西の塔のタイガ将軍 ①
「ど、どう? 似合うかしら?」
茶目っけたっぷりに流し目で問いかけたのは、タイシだ。
彼は新調したばかりの巨大なスカートをはくと、そのすそをちょんとつまんでポーズをとった。
「おう! ばっちりだぜ!」
「はい! とてもお似合いです! タイシさん!」
「うげえ……。キモい」
リリアンよ。素直でよろしい。他の二人の目が腐っているだけで、リリアンだけは正常なのである。
しかしタイシは気に食わなかったようだ。
「おいっ! 最後! なんだ!? そのふぬけた声は!?」
彼は腰に手を当てて、様々なポーズを繰り返す。
「ほらぁ、可愛いでしょう? 正直に言いなさーい」
どうやらフリフリ付きのロリータ色全開なスカートをはいたことで、タイシの中で何かが目覚めてしまったようだ。しかし、そんな彼に冷水を浴びせるような人物がやって来たのだった。
「た、大変じゃあ!」
転がるように部屋に飛び込んできたのは、この街を治める町長のゲーグという老人だった。
「町長か!? どうした?」
タイシはくわっと目を見開いてゲーグに詰め寄った。
しかしゲーグはタイシのスカート姿を見て、ドン引きした。
「すまん。部屋を間違えたようじゃ」
用事も言わずにこっそりと出ていこうとするゲーグ。
「町長よ。何も間違っちゃいないぞ。それにこの姿を見て、素直に帰れると思うなよ」
このシーンだけを切り取れば、スカートをはいた変態男の悪魔にしか見えない。
だが、タイシはれっきとした勇者なのである。
彼はゲーグの首根っこをつかまえ、強引に部屋の中へと引き戻したのだった。
………
……
「なるほどね。ついに街の郊外まで奴の一味が脅かすようになってきたってわけね」
ゲーグから話を聞かされた後、そうつぶやいたのはリリアンだった。
その話とはこうだ。
『西の塔』を拠点としている魔物の手下たちが、街の付近の人間を襲うようになったのは数年前からのことだ。
最初は、たまたま『西の塔』の真横を通った商人たちばかりが襲われていた。
しかし徐々に人間を襲う範囲が広がっていくと、ついにこの街の郊外で畑を耕している住民たちまでもが、犠牲になってしまったというのだ。
「このままでは、この街が襲われるのも時間の問題ですじゃ」
「タイシ、どうするの?」
リリアンがタイシの顔を覗き込む。
タイシは「ふん!」と鼻を鳴らすと、さらりと答えた。
「聞くまでもないだろ! 今すぐに『西の塔』へ向かうぞ!」
彼は以前置き忘れた鍵を今度はしっかりと懐にいれると、早くも部屋を出て行こうと足を踏み出した。
「お待ちくだされ! 『西の塔』の主は手ごわい! 今の勇者様のレベルではかないますまい!」
「それがどうした! どんな困難も俺は乗り越えてみせる!」
大きなリボンがついたスカートをひらひらと揺らしながら、タイシは宿の外へと消えていったのだった。
彼の背中を見つめながら、ゲーグはつぶやいた。
「元からちょっと変なお方だとは思っておったが、ますますおかしくなったわい。勇者様の考えておられることは、普通の人には理解がおよばんのかもしれぬのう……」
タイシ、ダニエルそしてソフィアよ。これが普通の反応である。
………
……
『西の塔』の主はタイガ将軍。その名の通り、虎の姿をした魔物である。
勇者タイシのレベルが20に対して、タイガ将軍のレベルは30。
勇者の攻撃がまったく通らない訳ではないだろうが、タイガ将軍の圧倒的な攻撃力を考えれば、先に力尽きるのは勇者であるのは目に見えている。だが「仲間で力を合わせれれば不可能などない!」というタイシの強い意志によって、本当は昨日挑みかかるはずだったのだ。
タイシが鍵を忘れさえしなけれれば……。
「情にあつく、仲間を絶対に傷つけさせないタイガ将軍が負けるはずないわ!」
タイシのスカートの中からアカネの声が聞こえてくる。
「うるせえ! お前はどっちの味方なんだよ!」
「私はスライムだからタイガ将軍を応援するに決まってるでしょ!」
「この裏切り者め!」
――スコーン!
タイシの言葉とともに、リリアンが彼の後頭部を叩いた。
「いってえな! 何するんだよ!」
「あんたねえ、いい加減にしなさいよ! アカネちゃんにはアカネちゃんの立場ってもんがあるの! これ以上、彼女を追い詰めるようなこと言ったら、ただじゃおかないからね!」
「ふふふ、リリアンの言う通りです。タイシさん、お気持ちは分かりますが、アカネちゃんのことをいじめてはいけませんよ」
「そうだ、そうだ! タイシは乙女心をもう少し理解した方がいいぞ。そんなんだからいつも酒場のお姉ちゃんに逃げられるんだ」
「ちぇっ……。なんだよ、みんなして。俺だって、冗談で言ったつもりだったんだよ!」
「ふーん、とても冗談には聞こえなかったけどぉ。……ということで、ごめんね、アカネちゃん!」
アカネは彼らの言葉に戸惑っていた。
彼らは人間、対する自分は魔物。決して相容れぬ関係であることは、もう変わらない。
でも彼らはそれを受け入れた上で、アカネの立場を尊重しようとしてくれている。
では自分はどうか?
アカネは答えを出す自信がなかった。
早くこの状況から脱したい。その気持ちはこの先も変わらないだろう。
しかし脱した後はどうなるのか。
敵として対峙するのか、その場から逃げだすのか。
それとも……。
ぐるぐると頭の中がかき回されるのが気持ち悪くて、彼女は目をつむって何も考えないように努めていたのだった。
その一方。タイシは誰にも聞こえないような小声でつぶやいていた。
「そうか……。タイガ将軍は情にあつく、仲間を絶対に傷付けさせないのか……。くくく。これは良いことを聞いたぞ」
その横顔は正義の勇者というよりは、よこしまな悪魔というのがぴったりなほどに歪んでいたのだった――




