西の塔のタイガ将軍②
◇◇
『西の塔』の扉を開けた勇者一行は、中の魔物たちを蹴散らしながら頂上までやってきた。
そこで待ち受けていたのは、巨大な虎の魔物だった。
大きな鉄の胸当てに、赤のマントを身につけ、さらに右手には巨大な剣を握りしめている。
顔につけられた大きな傷跡が、歴戦の勇士であることを如実に表わしているようだ。
彼の配下を倒してきた勇者たちに、彼は見た者を震わせるほどの眼光を浴びせている。
しかし、勇者タイシはそんな視線などどこ吹く風と言わんばかりに、てくてくとタイガ将軍のもとへとやってきた。
「やあ、俺は勇者タイシ。お前がタイガ将軍か?」
少し離れたところに立っている魔物に対し、軽い調子で声をかけたタイシ。一方のタイガ将軍は、苦々しい顔のまま、低い声で答えた。
「いかにも……。貴様、なんだ? その格好は。俺様をなめてんのか?」
「ふざけてるって、これか?」
タイシは、スカートの裾をわずかに引き上げポーズを取る。
それを見たタイガ将軍が咆哮をあげた。
「きさまぁぁ!! 俺様を愚弄するかぁぁぁ!!」
「まあまあ、そういきり立つな、虎野郎。俺はお前を倒しにきた訳じゃない。話し合いにきたんだ」
「なんだとぉ!?」
煽っておいて「話し合いをしたい」とは、ずいぶん肝のすわった勇者野郎である。
目を血走らせて、もはや爆発寸前のタイガ将軍に、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべるタイシ。
彼はさらりと自分の要求をつきつけた。
「すぐ近くの街の住民が、おたくの子分どもに襲われてるらしいんだわ。だから辞めさせてくれ。できなければ子分を引き連れてここから退去してくれないか?」
「はあ!? 貴様……。俺様とお前のレベルに違いがあるのを知っていて、そのようなたわ言を口にするか!?」
タイガ将軍が怒りを通り越して呆れた声をあげる。
しかし勇者タイシはいたって真面目のようだ。
「確かにレベルは違う。しかしお前と俺では1字しか違わないじゃないか! だから俺はお前とは話が通じると思ってるんだ! ここは互いのため、穏便にすまそうじゃないか!」
確かに『タイガ』と『タイシ』では一字しか異ならないので、非常に紛らわしい。
たまには読み手に優しくして欲しいものである。
「ガハハハ! ぬかせ勇者! これは俺様への宣戦布告ととらえるぞ!」
「あちゃー。これだから脳みそが筋肉でできてる奴は困る」
タイシがおでこをぺちっと叩きながら嘆くと、背後にいたダニエルが大笑いした。
「ははは! タイシ! 脳みそが筋肉でできてたら、何も考えられないじゃないか! ははは! そんなバカいたら教えて欲しいわ!」
お前のことだ、ダニエル。
小馬鹿にされて怒り心頭のタイガ将軍はついに一歩タイシに向かって踏み出した。
「もう許さん!! 貴様をぶっ殺す!」
「待て! 将軍!! よく考えてみろ! 人間の方から魔物にちょっかいを出したことはあるのか!?」
「なにぃ!?」
「人間は魔物を恐れている! だから人間から魔物に危害を加えたことなどないはずだ! では、なぜお前らは人間に危害を加えてくるのだ!? 情にあついお前なら、その行為が非道なものだと分かるはずだ! 違うか!?」
タイシの言葉に、タイガ将軍の足がピタリと止まった。
タイシはさらに続けた。
「俺は人間の生活を脅かす者は敵として討たねばならない。勇者だからな! だが、人間と共に生きていこうとする者に危害を加えるつもりはない! むしろ施しを与えるつもりだ!」
勇者の言葉にスカートの中のアカネは、目を大きくしていた。
――人間と共に生きていこうとする者に危害を加えるつもりはない! むしろ施しを与えるつもりだ!
この言葉が頭の中で何度も繰り返されていたからである。
しかし彼女が考えごとをしている間も、状況はますます悪くなっていったのだった。
「人間の持つ全てを奪え、というのが魔王様のご命令だ。俺の部下どもは、その命令に忠実なだけだ。悪いが、これで交渉は終いだな。勇者よ、ここで潔く一戦交えようではないか」
「ふふ、お前は絶対に俺には勝てない。それでもやるつもりか?」
「はんっ! たわ言を申すな! もうよい! 行くぞ!!」
タイガ将軍がタイシに向かって駆け出した。
その音はスカートの中にいるアカネの耳にもしっかりと入ってきた。
――ダメ! このままじゃタイシは絶対にかなわない!
なぜか焦っている自分がいる。
しかしそのことを疑問に思えるほどの余裕が、彼女にはなかったのである。
「うおおおおっ! 死ねぇぇぇ!!」
ついにタイガ将軍が大きく剣を振りかぶった。
その気迫がアカネにも伝わってきた。
「きゃあああ! やめてー!!」
暗がりの中で、思わず叫ぶアカネ。
……と、その次の瞬間だった――
バッ!
という音とともに、急に視界が開けてきたのである。
そして目に飛び込んできたのは……。
タイガ将軍であった。
「な、なに!?」
タイガ将軍は突然目の前に現れた『仲間』に対して目を丸くした。
「えっ!? なに? どうしたの!?」
状況がまったく掴めないアカネ。
周囲をキョロキョロとしていると、次に目に入ったのは、床に落ちていた巨大なスカートとパニエだったのだ。
「もしかして……。スカートを脱いだの!?」
「あははは!! その通りだ!! 仲間を絶対に傷つけさせないタイガ将軍よ! お前の手で、このスライムを傷つけられるかな!? あははは!!」
高笑いするタイシは、お尻をズンとタイガ将軍に突き出した。
まるで「やれるものなら、やってみろ」と言わんばかりに……。
「ぐぬぬっ! 汚いぞ! 勇者!!」
「そうよ! タイシ! 卑怯だと思わないの!?」
タイガ将軍とアカネが一斉にタイシを非難する。
しかしタイシはあっさりと言い返した。
「あはは! これはおかしなことを言う!」
「なんだと!?」
「では聞こう、タイガ将軍よ! 武器も持たず、危害を加えるつもりもない人間を容赦なく襲いかかるお前たちは卑怯ではないと言うのか!?」
「な、なに……!?」
「自分の都合が悪い時だけ、相手を非難するのはずいぶんと虫が良すぎる!」
「くっ……!」
悔しそうに歯ぎしりをするタイガ将軍。
タイシはお尻を彼に突き出したまま、仲間たちに号令をかけたのだった。
「タイガ将軍はひるんでいる! 今だ! 一斉に攻撃をするんだ!!」
リリアン、ダニエル、ソフィアの三人は一度目を見合わせたが、小さくうなずきあうと、勇者の号令に従った。
すぐさま反撃に出ようとするタイガ将軍であったが、剣を振りかぶるたびに、勇者が目の前にズンとお尻を突き出してくるのだ。
「汚い! 汚すぎるぞ、勇者!!」
「うるせえ! 人のケツを見て汚いを連呼するな! 俺のお尻はラベンダーの香りがするんだからな!!」
自慢の攻撃を完全に封じられたタイガ将軍は、もはやなすすべがなかった。
リリアンの炎の魔法の直撃をくらい、ソフィアの魔法で強化されたダニエルのハンマーによる会心の一撃が脳天に振り下ろされると、ついに膝をついた。
「ぐおおおお!!」
「タイガ将軍! 大丈夫ですか!?」
アカネの悲痛な声がこだます。
しかしその直後には、視界が真っ暗闇に変わった。
そう、勇者が再びスカートを履いたのである。
「ちょっと! 何するのよ!!」
アカネがタイシに文句をつける。
するとタイシは低い声で答えたのだった。
「これ以上は見るな」
その言葉の意味をアカネは瞬時に理解した。
「待って! 話せば……。話し合いをすればきっと分かり合えるはずよ!! だから止めをさすのだけはやめて! お願い!」
しかし……。
「言ったはずだ。俺は穏便にすませたかった、と。それを拒んだのはタイガ将軍だったんだ。男に二言はねえ、そうだろ? タイガ将軍」
「ああ……。やれ。そうすれば俺の配下の者たちの『暴走』も止まる」
「暴走……。将軍、もしかして……」
アカネがつぶやくと、タイシが彼の言葉の続きを継いだのだった。
「やはりそうか。もうタイガ将軍では止められなかったんだな。子分の魔物たちが勝手に人間を襲うのを。そして将軍が死ねば、子分たちは勇者である俺を恐れて、人間たちから手をひくはず」
「ふふふ……。そのとおりだ、勇者」
「そんな……。なぜ? なぜ将軍では止められなかったのですか!? 彼らの『暴走』を!」
「言わせるな、スライムよ。それを俺様が口にできる立場ではない」
タイガ将軍の言葉には、何者かを畏れている様子がありありと伝わってきた。
その『何者か』とは、言うまでもない。
魔王である。
つまり彼の配下の『暴走』は、魔王の影響力が彼の統制をはるかに超えてしまったことを意味していたのである。
――もし、自分も魔王様の影響力が強まったなら、どうなってしまうのだろう……?
そんな疑問を抱いているうちに、スカートの外から「ずんっ」という鈍い音が響いてきた。
それはタイシによる止めがさされた瞬間であった――
「将軍……。さようなら……」
こうして勇者タイシによる『西の塔』攻略は成功に終わった。
この後すぐに、『西の塔』周辺からは魔物の姿が見えなくなり、街の住民たちの安全は確保された。
そしてまたたく間に、勇者の名声は街はおろか国中に広がっていったのだった――




