第190話 25パーセント
ガロウはどうやら俺が死んだと思ったらしい。失礼な奴だ。
俺は殺されるより、殺すほうが専門なんだがな。
そういえば、こいつをまだ殺してなかったか。まぁ今は後回しでいい。
「おい。余裕ぶってる場合じゃねぇぞ」
ガロウが忠告めいたことを口にする。
改めて視線を向けると、ジャキがゆっくりと立ち上がっていた。
「グルルルルゥウウ……」
唸り声を漏らしながら、濁った双眸で俺を睨みつけてくる。首を吹き飛ばされ、全身を刻まれてもまだ動ける程だ。そこそこしぶとい。
「リョウガ……あんたの体、一体どうなってるんだい?」
イザベラが怪訝そうに聞いてきた。
「これも俺の力だ」
「力……スキルって事ですか? いや、しかしリョウガさんにスキルは無いはず。それなら魔法ですか!」
クルスが一人で納得したように頷いている。
別に肯定も否定もしない。勝手に勘違いしてくれるならその方が都合がいい。
「大体の力はわかったからな――これで25パーセントってところだ」
「すごいね……そんな魔法まであるんだ」
イザベラが感心したように呟く。
魔法やスキルが当たり前の世界だからこそ、こういう誤解が自然に成立する。余計な説明をしなくて済むのはありがたい。
「お前……俺とやった時も力隠してたってことかよ」
「さぁな」
ガロウの不機嫌そうな声を軽く流しつつ、降り注いだ落雷をステップで躱した。
雷光が地面を焼き、爆ぜた石片が周囲へ飛び散る。
「これを避けますか」
「お前は理解してないかもしれないが、狙いがわかりやすすぎるんだよ」
白衣の男の顔から、初めて笑みが消えた。
「あの男は厄介ですね……片付けなさい、ジャキ」
ジャキの口が大きく開く。
内部で黒いエネルギーが収束し、漆黒の球体へと変化していく。
「おい! 今までで一番デカいぞ!」
「そうだな」
黒球が放たれた。空気を灼きながら迫る漆黒の塊。周囲の景色が歪み、地面が触れただけで抉れていく。
だが――俺は右手を振り抜いた。
轟ッ、と衝撃音。
黒球は真正面から弾き飛ばされ、そのまま上空へ打ち上がる。
直後、夜空で黒い太陽のように炸裂した。
爆音と熱風が吹き荒れ、雲が吹き飛ぶ。
「いくらデカくても、当たらないなら意味がないな」
「おま……マジかよ……」
ガロウが呆然と呟く。
こいつでも斬れた程度の代物だ。多少大きくなったところで、今の俺なら問題にならない。
「――ジャキ」
白衣の男が静かに呼びかける。
するとジャキが、自らの右腕を引き千切った。
肉が裂け、骨が砕ける音が響く。
「何だ? どういうつもりだ?」
ガロウが怪訝そうに眉を顰める。
次の瞬間――地面へ投げ捨てられた腕が蠢いた。
肉が膨れ、骨が伸び、小型のジャキへと変形していく。
「自分の分身を生んだってことかよ!」
咆哮を上げながら、小型のジャキが突撃してきた。
だがガロウが前に出る。
「こいつは引き受ける! お前はさっさと本体をやれ!」
「別に頼んでないんだがな」
まぁ、勝手にやる分には止めない。
俺はそのままジャキ本体へ向かって疾駆した。
既に右腕は再生し始めている。
だが――関係ない。
ジャキが左腕で薙ぎ払おうとしてきた瞬間、俺の拳が先に叩き込まれた。
轟音――左腕が肩口から粉砕され、黒い肉片が周囲へ飛び散る。
「グルゥウッ!?」
「お前、痛みに鈍感そうだな」
言いながら、今度は手刀を振るう。
斬撃一閃。
ジャキの左脚が根元から切断され、巨体が大きく傾いた。
片腕と片脚を失いながらも、ジャキは残った腕で身体を支える。
「無駄ですよ。ジャキは再生できます」
「みたいだな」
今さらな情報だ。
自慢の再生能力らしいが――
「ちょ、リョウガ速すぎない!?」
イザベラの声を背後に聞きながら、俺はさらに加速した。
地面を蹴る。
空中を蹴る。
ジャキの周囲を縦横無尽に駆け回りながら、その肉体を刻み続けた。
肩。腹。喉。膝。
再生した端から切断し、繋がる前に再び断ち切る。
「グォッ!? グルァアアアアアッ!」
ジャキの表情が変わる。
ようやく痛みを認識し始めたか。
だが遅い。
再生能力とは便利な力だ。だが絶対ではない。
再生速度を上回る速度で破壊され続ければ、修復は追いつかない。
俺の斬撃は止まらない。
肉が削げる。
骨が砕ける。
再生する端から、さらに細かく刻まれていく。
やがて巨体だったジャキは徐々に縮み始めた。
再生する肉より、失われる肉の方が多くなったからだ。黒い肉片が雨のように飛び散る。
絶叫が響く。
それでも俺は止まらない。
ついには原型すら維持できなくなり、ジャキは蠢く肉塊へと成り果てた。
「……ここが限界か」
俺は大きく息を吸い込む。
肺の内部で体内成分を変質。
圧縮。
発火。
次の瞬間――轟ッッ!!
俺の口から、灼熱の炎が吐き出された。
それはただの火ではない。
粘性を帯びた灼熱が肉塊へまとわりつき、燃え移り、逃げ場なく焼き尽くしていく。
地面が融解し、周囲の空気すら歪む。
再生しようと肉が蠢くたび、その再生ごと焼却されていった。
黒煙が上がり、焦げた臭気が漂う。
そして――最後には灰すら残らなかった。
完全消滅だ。
決着がつき、俺はゆっくりと上空へ視線を向けた。
そこには、俺たちを俯瞰する白衣の男の姿。
「どうやら今回は諦めた方が良さそうですね。まぁいいでしょう。見たところ、まだ“目覚めて”いないようですからね――その時まで、お預けにしておきますよ」
男の姿が霧のように薄れていく。
本体側から投影を解除した――そんなところか。
どちらにせよ。
「……これで護衛任務は達成だな」
俺は小さく息を吐いた。




