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烈氷の剣姫  作者: 黒曜 砕
2章 虚像の英雄
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第7話 勝ち取る希望

「戯けた口ぶりだな、レィナータ。」


 これまでと違う、低い声で話すカルラシード伯。

 それには怒りが滲んでいるのは言うまでもない。


「あの地に領主が必要だと?その肚積もりは決まっておろう。」


 当然、辺境の地に王族たるカルラシード伯が向かう訳にはいかない。

 その一方で兄・ロウェオンと姉・サーリェナもレイと2つと1つしか変わらない。よってこれも除外だろう。どちらかを送ってレイを王都に戻せば追放されているのが別の王子王女になってしまい、論外だ。

 となるとカルラシードの名において代行官を向かわせるか、或いはその土地で求心力を得ているレイに自治権を与える他にない。


 だが代行官を置いたとして、結局レイがウズの村にて実質的な顔役となるのは間違いない。

 村の者からの信頼もあるが、何より周辺地域の諸侯らもそう考えるだろう。そしてたかが代行官が第六王女であるレイの命令に従わないなど出来る筈もない。

 レイを王都に戻す、もしくは別の場所に送って代行官を置いては狙いがあまりにも露骨すぎて他の貴族からもバレバレだ。


 これは選択肢を与えられたようでいて、一択しかない。

 『ウズの村を私に渡せ』。暗にそう言っているのだから、カルラシード伯の怒りも当然のものだと言える。


「落ち着いて下さい父上。私とて心苦しいですが、それは村の状況を鑑みて仕方のない事なのです。」


 嘘だ。そもそも領主が必要という部分からしてでっち上げのようなものだが、それをカルラシード伯側からすると見抜く情報を持っていない。


「黙れ!薄汚い犬め!」


 口汚く娘を罵るが、その間に思考を巡らせる。

 単純に応酬を続けたならこの要求を回避する手段はほぼ無い。すると、どれほどの条件を引き出させるのかが重要となってくる。


「落ち着いてください。村の事を、そして領地の事を考えたまでです。」


 その思考に切り返させた時点で、レイからすると第一関門を突破したようなものだ。

 単純な否定の言葉でなく罵倒が飛び出した時点で、内心ガッツポーズしていた。


「浅ましいな。では帳簿をこちらに渡すのは当然の事だな?」


 つまりこれは、村人による税も村で出た利益も全てカルラシード本家に権利を有しており、そこから必要分を渡すという形式にしろという要求だ。


(そろそろ頃合いか。)


 もし単純な圧力で圧してきた場合、レイに勝ち目は一切ない。父が全面的に有利であり、主導権を握っていてそれを交渉するという形には他ならないのだから。対外的に目立たないところで締め上げる事はいくらでも可能だろう。

 だがそれをひっくり返す切り札と、この状況ならではの追い風を準備している。


「そういえば父上にはご報告が遅れておりました。

 そちらからの連絡が来た際に折り返しでご報告するつもりでは居たのですが受勲式が催されるとの事でしたので、その時でいいかなと。」


「なんだ?」


 カルラシード伯からすれば把握していない情報だ。可能な限り早く知っておきたいだろう。


「打ち倒した魔物三匹はいずれも未成熟な個体でした。しかし、一匹だけ半成体のものが混じっていたのです。

 その壁猪の骸からは多少小ぶりではありますが立派な甲殻と魔導核が剥ぎとれましてね。」


「!!!」


 魔物の骸は腐敗が早い。どんな加工を施してもすぐに腐ってしまうから転用する事も難しいが、魔導核とある部分だけは別だ。

 それはそれぞれの魔物の特徴的な部分。名前を冠している部分そのものである。

 壁猪の場合、身体を纏う外殻部分は死んでも腐り落ちる事はない。

 魔導核は胆石のようなものだ。これは魔力を使って起動する魔導器の中核を担うものとして高値で取引されている。

 これらは加工はもちろんの事、研究者による検分で死亡前の状況が推定が可能だ。


 だがそれら全ては成体の話であり、幼体であればまだ未成熟である分何も残らない。まだ器官が完成していないからこそ肉体と共に朽ちてしまうのだ。


 だからこそ幼体の個体ばかりを暗殺として放ったのだろう。

 だが、一匹だけ大ぶりの個体が混じっていたのは気付かなかったのか、それともそれしか用意できなかったのか。

 いずれにせよその慢心が結果的にレイへ死体という証拠を与えるきっかけになった。


「あの甲殻…流石は魔物のものです。真魔と呼ばれるのも頷けるというもの。なんと立派でしょう。

 メイド達の健闘の証拠でもありますからね。剥製にして象徴としたり、盾に加工してしまうのも良いかもしれません。」


「それは……。」


 真魔の素材は貴重な資源にして、非常に特殊な素材だ。欲しがる人間はいくらでもいるし、レイがそのまま使ったっていくらでも使い道はある。それほど貴重かつ強力なのだから、誰もそのように扱えど不思議に思わない。

 だがそれは、暗殺計画に使った証拠を押さえられ続けるという事を意味している。


「………………。」


「壁猪の甲殻は下手に加工するとその強度が落ちてしまう。やはり丸ごと扱えるようなものにしたいですね。」


 このまま続くと、弱みをいつまでも握られるに等しい。どうにか回収しなくてはいけない。


「レィナータ。我が領地で狩猟した魔物であるのだから、所有権は私にあるとは思わないか?」


「思いませんね。魔物は狩猟した者に権利があると、我が国の法で定められている。」


 戦貴族が功を挙げても土地を貰えないが、その分倒した魔物はそれぞれの物とする事が出来る仕組みになっている。

 それを国に売るという形で特別報酬を貰っているが、自身の装備や家の財産としても勿論構わない。

 つまり、どこで狩ったかなどは魔物においては一切関係ないのだ。

 レイがそれを知らない事に賭けた言葉だろうが、まだ無意識に侮りが混じった行動であると彼は気付いていない。


「く、う…………!!」


 これにはカルラシード伯とて閉口するしかない。

 その制度の重さはかつて「大侵攻」を経験した彼の方がよく理解している。それに逆らうなど出来る筈もない事も、勿論分かっている。


「………………カルラシード家は、末女たるレィナータの功績を讃え、それを買い取りたい。」


「おお。それはなんとも。」


 彼にとってはこうする他にないのだ。

 だが、真魔素材の売買は絶対数が少なく貴重である分言い値で行うしかない。

 この瞬間、この場の主導権はレイが奪い取った。


「ではそうですね。甲殻と引き換えにウズの村、および周辺地域の所有権及び自治権。

 そして同じくしてカルラシード家より防衛費の一端として、」


 レイは後ろの三人のメイドを指差した。


「彼女らの義足・義手・聴力増幅器。それぞれを用意して頂きたい。」


「そ……れ、は。」


 所有権と自治権は覚悟していた。証拠となる以上は単なる素材ではないのだ。金だけで渡せるものでない事は理解している。

 僅か十歳にして実質的な爵位であるが、この功績があればそれは特段不思議でもないだろう。


 だがメリアス、サリー、ツバキの常用する義足・義手・聴力増幅器は少し話が変わってくる。

 これらを身に着けるという事は、彼女達の身分をカルラシード家そのものが保障する事に他ならず、彼女達を認めたという意味合いを孕むのだ。


「な、ならん!他はともかく、それは許されぬ!」


「僕を冷遇した事を知る貴族は多いですよ?」


 レイの言葉に、カルラシード伯がぴくりと止まった。

 初日のサリーですら訝しんだ第六王女を辺境へ追いやるという暴挙。これほど話題に上る以上はその経過を調べて知っている者も少なくはないだろう。


「その冷遇から魔物の急襲…。聡い者であればその繋がりに気付くかもしれませんね。」


「…………私を、脅すつもりか?」


「それは父上がお考えになられているだけでしょう。しかし事実を述べるならば、私は此処に来るまでにベルヴェルク伯に身の上話をしましたね。」


「ベルヴェルク伯……だと。あの偏屈者が、か。」


 ベルヴェルク家は王族ではないが、それに次ぐ力を持っている家でもある。

 商業都市メルクリウスは王都に次ぐ大きさの都市というだけでなく、フーニカール王国の玄関口としても機能し、大陸を横断するように流れる大河により交通の便も良い重要地でもある。商業都市である為にベルヴェルク伯も商人の気が強く、貴族の中では異端とされていた。

 しかし要地であることと、異端でありながら無視できないこと。それらはベルヴェルク家の力の大きさを示しているに他ならない。

 尤もレイはただ「身の上話をした」だけであって、別に過去について根掘り葉掘りと聞かれた訳ではないのだが、上手く使えると思い咄嗟に話に組み込んだ。

 レイがベルヴェルク伯に招かれた事自体は調査させればすぐに事実だと判明するだろう。


「私としても大きな手札である事はご承知いただきたい。同じくして、対外的に象徴としても価値がある代物でしょう。

 故にこそ、これ以上に譲歩する事は難しい。

 勿論、私の我儘だけでなく、父上にも利は果てしなく大きいと思われますが。」


「………………。」


 メイド達の貢献を称える品を送り、レイは戦利品である魔物の骸を渡すという形になる以上、他の家からすればまるで良好な関係に見える。

 レイへの冷遇をつつく隙は無くなり、ウズの村送りも養生の為の隠棲に見えるだろう。

 これから先、レイがこの暗殺計画を糾弾しようとしても証拠品が無いのでとても不可能になるし、カルラシード本家との関係が良いと見えればレイの側が謀っているようにも見える。

 何より今のレイの人気もまたそれに貢献するというのが最大の『追い風』だ。レイは貴重な真魔の骸を快く父に渡し、父は単純な利権に留まらず手ずからレイの従者を讃える品を送る。カルラシード伯が民衆から支持を得る一助にはなるだろう。


 この骸ひとつで立場は再び有利に傾く。カルラシード伯はそう判断した。


「………………分かった。」


「契約成立ですね、父上。」


 レィナータ=フォン=カルラシード。

 オルトゥヌス=フォン=カルラシード。

 この日、両名の血判が印じられた一対の契約書が作られた。

 レィナータは本家に壁猪から採れた外殻および魔導核を送付する事。一連の事件について糾弾しない事。

 オルトゥヌスはレィナータにウズの村および周辺地域の所有権・自治権を譲渡。加えて三人の従者へ失った身体の一部を補う物品を用意する事。


 こうしてレイは、僅か10歳の身にして父との応酬を経て、地位と利権と三人の身元の保障を勝ち取ったのだ。


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