第2話 家族での晩餐
王都・カルラシード邸。人の往来も少ない貴族街のさらに頂きに建てられたこの屋敷は王族である事を誇示するかのようにそびえたっている。
ついにこの日がやってきた。父とは5年ぶりの対面、兄・姉とはさらに間が空いている。明日には入学試験があるというのにレイはそれよりもこの瞬間が苦痛で仕方なかった。
門をくぐり、巨大な屋敷の前に停められた馬車から降りる。愛馬メリッサは既に貴族街の馬房に預けている。
立場上は歓待しない訳にもいかないからか、十数人の従者がレイ達を出迎える。
はじめにメリアスが降り、見渡すようにして周囲の安全を確認すると、レイ、ツバキ、サリーの順に降りていった。
とは言うものの、この日に限っては特段危険もないと考えていた。学院入学前に暗殺などしてしまえば危険になるのは父の方なのだから、あまりに利が無さすぎる。
その上で念には念を押してメリアスは警戒を怠る事は無かった。5年前にカルラシード邸に訪れた時のように、絶えず周囲を威圧しているのがよく分かる。
従者の中には当時のカルラシード邸では見なかった顔もあり、その者達はメリアスの眼光に晒されるのも初めてなのだろう。身体を震わせて怯える者や腰を抜かしてしまう者まで居た。
レイは出迎える従者の列に近付いていくと、腰を抜かした若いメイドに手を貸した。
「大丈夫かい?すまないね、うちのメリアスが。」
「ひゃ、ひゃい…!」
差し出されたレイの手を取り、メイドは立ち上がると慌てたように列に戻った。
「さ、行こうか。父上がお待ちだ。首をながーくしてね。」
夕食の前に父と執務室で入学手続きについていくつか話した。
彼はどうしようもない小物であるが完全なる無能であるかというとそうでもなく、だからこそ5年前にこの場所でのやり取りでは取引が成立したとも言える。もしも形振り構わずに殺しにかかって来ていれば、レイを殺す事は出来ていたかもしれない。だが彼はそれをしなかったのだ。
故になんら世間話をする事もなく、数度の社交辞令を兼ねた挨拶を済ませると淡々と説明をはじめた。
(父もここで手を出すつもりはないのだろう。)
この屋敷に訪れて、いや訪れる前から考えていた事ではあったが、直に父と話してそれは確信に変わった。
だからと言って安心など出来はしない。だが、それなら極度の警戒も必要ないと思っていた。
それはそのまま夕食でも同じ事。ツバキは心配してか毒見を申し出たが、レイはそれを断った。
ツバキの考えすぎという訳でもなく元々この家で微量の毒を盛られていたのがはじまりなので当然の憂慮である。だが、この後に控える入学試験に際して無駄に毒を盛って体調不良など起こしてしまえば昨晩に泊まったカルラシード邸に疑いの目を向ける事になるだろう。
食事の席では父、そして兄・ロウェオン、姉・サーリェナが同席する。
サーリェナはサリーの追放の理由にもなった人物である以上、レイも目の仇にされ疎まれていると考えていた。だが、意外にも彼女の方から声を掛けてくる。
「レィナータ。アナタ、入学試験の準備は出来ておりますの?」
「ええ、まあ……。」
「よく分からないといった顔ですわね。ならば私が教えてさしあげましょう!」
押し付けがましいしレイは既にある程度調べてはいるのだが、実際に経験した者の話を聞けるのならそれに越した事はない。
サーリェナは姉妹であるだけに、レイと似た顔つきで同じ美しい白銀の髪をしている。だが、彼女を象徴するようなツンとした目尻から受ける印象は大きく違う。さらに前髪をヘアバンドで束ねて毛先を軽くロールさせているその髪型が、勝気な印象をより強めている。
「それは有難いですね。是非お願いします、姉上。」
「仕方ありませんわね愚妹!入学試験は騎士部門と魔法部門の二つに分かれているの。」
入学試験とはいうものの、これで成績が悪いと入学できないという訳ではない。
ハーヴァマール王立学院は貴族ならば全員十五の歳に王宮に仕えている者を除いて入学する事を義務付けられている。
これは平民上がりの戦貴族の子であっても貴族水準の勉学を受けられるように始まった制度でもあるからだ。
もしもこれを無視した場合、如何なる理由があっても貴族社会からはつまはじきにされてしまい、家を継ぐ長男長女どころか騎士や政務補佐であっても表向きには認められなくなってしまう。
なので入学試験はあくまでも入学前の実力を計る場として設けられたものだ。
レイのように入学前から実戦的な鍛錬をしている者も居れば、最低限の習い事のみであったり、政務補佐に注力する為に鍛錬を疎かにしている者も存在する。
それらを事前に報告だけでなくその眼で知っておく必要がある為に、このような場を作ってあるのだ。
「騎士部門は兄様のような騎士として鍛錬を積む者、あるいは魔法を習得していない貴族がそちらを希望するわ。ええと、こっちはよく知らなくって…。」
自分が説明すると言っておきながら自分はよく知らないというのは知ったかぶりというべきか、それとも或いは変な所で素直とでもいうべきか。
ともあれレイはここで助け船を出すと元々知っているのに聞いているという事になるので、さらにサーリェナに恥をかかせてしまう。
ここで助け船を出したのは意外な人物だった。
「騎士部門では皮の防具と自ら木製の武器の中から選び、それらを伴って二本先取の試合を行う。それを成績の近い者と三度行い、評定を計る。」
低く、くぐもった声。しかしながら堂々としており不思議と耳にはすっと染み入るように入ってくる。
ロウェオン=フォン=カルラシード。
カルラシード家長男であり、嫡子でもある。第二継承権を有している彼は高位の貴族であり王子であり、王となってもおかしくない程の位を持つ。
だがその風貌は王子というにはかけ離れている。身長は190cmを超える巨漢。鍛えられたその肉体は武人という方が近い。
事実大侵攻が襲い来るこの国では王位を持つ者でも武人である方が良いのだが、彼の日々鍛え抜いたその肉体は最早その範疇を超えていると言ってもいい。まだ十七であるのに、王宮騎士団にも引けを取らない体格をしている。
「そこでは学院騎士団も同席する。副団長である俺もな。」
学院騎士団。ハーヴァマール王立学院に所属する生徒で構成された騎士団だ。校内においてはクラブのような扱いではあるが、王宮騎士団の下位組織としても扱われており、学院の治安維持を助けるのは勿論、有事の際は従卒や従騎士の役回りをする。一部の並外れた者に限って王宮騎士団と並んで働く事もあるという。
言うなれば騎士となる者は皆目指すべき場所と言え、彼はそこの副団長を務めている。
「騎士部門で目を掛けられたものは学院騎士団に入団した際には相応の扱いを受ける。少なくとも俺はそうだった。
俺の対戦相手はろくに剣を握った事もないような貴族くずればかりで楽しめなかったのを覚えている。」
わざわざ貴族くずれなどという言い回しをしている辺りに彼の考え方が伺える。
彼の目には政争を競い、殺し殺されと繰り返している貴族が滑稽に映るのだろう。
魔物という危機に瀕しながらも自らの身可愛さから安寧や満足の為に争う貴族のなんと多い事か。戦貴族でこういった考えを持つ者は少なく無いだろうが、王族という立場にありながらそのような思いを抱く事は珍しい。
楽しむといったのもそうだ。彼にとっては騎士を志す同士との邂逅を期待していったのにも関わらず、魔法に自信が無いからと消去法で騎士部門を選んだ相手が多かったのだろう。
「楽しむ、ですか…。確かに兄上の目に敵う者は少ないでしょうね。」
「いや、最後の戦いは少しばかり楽しめた。」
「名のあるお方でしたか?」
「ああ。貴様も知っているだろう。名を、アクシャーダ=フォン=アーグリード。
今は学院騎士団の騎士団長を務めている。」
その名を訊いてメリアスがぴくりと反応するが、隣にいるサリーとツバキ以外には悟られない程度にはほんの僅かなものだった。
彼はかつてメリアスが暗殺を企てたとされている、この国の第一王子にして王位継承権第一位を持つ者だ。




