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烈氷の剣姫  作者: 黒曜 砕
1章 流転する運命
2/31

第2話 第六王女と貴族の淑女

 1


 サリー=アトリーズは領地を持たぬ『戦貴族』の出である。

 アトリーズ家がかつて戦で武功を挙げた為にアトリーズという名字と名声を賜ったが、王都に屋敷を持つのみであり、領地はない。


 国内の王族・貴族・そして一部の魔力の素質ある平民は、王宮へ仕える場合を除きハーヴァマール王立学院へと十五の齢から通う事と義務づけられている。

 サリー=アトリーズも例外ではなく、優秀な成績を収めて卒業した。

 魔導器研究に優れ、魔法研究所や王宮魔法使いにも推薦を貰っていたほどだったが、彼女は全て断り、なんと料理人となった。


「だって、私お料理が好きなんですもの。」


 と、何食わぬ顔で出世街道を切り捨て、カルラシード家の給仕に勤めたのだ。騎士の兄が居る事もあり、家族もそれを応援してくれた。

 しかし問題があった。

 彼女は、非常に優れた容姿をしていた事。有体なく言えば、豊満な身体をしていた。栗色の長髪は女神のような母性すらも感じられ、見る者を安らぎ、魅了してしまうような雰囲気があったのだ。

 それがカルラシード家に外交に来ていた第一王子の目に留まったようで、会食の際にやたらと一介のメイドである彼女に目をやっていたのである。

 そこで面白くないのがカルラシード家令嬢。第五継承権を持つ王女であった。彼女は仕える家の長女であり、そして第一王子を慕っていた。


 その日より嫌がらせが始まった。


「ちょっと、このスープ。味が薄いのだけれど?」

「何よこのパン、カビ臭いニオイがするわね。料理人は誰?」

「きゃあ!このチーズ、虫が入っているじゃない!」


 いくら少女のたわごとと云えど、されど嫡女の言。

 サリーの立場は次々と悪くなり、あれよあれよという間に彼女はその家に居場所はなくなった。

 だが、彼女を信じて送り出してくれた家族にそんな事は到底言える訳もなかった。

 元々彼女は貴族な上に十八年前の大侵攻の折に大活躍したアトリーズ家と縁を持ちたい貴族は山のようにいる。好成績から就職先も引く手父より疎まれている十歳の第六王女、レィナータ=フォン=カルラシードは辺境の地へ、理不尽な仕打ちを受けた3人のメイドと共に追放される。その地で慎ましやかな幸福と共に生きていたが父による暗殺計画が実行され、メイドたちはレィナータを庇い、四肢を喪失する。その姿を見たレィナータは彼女達をこの国で一番幸福にし、全員と重婚すると決意を固める。はじめに自ら魔物の討伐を成功したと風説を流布させ、英雄と噂されるよう根回しを行い始めるのだった。数多であったのだ。そんな中でも父は「家名なぞよりも、好きな事をやりなさい」と送り出してくれた。そんな父に泣き言など云える訳が無い。


 そして二ヵ月が経った頃、カルラシード家次女に仕え、共に辺境へと向かうよう命じられた。

 メイドたちの間で「流刑地」とも呼ばれ、彼女に仕える事は恥だとすら囁かれる。

 辺境へと向かい、命の限り尽くせと言われる。

 それは、実質的な解雇通告にすら等しいものであった。



 2


 そして現在。

 「流刑地」とまで称された少女レィナータは、ウズの村へとやってきていた。

 従者としてサリーを連れている。

 ウズの村には村長が居た。元より特に何もないこの村に、領主であるカルラシード家から主が来ると聞いてざわめき立っていたのだが、十歳にも関わらず小柄なレィナータを見て村人たちは反発するでもなく、まるで孫のように可愛がってくれた。

 村で出来た食べ物やら貴重な肉まで卸して譲ってくれ、さらには小規模ながら祭を開くというのだ。


 そうした騒ぎの渦中にあったレィナータは、自らの屋敷へと帰る途中であった。


「お嬢様、大丈夫ですか?随分ともみくちゃにされていましたわ。」


「反発される、と思っていたんだけれど。でも、受け入れてくれるみたいで良かったあ。」


「ふふ。そうですわね。」


 サリーは昨日に続き、驚嘆していた。

 ウズの村では顔合わせをすると言っていたが、村長に向けてきっぱりと領地を持つ貴族然とした対応をし、現状ウズの村の統治は村長らに一任する事は変わりないと自らの言葉で告げたからである。


 尤も村長たちは堅苦しい貴族様を想像していた中でこのような可憐な少女が出てきたのだから大喜びである。さらに、その少女は自治を自分達に委ねるとまで言った。

 貴族様がやってきた祝いとしての肉という名目ではあるが、実のところは自治を委ねられて嬉しいのが三割、そして三割が名目通りの祝い、残る四割はレィナータに美味い物を食べさせたいという庇護心からだろう。


「レィナータ様。ご質問を宜しいでしょうか。」


 レイナータが考えなしの少女でないと知り、年に不似合いの言葉であると分かりながら主君に尋ねる。


「うん、いいよ。」


 レィナータの返答を聞くと、サリーは尋ねる。


「何故、統治を彼らに委ねたのでしょう。

 統治を形式上だけでも貴女が持てば、税を徴収できます。

 結果的にカルラシード家に税を払う事には変わりませんし、彼らが払う税の量に変わりはありませんが、こちらになればレィナータ様が直接財源を確保できます。

 そうなればカルラシード家に不当な介入をされる事もなくなる筈です。」


 言葉は返ってこない。

 一気に話しすぎたか、とサリーは懸念したが、それは杞憂だった。

 レィナータは口を開く。


「そうしてしまえば、私が死んだ後に彼らは手続きの多くをしなくてはならないから。

 さらには、私が力を蓄える事はきっと、お父様や姉上は良く思わないだろう。

 そうなると、私が死ぬと貴女達はきっと、待遇が悪くなる。私に加担していた、という事になるかもしれない。

 最悪の場合、私の力を削ぐため、カルラシード家本家も二重に税を徴収するかもしれない。もしそれが払えないとしてもウズの村の財源を縮小させれば、私と云う力は削げてしまうだろう。」


 目の前の少女は、死ぬかもしれないという事を冷静に理解した上で。

 その上で尚、メイドと村人の事を考えているのだ。

 どこまで思慮深いのだろう。


 その言葉を聞いて、サリーは自分自身を恥じた。この問いそのものが、まるでレィナータの優しさを挫くものに思えたからだ。


「レィナータ様。私は、貴女がこれほどまでに聡明なお方であるとは思っておりませんでした。」


 無礼な言葉である事は承知で素直な、虚飾のない言葉でレィナータに伝えた。

 それこそが彼女への礼節であり、レィナータはその裏にある意図まで汲み取るだろうと考えたからだ。


「買い被り過ぎ。私は、そんな上等な人間じゃない。ただ、必死なだけだよ。」


 そう照れたように話すレィナータを見て、サリーは心の中で強く思う。


(たとえ、レィナータ様が余命幾何かのお命でも。その命が尽きる瞬間まで、私はこの方にお仕えしたい。)


 レィナータの儚さに当てられたのか、それとも彼女の真摯さに当てられたのか。

 暗い部屋で咳込んでいるだけの少女は、ずっとずっと強かったという事実に、サリーは深く感銘を受けたのだ。

 サリーはこの瞬間から、真の意味でレィナータに仕えたいと願う様になったのだ。

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