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烈氷の剣姫  作者: 黒曜 砕
2章 虚像の英雄
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第3話 再誕

 ある日の明朝の事だった。

 いつも朝日より早く、そしてメイドの中でも一番早く起きるサリーの元に小さな紙切れが扉の下から差し込まれていた。


『目を覚ましたら、ゆっくりでいいから二人を起こして庭に来て欲しい。』


 いつ差し込まれたものだろう。少なくとも、自分が寝る頃には無かった筈だ。

 それが誰の書置きかは考えずとも分かる。レィナータの印字のような端正な字はこちらに来てから何度も見ている。


 その紙に従い、二人を起こす。

 いつもサリーのすぐ後に目を覚まし、朝練に励むメリアスはレィナータからの知らせと聞くと義足なのにも構わず跳び起きた。

 一番遅くに起きるツバキは呼び掛けられると寝ぼけまなこをこすりながら起きて来た。


「こんな朝早くから何するのかなあ?」


 のそのそとツバキがメリアスにもたれかかりながら廊下を歩く。

 メリアスは義足で杖だというのに体幹がしっかりしており、ツバキの体重を物ともせずに引き摺りながら歩いている。


「レィナータ様の事だ。我らの想像の上を行くだろう。」


「もう。またそうやって持ち上げて。レィナータ様だって疲れちゃうわよ?」


 そうして庭に着くと暗がりの中に人影が見えた。


 レィナータだ。

 ただし、いつもと様子が違うのは薄手のワンピースを着ている。普段はあまり薄着を好まないから、このような格好は珍しい。


「レィナータさ――」


 メリアスが呼びかけようとした瞬間、朝日が昇り始めた。

 地平線の向こうから立ち上る陽射しの逆光に照らされたレィナータの身体は朝露がキラキラと煌めいている。服の下は何も着ていないようで、うっすらと影で裸体が透けて見える。

 暗闇で気付くのに遅れたが、右手に持つ刃物が朝日を反射して輝いたのが見える。


 まさか、などと焦ったサリーが一歩踏み出す。そのナイフを胸に突き刺すつもりなどないだろうか。全てが嫌になって、最期の告白だったのではないか。

 嫌な妄想が立ち昇るが、それを分かっているかのようにレィナータは左手の人差し指を口元に当てる。動くな、とでも言うつもりらしい。


「っ……。」


 こうされてはレィナータの命に背く訳にもいかないだろう。

 滅多な事をしないよう祈りながら、レィナータの一挙手一投足に意識を傾ける。メリアスが生唾を呑み込む音がサリーとツバキの耳にまで届いた。



 眩しい朝日を背にしたレィナータに、一切の躊躇いは無かった。

 左手で、自身の銀の髪を束ねる。わずかに揺れた際に朝露が輝くのが見える。

 そして右手のナイフで一息に、それを断つ。


「あ…………。」


 ツバキが声を漏らす。

 それは、子供がおもちゃを取り上げられたように、美しいものが消えてしまう事への惜しさの意だった。


 そのまま切った髪を手から零す。

 宙に舞う銀の髪は僅かに凍り付き、朝日を受けて輝く様はレィナータの姿と合わせ、絵画であるかと幻視するほどだ。


「レィナータはあの夜、死んだ。」


 レィナータが口を開く。


「父母に与えられた名ではなく。()をレイとして、君達に求婚させてほしい。」


 フーニカールにおいて、両親より与えられた名を変える事は断じてできない。

 それはしきたりであり風習であり慣習であり。誰も不思議に思った事のない、定められた事だからだ。

 それは同性婚、重婚も同じ事。どちらも禁じられてはいないし愛人が居る貴族も少なくはないが、権力の分散も恐れて全員を正室として置きたがる気狂いは存在しない。


 かつてフーニカールでは女性の長い髪こそが魔力が宿ると信じられていた。

 発展が進むにつれてそれもただの伝承にしか過ぎず、髪に意味などないと研究結果が出たのはもう数百年も前の事になる。

 それでも尚、貴人の女性は長い髪を保つべきだという慣習は残り続けている。


 今、レィナータは身と言葉を以てその全てに叛逆している。



 レィナータは跪き、手だけを三人の元へ伸ばす。

 求婚プロポーズだ。



「え、あ、その……。」


 戸惑うサリーの頬は紅潮している。それは朝日のせいかは判別が付かない。


 云わばこれは全て演出だ。偶然こうなったのではない。

 レィナータはサリーの(きづかい)にも、当然気付いていた。自分の為を想う故に否定を示す事があるかもしれないと。だからこそ、自分が本気である事を伝える為にどうすればいいか。

 一生に一度のプロポーズだというのに、言葉だけではあまりに無粋だろう。

 自身が生まれ変わり、これまでとはまた違う道を目指す事を示した上で彼女達に受け入れて欲しい。

 そう考えたレィナータは自分の想いを伝える為の最大限の手法を採る。

 朝日の時間に合わせ、服装も陽射しを強調するものに整え、自身に朝露が付着するよう夜の間をこの庭でわざわざ立ってその時を待った。自身の一人称も、これまでと同じ『私』で通しながらもこの日から『僕』に変える事としていた。


 全ては、彼女達への愛を示す為。



「………………はい。お慕いしております。」


 震える手と声でレィナータの上にサリーが手を重ねる。

 一番否定的だったのに、いつの間にか一番に置いてしまっていた。


「当然です。我が命と心、全て貴女の共に。」


 メリアスは一切の躊躇い無くサリーの更に上から手を置く。


「え?えー。うん。わたしも、好き!」


 フーニカールの伝統など知る由もないツバキは一歩遅れて、それでいて純粋な好意を示して手を置いた。


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