第194話 継承
「しかしザマァねぇな」
踏みつけが蹴りへと変わる。
衝撃でパトリエの身体が地面を転がった。
ラオズは倒れたパトリエの首を掴み、無理やり引き起こす。
そして容赦なく拳を叩き込んだ。
「どうした新星。こんなものか」
「ぐっ――」
苦しげな声が漏れる。
顔から血の気は失われ、胴体に空いた風穴からは今も血が流れ続けていた。
「偽物の妹に気を取られてこのザマか。とんだ期待外れだ」
「――気づいてたさ」
「あん?」
絞り出すような声にラオズが眉をひそめる。
「あいつは……簡単に助けてなんて言わない。気丈な妹だからな」
「言い訳がましい奴だ。だったら何で動きを止めた」
「お前らには……分からないだろうな」
パトリエは血を吐きながらも言葉を続ける。
「例え偽物だと分かっていても……大事な家族が目の前に現れたら……動揺ぐらいするもんさ」
「くだらねぇ」
ラオズは吐き捨てるように言った。
そしてパトリエを放り投げる。
「もういい。行くぞ、お前ら」
「ちょっと待ちなよ。止めを刺さないつもり?」
ライラが声を上げる。
するとラオズは鼻を鳴らした。
「急所は貫いた。こいつはもう長くねぇ」
「だからって……」
「それにな」
ラオズが口元を吊り上げる。
「今すぐ殺して楽にさせるなんざ許せねぇんだよ」
その瞳には残酷な愉悦が宿っていた。
「こいつには痛みと苦しみと後悔を抱えたまま死んでもらわねぇとな」
ガハハハッ――と笑いながらラオズが背を向ける。
ライラは小さくため息を吐き、その後に続いた。
――時折、パトリエの様子を窺いながら。
◆◇◆
「お兄ちゃん!」
ネイラが倒れているパトリエへ駆け寄った。
マリスにアルを任せた後、兄のことが気になって探し回っていたのである。
「そ、そんな……どうして……」
腹部から大量の血を流す兄の姿を見て、ネイラの顔が強張る。
ネイラにとってパトリエは憧れだった。
若くしてA級冒険者にまで上り詰め、S級も近いと言われていた兄。
強く、優しく、自慢の兄だった。
そんな兄が、これほどまでに傷付いている。
信じられない光景だった。
「大丈夫! 私が運ぶから!」
「ネイラ……無駄だ。俺はもう……長くない」
「お兄ちゃん!」
ネイラの声が震える。
「嫌だよ……」
涙が溢れる。
「そんなの嫌……」
肩が震えた。
「お兄ちゃんがいなくなるなんて嫌だよ!」
それでもパトリエは静かに首を横に振った。
「ネイラ……聞いてくれ」
「そんなの後でいい!」
「大事なことなんだ」
パトリエはネイラの腕を掴む。
その真剣な眼差しを見て、ネイラも話を聞くしかなかった。
「これまで……お前にもスキルを明かしてこなかった」
「スキルを?」
ネイラの目が見開かれる。
確かに兄は今まで一度も自身のスキルについて語らなかった。
「これまで教えなかったのは……発動条件があるからだ」
「発動条件?」
「俺のスキルは【継承】だ」
「継承……?」
ネイラは自然と復唱する。
「自分の力を相手へ託す……それが俺のスキルだ」
パトリエはネイラを見つめた。
「だから俺の力を……お前に継承する」
その瞬間だった。
パトリエの全身が青白く輝く。
光は手を通してネイラへ流れ込み、彼女の身体もまた光に包まれた。
やがて光は静かに消えていく。
「これで……継承された……ゴホッ!」
「お兄ちゃん!」
パトリエが血を吐く。
ネイラの瞳から涙が零れ落ちた。
「誰にやられたの!」
ネイラが叫ぶ。
「絶対に許せない! この力で私が仇を討つ! だから教えて、お兄ちゃん!」
必死な訴え。
だがパトリエは考えていた。
継承したのは復讐のためではない。
妹に生きてほしかった。
笑っていてほしかった。
誰かを憎み続ける人生など歩んでほしくなかった。
それに継承された力はすぐに使いこなせるものではない。
今のネイラがラオズへ挑めば、返り討ちに遭うのは目に見えていた。
どうすれば伝わる。
どうすれば妹を復讐の道へ進ませずに済む。
その時だった。
一人の少年の顔が脳裏に浮かぶ。
リョウガ。
あの少年なら――少なくとも自分のような失敗はしない。
「ネイラ……せめて、リョウガに――」
その瞬間だった。
ヒュッ――
飛来したナイフがパトリエの喉を貫いたのは。
「お兄ちゃん!」
言葉が途切れる。
ゴボリと血が溢れた。
何かを伝えようと唇が動く。
だが声にはならない。
そして――パトリエの瞳から光が消えた。
「お兄ちゃん……?」
返事はない。
ネイラの瞳から涙が溢れ続ける。
やがてネイラはナイフが飛んできた方向を睨み付けた。
「リョウガ……?」
そこに立っていたのはリョウガだった。
リョウガは不敵な笑みを浮かべる。
そして次の瞬間、その場から姿を消した。
「リョウガ……」
ネイラの肩が震える。
「リョウガぁあああああぁぁぁぁぁぁッ!」
慟哭が夜空へ響き渡った。
◆◇◆
(面白いことになりそうね)
崩れた街並みを駆けながら、ライラは笑みを浮かべた。
一度はパトリエの元を離れた。
だが、ラオズが止めを刺さなかったことが気になり戻ってきたのだ。
そこで見た。
ネイラとパトリエの最後の会話を。
パトリエが虫の息だったのは明らかだった。
だから思いついた。
利用できる、と。
リョウガの姿に変身し、パトリエへ止めを刺した。
案の定、ネイラの怒りはリョウガへ向いた。
ライラはガンギルを殺したリョウガを憎んでいる。
だからこそ利用する。
ネイラという新たな刃を。
ライラは口元を吊り上げた。
ガンギルを殺したリョウガ。
そのリョウガへ向けて、ネイラという怒りの矛先が生まれた。
後は勝手に殺し合ってくれるだろう。
「ふふっ。本当に面白くなりそうね」
夜の闇の中へ、ライラは姿を消した――。




