族はあらかじめ指南役を家に呼び子供に教えておくし、戦貴族はなるべく早くから習熟させるよう最優先で教え込むからだ。

 随分な物言いだが、レイの望みを叶えるものでもある。ロウェオンは自分が好まないだけで、こういった取引も得意なのかもしれない。

 尤も、彼からするとただ思いつきで言っただけかもしれないが。


「なるほど。それは面白いですね。わかりました、やりましょう。」


「そう来なくてはな。」


 レイがにやりと笑い返すと、愉快そうに上ずった声で返事をする。

 彼は偏屈で変わり者であり、貴族らしくも王族らしくもない。

 だからこそ平等にして公平だ。自身の中でこうと決めた指標にのみ従って好悪を決める。自分勝手で、我欲を通すのに力を惜しまない。

 そのいずれも、とても好ましい。


 レイは数度のやり取りの中で兄をそう評価したが、その評価はそっくりそのまま自分に返ってくる事にも薄々気付いていた。兄妹らしい共通点と言えば可愛らしいかもしれない。


「ならばこうしてはおれんな。」


 話がまとまるやいなや、ロウェオンがその場からすくりと立ち上がる。


「はい?」


「俺の我儘を聞いたのだ。ならば俺も、貴様に剣で応じねばならん。

 ――さあ、庭に出るぞ。魔法無しで俺から一本取ってみろ。」


 訂正しよう。

 彼は、レイを超えるほどに自分勝手な男だ。


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