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烈氷の剣姫  作者: 黒曜 砕
3章 烈氷の剣姫
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第1話 五年後

 受勲式から、5年。


 とうとうこの日がやってきた。澄み渡る晴天は清々しい気分をさらに高揚させてくれる。穏やかな薫風が通り抜け、春の訪れを感じさせる。

 屋敷の扉が開く。現れるはうら若き領主と、それに続く三人の従者たち。せっかくだからウズの村の様子を歩いて見ていきたいと、船で向かう事にしていた。

 その内、小柄な従者は若馬に乗っている。どうやらこの馬も村を出るというのも理解しているようで、しきりにきょろきょろと見渡していた。


 コツ、ガチャ、コツ、ガチャ。領主の足音が静かに響き渡る。続いて従者と、馬の足音が響く。

 ウズの村はこの5年でめざましい発展を遂げ、農地が大幅開拓された事で豊かになり、移住してきた住民で村人は5倍になっていた。領主のカリスマによるものか、はたまた手を尽くした施策のお陰か、問題も酒場のケンカ程度の可愛いものしか起きていない。

 勿論人数が増えるに従って村もそのままという訳にもいかず、充実した資金から村自体にも再開発が行われ、その様相は大きく変わった。

 そのひとつが今歩いている石畳だ。街中や郊外の屋敷に至るまで道を敷く事も容易であるほどの成功を遂げている証明でもある。


 それら全てを成したのは彼女の功績だ。


 銀の髪はあの頃から少し伸ばし、毛先をカールさせる事でウルフカットにまとめている。一部には深い紺の髪入っており、それは左耳の上から編み込まれている。

 精悍な顔つきは鋭い目を長い睫毛が強調する。今日の空のような青い瞳をたたえながら、左の瞳には先が三叉に分かれた十字の紋章が刻まれている。


 装いも王女、王子、貴族のいずれとも違う。

 上には男子用の制服を改造したものにペリースを着用し、下はミニスカートに左脚には胡桃色のロングブーツを履く。

 しかし最大の特徴は、その上から全身に渡って付けられた装身具だ。

 左耳にはピアスを。左腕にはガントレットを着用してそこから肩、胸当て、左の腹部にまたがるようにして鎧を着用している。それは右脚も同じで、足先から腿まで鉄靴を装着している。左の腰に下げられたレイピアは最低限の装飾に留めており、柄から伸びた護拳まであくまでも実戦に向けて作られたものだ。

 相当な重量があるようではあるが、彼女は強化魔法を使わずとも一切苦としていない。自前の筋力がなくてはろくに歩く事すら難しいだろう。

 上背も175cmを超す。同年代の並の男子よりも高い。小柄な弱々しい身体の面影は、最早どこにもない。


 名を、レィナータ=フォン=カルラシード。弱冠15歳にしてこのウズの村の領主である。


「あ、レィナータさま!」


「おーい!」


「がんばってー!」


 子供達の呼びかけに応えるように大きく手を振ってやる。すると嬉しかったのか、身体全体を使うようにして大きく振り返してくる。その様子が愛らしく、つい微笑みが零れてしまう。

 貴族らしくも王族らしくもない関係性。それはこの5年を経ても変わる事はなく、レイにとってはそれがたまらなく嬉しかった。


「子供達は今日も元気だね。良い事だ。」


「はい。子は領地にとっての宝です。」


 そう答えるのはメリアス。今年で22歳になる。

 元々金の髪をサイドテールにまとめていたが、それをさらに腰まで伸ばし、それを黄色の宝玉があしらわれた銀の髪飾りでまとめている。

 動きやすいようにとメイド服を基本にしてスリットの入ったペチコートに変えており、それに合わせて各部のフリルなども無くしている。右足の義足も隠すことなく誇らしげに見せつける。

 加えて、レイに対しても尊敬はありながらも過剰に畏れ敬うのではなく、距離が近くなった。


「あの子達とも次に会うのは夏になるかしら。きっと大きくなってるでしょうねぇ。」


 サリー=アトリーズは24歳。元々長い髪だったのをまとめ、左肩に流す様にして束ねている。しかし栗色の髪の中には赤い髪が入り混じっている。

 クラシカルなメイド服はそのままに、フリル付きのエプロンやヘッドドレスは家事の際のみ着用するようになり、今は外している。左腕の義手は長袖を着用している為手の部分しか見えない。赤い宝石のあしらわれた首飾りを付けており、服装にフリルが無いことも相まって黒いドレスのようだ。

 レイ達の中でも最年長だからと少なからず気を張っていた彼女だったが、その力の込めようが無くなりリラックスできるようになった。


「もぐもぐ。そうだねえ。」


 皆が話している間に通りすがりの村人から干し肉を貰い、愛馬・メリッサに跨りながら頬張っているのはツバキだ。

 メイド服は家事の際のみ着用し、普段は黒を基調とした動きやすい丈の短い衣装を着ており、その細身の身体が強調され、さらにその上から大きめの外套を羽織る。緑の宝石があしらわれた銀のイヤリングをしており、口を開くと舌にもピアスが開いているのが分かる。

 元々自由に暮らしていた彼女はさらにレイ達に甘えるようになった。


「あっ。こらツバキ!レイ様の門出の日であるのに行儀が悪い!」


「まあまあメリアス。船旅は長いし、みんなも楽にしてていいよ。」


 郊外からウズの村の中に差し掛かる。

 最低限の施設のみで何もないような村だったが、今や商店、酒場、講堂、広場と様々な施設が立ち並ぶようになった。

 レイの姿を見て目に付いた村人が喜んで声を掛ける。


「おおっ、レィナータ様!今日からですか!」


「ああ、行ってくるよ。皆も頑張ってね。」


 領主としては若すぎるというのは言うまでもない。だが彼女の手腕を見て、侮りを覚える村人は一人も居ない。

 新しく移住してきた村人であっても彼女の評判とその発展した村を目当てにやってきているのだから、軽く見るような理由になる筈もない。

 入植してきた中には荒っぽい人物も勿論存在する。だがメリアス仕込みの剣技がそんじょそこらの荒くれ者なぞに引けを取る筈もなく、寧ろ返り討ちにしてしまう。貴族を知らないものにとっても単純に実力が示されれば、それは畏敬へと変わる。


 船着き場まで到着したレイ達を出迎えるのはパドル船。これはメルクリウスから来たものでなく、このウズの村が購入したものだ。

 動力として魔導器が仕込まれている為に高価な買い物ではあったが、自由に迅速に大河を行き来して様々な村と交易が出来るというメリットを取り、悩みの末に購入を決断した。

 結果それはさらなる利益を生み、ウズの村に発展をもたらしてくれた。


「レィナータ様、準備は出来ておりますよ。」


 ひょっこりと顔を出した色黒の男はこの船の船長だ。ウズの村の村長の息子である。

 農村生まれであるのに農耕がキライな彼は村を出るつもりだったようだが、その操舵技術を見込んだレイに雇われた。


「悪いね、わざわざ僕の為に出して貰って。」


「いえいえ!レィナータ様の為とあらばなんのそのです!」


 普段は輸出入に使用する船であり、個人の移動手段ではない。だがレィナータが村を出る日と聞き、是非ともこの船を使ってほしいと申し出たのだ。

 出航を聞きつけ多くの村人が一目見る為にと集い、レイを見送る。レイもまた彼らが見えなくなるまで手を振り続けた。


「ふふ。領民に恵まれて幸せ者だな、僕は。」


「いえいえ。レィナータ様のお力あってのものです。」


「ありがとう……ああ、そうだ。前にも言ったが、学院に着いても月に一度は僕に輸出入や船の運航をまとめて送ってくれ。

 それ以外にもし急を要する案件なら僕宛てに速達で書状をくれれば対応できるようにしておく。その際の連絡先や中継役はあらかじめこちらで用意しているから確認しておいてくれ。サリー、彼に。」


「はい、こちらです。」


 村長の息子は礼と共に受け取り目を通す。彼が驚くのはその書類の情報の細かさだ。

 単に何処へ行けばいいかだけではない。どの通りに配達を任せられる相手が居るか、メルクリウスの文官に話すなら何処で聞けば良いか、それら全てが不可能な場合の行動までもが全て記載されている。


「おお……。これほどまでこと細かく。」


「非常事態ともなると焦りから視野が狭くなってしまうものだからね。それでも動きやすいよう、可能な限り書き留めさせて貰ったよ。

 もし意見が割れるような自体になっても僕の命令なら淀みなく動けるだろう?」


「有り難く頂戴致します。」


 元々、学院は貴族の生徒が通う学校だ。流石に入学前から領主という立場に付いているのは珍しいが、身内に不幸が重なればまるで無い話ではない。自らの領地や父兄弟に何かあった時の為の対応は出来る体制が整っている。いざという時の為、足として愛馬を連れていき、学院の馬房に置いてもらう予定だ。

 これによりウズの村の領主という立場ではありながらも多少の準備さえしておけば、十分統治を行いながら通う事が出来る。


(さて、これでウズの村は問題ないだろう。さあて今から気が重いな…。)


 レイが嫌がっているのはウズの村を離れる事でも、学院に入学する事でもない。それらは寧ろ楽しみですらあった。

 レイが嫌なのは入学の手続きの為、前の晩にはカルラシード家に泊まる手筈になっている事だ。


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