第195話 暗殺者の本質
魔獣はもう追ってこなかった。
とはいえ、トルネイルを出て終わりというわけではない。
妙な男は退散したが、ここから近くの街まで護衛しながら向かう必要があるだろう。
だが、現在の移動速度は遅い。
理由はマリスにあった。
アルを探しに行ったまま、まだ戻ってきていないのだ。
「マリスもゴングもパルコも戻って来てないですね。無事だといいのですが」
クルスが心配そうに言った。
無事か。
トルネイルが崩壊寸前まで追い込まれている状況だ。
全員が無事な可能性は低いだろう。
アルの父親も表情が暗い。
どこか覚悟しているような顔だった。
「おいリョウガ。探しに行かなくていいのかよ」
「俺の仕事は護衛だ」
「つめてぇやつだな」
「そもそも何でお前は当たり前みたいに一緒に来てるんだ」
ガロウとウドンも何故か同行していた。
護衛とは関係ないだろう、こいつら。
「成り行きって奴だ」
「パパッ!」
「キキィ!」
俺とガロウが話していると、子どもと猿の声が聞こえた。
振り返る。
そこにはマリスと手を繋ぐアルの姿があった。
肩には子猿が乗っている。
「アルッ!」
父親が駆け寄る。
アルもマリスの手を離し、父親へ向かって駆け出した。
互いに抱き合い、涙を流す。
「畜生、よかったじゃねぇかぁ」
ガロウが涙と鼻水を流しながらその様子を見ていた。
俺はこいつの思考がよく分からん。
「マリス。無事で良かったよ!」
イザベラがマリスに駆け寄る。
その後にクルスが続き、治療魔法をかけていた。
「仲間が無事でよかったな」
ガロウが俺の肩を叩く。
馴れ馴れしい奴だ。
「あの女も無事だといいんだがな」
トルネイルへ目を向けながらガロウが呟く。
イザベラに身体を支えられながら、マリスがこちらへやって来た。
「怪我はしてたけど、そこまでじゃなかったようだよ」
「そうか」
俺が答える。
だがマリスの表情は暗かった。
「――ごめん、皆。ゴングとパルコは……助けられなかった」
絞り出すような声だった。
イザベラとクルスの顔が曇る。
「そうかい。つらかったね、マリス」
「私には祈りを捧げるぐらいしか――」
「この状況でその程度ならマシな方か」
改めて被害状況を思い浮かべながらそう言った。
マリスの目が見開かれる。
「何を言ってるのリョウガ? 仲間が二人亡くなったんだよ。それなのに……」
「そうだな。死んだのが二人で済んだ」
「っ……」
「人間、死ぬ時は死ぬ。今回はそれがあいつらだった。それだけだ」
俺の言葉にマリスは唖然としていた。
何故そんな顔をするのか理解できない。
俺からすれば、一々他人に感情移入できるこいつの方が不思議だった。
「ちょ、ちょっとリョウガ!」
イザベラが慌てて割って入る。
「そういう言い方はないだろうさ」
「事実を言っただけだ」
「お前、俺でももう少し空気読めるぞ」
ガロウまで苦笑いしている。
お前はどういう立場でそこに立っているんだ。
「マリス。きっとリョウガさんはそういうつもりでは……」
クルスがマリスを宥めていた。
だがマリスは目を伏せたまま何も答えない。
重い沈黙が流れる。
その時だった――空気が震えた。
怒り。
憎しみ。
殺意。
そんな感情を剥き出しにした叫び声が響き渡る。
「リョウガぁああああぁあッ!」
俺を呼ぶ声だった。
振り返る。
月を背にして俺たちを見下ろす女の姿。
ネイラだった。
その瞳に宿るのは明確な殺意だった――。




