スライムとおっぱいの関係性を紐解く実証実験
◇◇
トイレの課題をクリアした勇者タイシだったが、あまりの激痛にしばらく気を失っていた。
そして彼が目を覚ました頃には、辺りはすっかり暗くなっていたのだった。
「なんで起こしてくれなかったんだよ!! ひどいじゃないか!!」
タイシは机の上に置かれていたメモを片手に、怒りに震えている。
そこには汚い字でこう書かれていた。
――タイシは気持ち良さそうに寝てるから三人で外行って夕飯を食べてくるわ。リリアンの提案で郊外の高級レストランなんか行かないし、絶品料理なんか頼まないし、『100年に一度の当たり年と言われた昨年を上回る出来』と絶賛された今年のワインなんか絶対に飲まない。帰りに安い弁当買って帰るから、それまでお腹空かせて待っててくれよな! ダニエル
実に分かりやすい煽り文句である。もちろんダニエル本人にその自覚はないだろう。なぜなら彼の脳みそは筋肉でできているからだ。
「あいつらぁぁぁ! もう仲間にしてくれって言われても、いれてやんねえからな!」
それはリリアンたちのセリフである。
怒りに身を任せて地団駄を踏んでいるタイシに、アカネがため息まじりで言った。
「どうせタイシはこのままじゃ外に出られないんだし、仕方ないでしょ」
「それにしてもひどい扱いだと思わないか!? 俺を置いて高級レストランに行ってしまうなんて」
「だってリリアンさん、すごく怒ってたもん」
「なんでだよ?」
「もう……。口にするのも恥ずかしいけど、あんた寝言言ってたのよ。『バニーちゃんのおっぱい、柔らかいなぁ』って」
「ふんっ! 事実を言って何が悪いんだ! 自分にはないからって醜い嫉妬しやがって」
気を失いながらもゲスっぷりを発揮するあたり、やはりただ者ではない。
話がひと段落したところでしばらく静寂が流れたが、それを破ったのはアカネだった。
彼女は言いづらそうに、おどおどしながら問いかけた。
「と、ところで、ちょっと気になったんだけど。『おっぱい』ってどんな感じなの?」
「うん? どういう意味だ?」
「だ、だって、私たちスライムにはないでしょ。だからちょっと気になって……」
「ははーん、そういうことか。年頃の乙女もエロには興味しんしんってことだな」
「違うわよ! 変態! もういい!」
ぷいっとそっぽを向くアカネ。
するとタイシは遠くを見つめながら、ダンディな声で言った。
「そうだな。おっぱいは男のロマンさ」
「男のロマン?」
「そう、夢がつまってんだよ。あの柔らかいものの中には」
「どれくらい柔らかいの?」
「どれくらいって言われてもなぁ……」
しばらく考え込むタイシ。
最近触ったもので、似たような感触がなかったか、記憶をたどっていたのだ。
……と、一つの記憶に行き着いたようだ。
彼はポンと手を叩くと、爽やかな声で答えたのだった。
「スライム! スライムの感触にそっくりだよ!」
「……」
「なんだよ? そのあからさまにドン引きした目は」
「……話しかけないで。変態勇者と話しているって世間に知られたら、私お嫁に行けなくなっちゃうもん」
「はあ? 何でそうなるんだよ!?」
意味が分からないとばかりに眉をひそめるタイシ。
「急にどうしたんだよ? 熱でもあるのか?」
と、アカネのひたい部分に手を伸ばそうとした。
「きゃあああ!! やめて!! 変態! 私に触らないでよ!!」
「だから急にどうしたんだよ!?」
「どうせ私のことを『おっぱい』だと思って、触るつもりなんでしょ! そんなの絶対に許さないんだから!」
「はあぁぁぁ!? お前、冗談にもほどがあるだろ! どう間違ったら、スライムとおっぱいが一緒になるんだよ!」
「やめて! 近寄らないで! 変態!」
「近寄らないで、って、お前が勝手に俺のお尻に突き刺さってんだろ! 離れたかったら、今すぐにでも離れてみやがれ!」
「ふんっ! ちょっとでも変なことしたら、舌噛んで死んでやるんだから!」
「勝手にしやがれ! そんなことする勇気もないくせに!」
「あーっ! 言ったわね! いいわ、私だって由緒正しき『鬼スライム』の一族! 一族の誇りにかけて、自分の言ったことくらい、きちんと守るんだから!」
そんな言い合いをしている最中のことだった。
――ぐうぅぅぅぅ……。
と、アカネのお腹が可愛らしい音を立てたのは……。
口げんかをぴたりとやめて、互いに目を合わせるタイシとアカネ。
ピンク色のアカネの体が、みるみるうちに真っ赤に染まっていった。
「お前……。もしかしてお腹空いてるのか?」
タイシの問いかけに、しばらくもじもじしていたアカネだったが、観念したようにコクリとうなずく。
「はあ……。そういうことは、はっきりと言えよな。俺とお前の仲じゃねえか」
ちなみに言っておくと、『お尻に突き刺さった方と、突き刺された方』、それだけの仲である。
「だって、恥ずかしいじゃない……」
アカネが消え入りそうな声をあげた。
「まったく、どうして女ってのは、強情な奴が多いのかねぇ。んで、お前は何を食べて暮らしているんだ?」
「水……」
「水? 水ならそこにあるじゃないか」
タイシが向けた視線の先には、テーブルに置かれた瓶がある。その中には、綺麗な水がたたえられていた。
しかしアカネはぶるぶると体を横に振った。
「魔力が入った水じゃなきゃダメなの」
「魔力が入った水? そんなの聞いたことねえぞ。どこで流れてるんだよ?」
「スライムの里にある泉。でも、人間を入れたら絶対にダメって掟よ」
それはそうだろう。仮に人間が入ってきて、その泉を破壊したり、水に毒を入れたりしたら、スライムたちは一網打尽にされてしまうのだから。
アカネがそれを口にしなくても、数々の魔物と戦ってきたタイシにはよく分かっていた。
「でも、何も食べなかったら、お前は飢え死にしちまうじゃねえか。どうするつもりなんだよ?」
「……それは仕方ないわ。こうなったのも私の運命なんだもの」
悲壮な覚悟を口にしたアカネ。
だが常に欲求に素直なタイシには彼女の気持ちがまったく理解できないようだ。
彼は黙ってテーブルのそばまでやってくると、水の入った瓶を掴んで、力を込め始めた。
「何やってるの?」
「リリアンほどじゃねえが、俺にだって魔力が少しはあるんだよ」
「え……?」
タイシの手がほのかな光に包まれる。そしてその光は瓶の中に水に伝わり、水自体が光を帯びてきた。
タイシはそれを近くの皿に注ぐと、くるりとテーブルに背を向けた。
「これでいいのか?」
「あ、うん。でも、いいの?」
「野暮なこと聞くな! お尻で餓死されたら悪夢にうなされそうだからな。それにお前を脅してまでして、スライムの里の場所をつきとめようとも思っちゃいねえよ。いいから、早く飲め」
アカネは、体をひねってお皿に口を近付けた。
ぐびっ。
アカネが水に口をつけた音が、静かな部屋にこだます。
「にがい……」
「仕方ねえだろ! 水に魔力で味付けするなんて、初めてなんだから」
でも、すごく美味しい。
アカネはそれを口に出すことはなかった。
なぜならタイシを困らせてしまうと思ったからだ。
窓の外からは大きな月がのぞいている。
ふと柔らかな風が吹き抜けていった。
アカネはその風を感じると、この日で初めて幸せな心地良さを覚えた。
するとどうだろう……。
この先どうにかやっていけそうな気持ちがわいてくるではないか。
彼女はとまどいをおぼえながらも、お皿にそそがれた水を小さな舌でちろちろと舐め続けていたのだった。
……が、その時だった。
ぷにっ。
と、アカネの体をタイシがつついてきたのである。
「うん、やっぱり『おっぱい』にそっくりだ」
アカネの体がみるみるうちに赤く染まっていく。
だがそんなことなど気にもとめず、タイシは「ぷに、ぷに」と彼女の体をつつき続けていた。
「この柔らかさと弾力。若いバニーちゃんと一緒じゃねえか。へへへ」
「きゃあああああ!!」
アカネが絶叫をあげたのと同時に、角がわずかに大きくなった。
彼女の名誉のために言っておくが、それは性的興奮によるものではない。あまりの激怒によるものだ。
むにゅっ!
「ぐわああああ!! てめえ! 俺のお尻の穴をぶっ壊す気か!? 血が出ちゃうだろ!」
「うるさい!! この変態!!」
「減るものじゃねえし、ちょっとくらいいいじゃねえか!!」
実に分かりやすいゲスな発言である。
「この罰当たりめ! ろくな死に方しないわよ!」
「こんなことくらいで罰なんて当たるか!」
素晴らしいぞ、勇者タイシ。見事にフラグを立てたではないか。
バンッ!!
大きな音とともに部屋のドアが開けられる。
その方を見た瞬間に、タイシの顔が青ざめた。
「げっ! リリアン!」
どうやら外までアカネとタイシの声は響いていたらしい。
すでに彼女の全身は、嚇怒の炎に包まれていた。
「違う! 違うんだ、これは! 俺は実験をしていただけだ! スライムとおっぱいの関係性について! お前も気になるだろ? なっ?」
「死んで詫びなさい。このド変態勇者め!」
――ズガアアアアン!
「ぎゃあああああ!」
………
……
こうして勇者タイシとスライムアカネの課題は、また一つ解決された。
でも二人にはまだまだ多くの困難が待ち受けている。
果たして二人はそれらを乗り越えることができるのだろうか――




