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烈氷の剣姫  作者: 黒曜 砕
2章 虚像の英雄
15/33

第8話 領主

 1


 カルラシード邸を出て王都を発ち、メルクリウスに二日かけて向かい、そこから大河を遡上してウズの村の自らの屋敷に帰って来た。

 ようやくレイは落ち着いて腰を下ろす事が出来ると座り込むと、疲れからか腰が抜けたようにへたりこんでしまった。


「はあ…。流石に疲れたよ。」


「流石の手腕でした、レイ様!」


 そう興奮気味に言ったのはメリアスだ。見事に利権全てを奪い取るなど、レイを疑う訳ではないが本当に出来るのか不安な気持ちがあった。

 それが魔物の素材を渡してしまうとはいえ利権どころか義手・義足・聴力増幅器の約束まで取り付けてしまうとは予想外だったのだ。


「確かに……私達についての風説も、カルラシード家自らが保障するとなると随分変わってきますよね。」


 真魔の傷は治せない。しかし強靭な爪牙を持つ真魔による怪我人は大勢いるのがこの国だ。

 それらが掛け合わさった結果どうなったかと言うと、義手義足など、失った部位を補う文化が他国と比べても大きく発展した。

 木の義手ですら非常に高品質なものが揃い、最高級のものとなると、魔力を通して起動する魔導器技術を用いて自由自在に動かせるもの、耳や目であればそれらを補うように感覚器官としての補助の役割を持つものも存在している。


 それだけではない。義手義足そのものが功績ある勇士を讃える物品としての役割も同時に担っている。

 身体の一部を失う程の戦いと共に貢献を見せた者を讃え、誉れと共にそれを証明する物品ともなる。それが王族ともなれば十分すぎる後ろ盾だ。

 利権以上にカルラシード伯が渋っていたのはまさにその部分で、彼女らの誉れを証明せねばならないからだ。


「あとついで程度ではあるけれど、カルラシード家が直接用意するものだ。最高級の代物を期待してもいいんじゃないかな?最低でも魔導器は持ってくるだろうね。

 そこは敬愛なる我が御父上(クソ親父)の立ち回り次第かな。」


 とは言いつつも、用意する事が決まった以上は間違いなく最大級に手を尽くしたものしか出してこないと確信していた。

 これほどの大事になり、表向きに友好の証として作らねばならないのだから、生半可な代物では不義を生む。であれば多少憎らしくとも自身が良い物を贈ったと周知させた方が父にとって都合がいい。


「聴力増幅器……この国の魔導器ってやつかー。自分用のははじめて。」


 ツバキはこの国の出身ではない為、魔導器も親しみがない。魔法文化が発展し公共機関にも使われるこの国ではあるが、私用のものともなれば高価な代物であるのは変わりない。

 魔導器はそれぞれ魔力を伝達する魔導核を中核とし、設計をするという仕組みで作られている。

 魔導核は鉱山で採れるが、大陸中央部に出没する魔法を扱う強力な魔物、フーニカール以北に出現する全ての真魔からも採れ、魔物・真魔の魔導核はより高純度かつ特殊な魔導器を作れる場合もあり、高値で取引されている。


「あ、そうだ。メリアスってつかえないんじゃない?」


 ツバキが軽い口調で、それでいて僅かに心配そうにメリアスに尋ねる。

 メリアスは首に付けられた「罪人の首輪」によって魔法を扱えない。よって魔導器を扱えなくても不思議ではないと思ったのだ。


「心配いらん。これは魔力の発露を封じる事で魔法を使えなくするものだ。

 魔導器は別口で魔力の放出先を用意する仕組みになっていて、何ら問題なく扱える。」


「そうそう!魔法が使えない人でも使えるのはそういう仕組みなのよっ!それは魔導器の開発過程において最初に考案した研究者の理念に基づくものでね…!」


 メリアスが答えると同時に、サリーが興奮気味にそれを補強した。

 サリーは学生時代、魔導器研究を専攻していた。だからこそ個人で最高級の魔導器を手に入れる事が出来るなど、まさに夢のような話だ。


「あはは。まあ、喜んでくれたなら僕も嬉しいよ。」


 らしくなく前のめりなサリーをなだめ、改めて皆の方に向き直る。


「さあ、これから忙しくなるぞ。」



 2


 ウズの村に戻ったその次の日には、正式に領主となった事をウズの村の村長には報告に向かった。

 それと同時に自治権と所有権もレイの物となった事を告げると、統治をレイに任せると自分から申し出て来たのだ。


「このような村をその身を顧みずお守りくださったのです。誰も文句などあろうはずがございません。」


 僅か数ヶ月前、レイが村長に言った言葉を翻す様な話であるのに寧ろ喜んでレイに渡してくれた。

 この地は特段何もない農村ではあるが、その一方で治安は安定しており故郷に愛着を持つ者も多い。この村長もその一人で、村人ひとりひとりに目をかけては問題をつぶさに解決する手腕は、採算度外視で故郷愛の成せる業だろう。

 そんな故郷の土地を魔物の襲撃から守り抜き、さらに利権を譲り受けたレイにもまた好感を抱くのは当然と言える。


「私がやる事は村長でなくともなんら変わりはしません。」


 そう物腰柔らかに言うと、にこりと微笑んだ。

 何も皆が悪人という訳ではない。アトリーズ伯といい、心優しい権力者も多いのだ。どうしてよりによって父はアレなのかと嘆きたい所だ。


「ありがとう。僕はまだ未熟な身だ。これから君達に迷惑をかける事もあろうだろうが、精一杯尽くさせてほしい。」


「ええ。勿論です。」


 レイは仮にも貴族で王族だ。そんな少女が謙虚に申し出るのも驚きだが、元々虚弱でなよなよしかったレイがここまで堂々としているのも驚きだろう。

 受け答えや思慮深さは目を見張るものがあったが、吹けば飛んでいってしまいそうな少女だった。


「僕に託してくれた事に決して後悔はさせない。君達を失望させる事はしないと誓うよ。」


「私達もただの農民ではありますが、レィナータ様のお手伝いになる事であればなんなりとお申し付け下さい。」


 村長と堅く握手を交わす。

 村の自治権が移り、村長という肩書きも無くなるに等しいというのにこの堂々とした振る舞いはレイへの信頼の結実でもあるのだろう。

 レイはそんな人物に出会えた事に誇り高く思い、これから上司として彼に恥じぬ行いを心掛けようと改めて思い立った。


「あ、終わりました?レィナータ様ー!干し果物出来たんですけど味見でもどうですかー?」


「レィナータ様!今日ひろったお花で押し花つくってねー!」


(いや、これ可愛がられているだけじゃないか?)


 貴族達とは違い、身体の弱いレィナータの姿を見ている彼らにとっては孫娘のような感覚でもあるのだろう。

 単純に頭目として見られていないのかと思案するレイを見て、村長は軽く声をかける。


「ふぉふぉ。若い者らの言動には目を瞑ってやってくだされ。貴族などと会話した事ある者など居ませんでな。

 それに、幼い頃から知られているというのは単純に悪い事だけでもないでしょうぞ。」


 確かにそうだ。貴族と平民は確かな身分の差があり、どれほど尊敬されている貴族であってもそれは変わりようがない。

 だが、身一つでやってきた貴族の少女、それも権力を傘に着る事なく謙虚な姿勢ともなればまるで少女のように可愛がるという距離感が生まれる。さらには魔物を従者と共に打ち払ったオマケ付きだ。


「ふふ、そうかもしれないね。」


 村人たちとのこの距離感も、レイに与えられた武器のひとつと言えるものだ。

 ここまでの親しみを平民との間に作れている貴族・王族など他にそうは居まい。

 何より、レイ自身これが心地よいと感じていた。


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