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烈氷の剣姫  作者: 黒曜 砕
1章 流転する運命
1/32

第1話 辺境の地

 1


「ウズの村へ、療養に出るといい。」


 十歳の少女、レィナータ=フォン=カルラシードは父にそう告げられる。

 腰まである長い銀髪に青い瞳。病的な程真っ白な肌。立ち振る舞いには所作あれど、その身体には力はない。

 第六王女という身分でありながら有り得ない扱いだ。言葉尻が柔らかいだけで、体のいい追放に他ならない。


「…………ありがとう、ございます。お父様。」


 だがそれを理解した上で、自ら感謝の言葉を告げる。

 きっと、自分が再び生きてこの屋敷に戻る事はないだろうと理解しながらも、何も抗う事すらしない。


「無論、一人で送る訳ではない。身の回りの世話を出来る者は付けるとも。」


「お心遣い、感謝します。」


 その者たちもきっとつまはじきにされている者達だ。レィナータに付き添ってもどうでもよい人員だけを送るのだろう。

 従者の間では自分に仕えるのを『流刑地』と噂されている事も、レィナータは知っている。


(だからといって、いつ死ぬかも分からない私に、何ができるのだろう。)


 何の力もない少女は、ただ父の言葉に頷く以外に出来る事などない。

 悔しさから歯を噛み締める力すらもろくに無いのに、反論など出来ようものか。




 2


 ―――この世界では、数十年に一度魔物の大群『大侵攻』が北より押し寄せる。

 その脅威から人類の守護を担う騎士の国、フーニカール王国。


 その国のさらに辺境の地、ウズの村。

 王都からは遥々馬車で七日もかける距離にある村だ。

 商人が寄るでもなければ、何か特段名産品がある訳でもない。すぐ西には霊峰カトラがそびえ大河の上流という地形を除けばなんの変哲もない、ただの田舎。


 馬車は二つ。レィナータが乗る絢爛な馬車と、それに続くやや素朴な馬車。

 その後ろにメイドら三人は乗っていた。


 馬車の中、メイドの一人が暗い顔をする皆に尋ねる。

 黒い肌に黄金の瞳。あどけない顔立ちをしており、メイド服はところどころ着崩している。


「主様が、レィナータ様の為にここで養生しろって言ったんでしょ?優しいね。」


 彼女はツバキ。この国の人間ではない。だからこそフーニカールの常識なども理解していなかった。

 それに対し、また別の少女が毒づくように答える。


「違う。これは、実質的な飼い殺しだ。この地で死ねと言っているのと同じなんだ。」


 毒吐いた少女は着崩している訳ではないが、メイド服を着慣れていないようでどこかちぐはぐな印象を受ける。金髪にサイドテールが特徴的だ。

 彼女のメイドとしては似つかわしくない態度にも注意する事なく、栗色の髪をしたメイドがそれに答えた。


「そうねえ……。王女様にこの対応は家の為にもならないわよね。」


 彼女――サリーはこの国の貴族であり、自らメイドになりたいと言った変わり者だ。

 そんな彼女が貴族の視点からこの追放劇について話しはじめる。


「カルラシード家といえば名門も名門。建国神オディルス様とレムラス様は双子の兄弟だったと言われているわ。

 その内、オディルス様が今の王であるアーグリード家。レムラス様はカルラシード家の祖先なの。」


 サリーの言葉に、ツバキはふんふんと興味深そうに聞いている。

 どこか楽しんでいるようにすら見える。


 もう一人のメイドは目を瞑り、ただ黙っている。彼女はそれらをとっくに理解している。だからこそ自分の一生がこんな場所で終わる事も理解しており、腹立たしいのだ。


「だから、この王国で王位継承権を持つのはこの二つの家系だけ。その血筋は何においても優先される。この国では王家が二つあるけれど、逆に言えばそれ以外の血族は王に成る事は絶対にない。

 にも関わらず、いくら第六継承権であったとしても、カルラシード家の第六王女がこんなところに、一人と三人のメイドだけで派遣されるなんて事、おかしいのよ。」




 3


 ウズの村に来て、初めての夕食が行われた。

 夕食とはいえ勿論同じ席に並ぶ訳ではない。サリーが作った食事へ、レィナータ一人が席に着く。


「ありがとう、三人共。君達のようなメイドが共に来てくれて、私は幸せだよ。

 ゴホッ、ゴホッ。」


 食事を一割ほども食していない中、手を止めて三人に言った。

 咳込みながら、目の前の少女はメイドに感謝を述べている。


 本来であればメイドという身分でないのに侍従となった金髪のメイド――メリアスは不思議に思った。

 何故、このような扱いを受けてこうして平然としていられるのか。

 何故、メイドなどに感謝をするのか。

 今は一従者に過ぎずとも、彼女は貴族であった。それも王侯貴族であり、素直に誰かの妻として嫁入りするのであれば誰もが欲しがったほどの令嬢だ。故に思考も貴族然としたものであった。

 それを不思議に思い、メリアスは尋ねた。


「お嬢様。不敬なご質問、宜しいでしょうか。」


「うん。いいよ。」


 許可を出され、メリアスは息をすう、と飲み込んでから彼女に尋ねる。


「お嬢様は、ご自分がこのような立場で不満は無いのでしょうか。」


「メリアス!!」


 サリーは思わず叱咤する。元貴族であり、彼女の身分を知っているメイドだ。

 メリアスの立場は確かに悲痛なものであれど、その言い分はあまりにも不敬極まりなく、処罰されてもおかしくないものであったのだ。


「お好きに処分なさって下さい。私はもう、どうせ終わっているのです。」


 不貞腐れたようにメリアスが言う。

 全てを喪って流れ着いた彼女は、処罰など何も怖くない。いっそ不興を買って殺されるならそれでもいいとすら思ってしまっている。


「そう、だね。」


 一呼吸置いた後に、メリアスをじっと見つめ、レィナータは答える。


「私は、そういうものに興味はないんだ。

 十五の頃までには、死んでいてもおかしくない。だからこれは、ただ君達を付き合わせるだけの死への紀行にも等しい。

 私が死ぬまで、君達の数年を奪うだろう。ごめんね。」


 レィナータはぽつりとつぶやいた。

 メリアスはその言葉に苛立ちと僅かな焦燥感を覚え、サリーは貴族らしからぬ謙虚な物言いに感嘆し、黙って見届けていたツバキは僅か十歳であるのにも関わらずこれだけの思慮深さを持っている事に驚いていた。

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