第196話 明確な殺意
ネイラの瞳には怒りが滲んでいた。
その手には愛用の蛇腹剣が握られている。
震える肩。
頬を伝う涙。
それでも蛇腹剣を握る手だけは決して緩まなかった。
「絶対に……」
声が震える――それでもネイラは俺を真っ直ぐ睨みつけた。
「絶対に殺す!」
小高い丘を蹴り、一足飛びで俺へ迫る。
蛇腹剣が独特な軌道を描きながら迫った。
狙いは心臓か――。
ネイラの振るった刃が俺の胸を貫く。
だが、刃はそこで止まった。
「リョウガ!」
マリスが叫ぶ。
だがその頃には、俺は蛇腹剣を掴み、そのままネイラを地面へ叩きつけていた。
心臓を狙ってくると分かっているなら、その部分だけ解放すればいい。
あの程度の攻撃では俺の胸筋は貫けない。
そのまま飛び出す。
伸ばした指先へ力を込め、立ち上がろうとするネイラへ貫手を放った。
腹を貫く感触。
だが一人ではない。
柔らかい感触を突き抜け、その奥へ。
何故ならネイラを庇うようにマリスが飛び込んできたからだ。
俺の手はマリスの腹を貫通し、そのままネイラへ届く。
急所を狙った。
だがマリスが割って入ったせいで浅い。
二人まとめて吹き飛び、地面を何度も転がった。
「マリス!」
「リョウガ、貴方何を!」
イザベラとクルスが叫ぶ。
だが何をはこっちの台詞だ。
腹を貫かれながらもマリスは立ち上がり、再びネイラの前へ出た。
まだ庇うつもりらしい。
「マリス。どういうつもりだ」
「だってリョウガ……ネイラを殺すつもりでしょう」
「当たり前だ」
迷う理由が分からない。
「そいつは俺を殺す気で来ている。だったら殺す」
「だから! あんたがそんなだから私は!」
「黙れ」
腹へ蹴りを叩き込む。
マリスの身体がゴムまりのように吹き飛んだ。
腹に風穴が開いていようと関係ない。
邪魔だ。
「リョウガ……やっぱりあんたは仲間とか関係ないんだ」
「言いたいことはそれだけか?」
俺が聞くと、ネイラが蛇腹剣を振ろうとした。
遅い。
手刀を振る。
鮮血が弧を描いた。
右腕が宙を舞う。
「あ……あぁぁぁああああッ!」
右腕を失ったネイラが絶叫する。
脆いな。
この程度で俺を殺そうとしたのか。
「死ね」
右腕を振り上げる。
狙いはネイラの首。
その時だった。
背後から鋭い気配。
「リョウガ――頼むから俺にこれを抜かせるなよ」
ガロウだった。
刀を抜く寸前の構えで俺を睨んでいる。
揃いも揃って、何故こんなのを守ろうとする。
理解できない。
だが俺の意思は変わらない。
ネイラへ向けて手刀を振り下ろそうとした、その瞬間。
「馬鹿野郎が!」
ガロウが抜刀した。
俺は手刀の軌道を変え、その刃を迎え撃つ。
甲高い音が響く。
次の瞬間。
ガロウの刀身が砕け散った。
「そういえばお前、まだ殺してなかったな」
右腕を解放する。
変化した拳をガロウへ叩き込んだ。
「あんたは人を殺すために冒険者になったのかよ!」
聞こえたのはマリスの叫びだった。
人殺し。
その言葉が頭に残る。
そうだ。
俺は暗殺者だ。
人を殺すために育てられた。
それが俺の日常だった。
だが異世界へ来て俺は――
「ぐはっ!」
ガロウが吹き飛び、地面へ激突する。
そのまま意識を失った。
だが死んではいないようだ。
「殺す気でやったつもりなんだがな」
まあいい。
今はネイラだ。
そう思い直し、ネイラへ視線を向ける。
「あんたのせいで……お兄ちゃんは……畜生……」
ネイラが失った右腕の付け根を押さえながら涙を流し、俺を睨んでいた。
何を言っているのか理解できない。
だが問い返す必要もない。
こいつは俺に恨みを抱いている。
だったらここで殺す。
そう結論づけた直後だった。
ネイラの足元の地面が大きく陥没する。
地中から巨大なイモムシが姿を現した。
大口を開け、そのままネイラを丸呑みにする。
「そんな……ネイラ、どうして――」
マリスの悲痛な声が響く。
意識を保ってるのか。
無駄に頑丈な奴だ。
巨大なイモムシはネイラを飲み込んだまま地中へ潜り、その姿を消していった。
追うこともできる。
だが護衛の任務を捨ててまで追う必要はない。
俺はそう判断し、その場に留まった。




