乗り越えろ! ウンのビックウェーブ!
アカネは、勇者のお尻に突き刺さったまま、魔王討伐の旅に同行すると決めた。この先の冒険は危険が伴う。そこで、彼女について街までやって来た4体のスライムたちとは、ここでお別れすることになった。
「じゃあね! アカネ! 頑張ってね! きっと魔王様が助けてくれるから!」
「変態勇者に何かされたら魔王様にちくらなきゃだめよ!」
「魔王様によろぴくー!」
「おばあちゃんが言ってたわ! 『魔王様ほど頼りになる御方はいない』って! だから頑張って!」
勇者の前にも関わらず、魔王に対する絶対の信頼を口にする彼女たち。
タイシは今にも腰に差した剣を抜こうと、体をぷるぷると震わせていた。
しかし「お別れのシーンに口出しちゃダメよ」と、ソフィアが甘い声でささやいてくる。耳元に彼女の息を感じるたびに、色々なところを固くしながら、どうにかこらえていたのだった。
仲間の温かい言葉に涙していたアカネは、最後に力強く締めくくった。
「私、頑張る! みんなも気をつけてね! くれぐれも変な人間に近付いたらダメよ!」
彼女が言うと、実に重みのある言葉である。
こうして4体のスライムたちは、元いた平原へと帰っていったのだった。
彼女たちの姿が見えなくなったところで、タイシはアカネにたずねた。
「俺と魔王が決戦する時までこのままだったら、お前はどうするつもりなんだ?」
これまでにない真剣な口調だ。
アカネは一瞬だけ考え込んだ。
そして彼女もまた真剣な口調で答えたのだった。
「その時は、舌を噛んででも自分の命を絶つつもりよ」
「つまり自爆して、俺に大きなダメージを与えるつもりってことだな」
「ええ。私たちスライムは魔王様に忠誠を誓ってるから、自分の命を投げ出すくらいなんでもないわ」
「そうか……。ならそうなる前にお前を何としても引き抜かなきゃいけないな」
彼らの間に、どことなく気まずい空気が流れる。
今さらながら、彼らは自分たちの関係が「人間と魔物」という、決して相容れぬ間柄であることに気付いたのだった。
………
……
「さてと。じゃあ、これからのことを決めなくちゃならないわね」
スライムたちがいなくなったところで、リリアンは仕切り直しとばかりに声を張り上げた。
「まずはどうにかしてアカネちゃんを『隠す』必要があるわね」
「隠す? こいつは俺のお尻にひっついてるんだぜ? 隠せる場所なんかないだろ」
「でもその姿のまま街を歩いたら、それこそ笑い者だわ。何とかしなくちゃ」
「笑いたい奴には笑わせておけばいいじゃんか」
つい先ほどまで必死になって仲間に隠そうとしていたお前が言うな。
「はあ……。もう、話にならない」
リリアンが首を横に振ると、ダニエルがのほほんとした調子で続けた。
「確かに、ただでさえタイシは『チャラくてうざい勇者』で有名だからなぁ。その上、お尻にスライムが突き刺さったままのダサイ勇者となったら大変だもんなぁ」
この脳筋、実に辛辣である。しかも本人に自覚がないあたり、余計にたちが悪い。
きっとタイシは怒り狂うに違いない、アカネは彼のお尻でハラハラしていた。
だがそれはまったくの杞憂であった。
「ははは! アンチが多いのもアイドル勇者の宿命さ。だから世間が何と言おうとも俺は気にしない! それよりも、俺はありのままの俺を人々に見て欲しいんだ!」
どこまでもおめでたい頭を持つ勇者にとって、悪名ですら順風に感じるらしい。
「あんたが良くても、私たちが嫌なの! 『チャラくてうざい、その上ダサい勇者』の仲間だと思われるだけでゾッとするわ」
「そんなの俺には関係ない!」
きっぱりと言い切るタイシ。
しかし……。
「それに酒場の綺麗な姉ちゃんたちにも笑われちゃうぞー」
「なにっ! それはマズイ!」
と、ひたいに汗を浮かべながら顔を歪めた。
彼は打ち捨てられた仔猫のような目をリリアンに向けた。
「助けてよぉ。リリアーン」
「知らない! ありのままのあんたを綺麗なお姉さんとやらに見てもらえばいいじゃない! ふんっ!」
リリアンは、分かりやすい反応でへそを曲げる。
タイシはおいおいと情けない泣き声で、なおも彼女にすがっていた。
……と、そんな彼に優しく手を差しのべたのはソフィアだった。
「分かったわ。みんなでタイシさんを助けてあげましょう」
「おお! ソフィアはやっぱり女神様だ!」
ころりと表情を変えてソフィアにしがみつくタイシ。さりげなく彼女の豊満なおっぱいに顔をうずめているあたり、やはりクズの極みである。
「だから、いつもソフィアが甘い顔するから、このクズはつけ上がるのよ! この男の頭の中はエロしかないに決まってるんだから!」
ぴーんぽーん。正解である。
「ふふふ。大丈夫ですよ。もし本当にタイシさんの頭の中が卑猥なことばかりなら、とてつもない天罰がくだるでしょうから」
ソフィアという女は、さりげなくフラグを立てる名手だ。
タイシははっとなって彼女の胸から顔を離すと、恐る恐る問いかけた。
「ち、ちなみにどんな天罰なんだ?」
「そうねぇ……。『ウンが出せない』とかじゃないかしら」
「運が出せない? どういうことだ?」
「出せないウンは消すしかない。でも、それを消すにはすさまじい苦痛を伴うもの。と幼い頃に神父様から聞いたことがあるわ」
「なんか怖いな……」
急に寒気が襲ってきたのか、タイシはぶるっと身震いをする。
しかし彼は気付いていなかったのだ。
『ウン』とは『運』ではないということを――
背筋が凍ったはずみで、もよおしてしまったのか、
「俺ちょっとトイレ行ってくるわ」
タイシはそう言って、部屋の外にあるトイレの方へ足を向けた。
その瞬間だった……。
「ダメェェェ!」
と、アカネが金切り声をあげたのだ。
「な、なんだよ!? びっくりさせるなよ。ちびったらどうしてくれるんだ!?」
タイシが顔をお尻に向けると、アカネは真っ赤になって答えた。
「ト、トイレって用を足すところなんでしょ!? そんなところ、私行きたくない!」
「行きたくないって! お前……。もしかして俺のアレを見るのが恥ずかしいのか? だったら天井を見てればいいじゃねえか」
「バカ!! そういう問題じゃないでしょ! 男の人間と毎日トイレに行ってるって知られたら、私お嫁にいけなくなっちゃうじゃない!」
「待て、待て! お前の嫁行きと、俺のトイレのどっちが大切か、なんてちょっと考えれば分かることだろ! いい歳してわがままは許さないからな!」
勇者タイシよ。わがまま言い放題のお前にそれを言う資格はない。
「ところでタイシ。『小』はいいとしても、『大』はどうするつもりなんだ?」
ダニエルの何気ない一言に場が凍りついた。
『ウンが出せない』――
まさかそういう意味だったのかぁぁぁ!
と、リリアンは口にしたくてもできなかったのは、彼女が花も恥じらう乙女だからだ。
だがデリカシーのかけらもないタイシは頭を抱えて叫びだした。
「Noooooo!! オー・マイ・ガー!! どうしてくれるんだよ! ウンが出せねえじゃねえか!!」
彼を落ち着かせようと、ダニエルがのんびりとした声を出す。
「タイシ、待ってくれ。まだ時間はある。じっくり考えよう」
「そ、そうだな。『ウンのビックウェーブ』がくるまで、まだ時間はあるはずだ」
しかし、意識を向けてしまうと人間は弱いものである。
――グルルッ……。
と、勇者のお腹から不気味な音が聞こえてきた。
「あれ? なぜかお腹が痛くなってきたかもしれない……。いたたたっ! やべえ……きた」
「きゃああああ! ダメエエエエエ!!」
――グルルッ……。
悪夢を想像して失神寸前のアカネ。
急にお腹を抑え、苦しい表情を浮かべるタイシ。
そう……。タイシのお尻にきてしまったのだ。
ウンのビックウェーーーーブ。
きたああああああああ。いえーい。
窮地に陥った二人を目の前にして、仲間たちが焦り始めた。
「ちょっと、ちょっと! タイシ! 我慢よ! あんたならできる!」
「タイシさん。ここが踏ん張りどころです」
「ふ、踏ん張ったら……出ちゃう。いや、出せないのか。くっそー! 洒落になんねえ!」
――ギュルルルルッ!
先ほどよりも明らかに大きな音がタイシの腹からこだましてきた。
「ぬおおおおおっ! ウンだけにグッド・ラックをぉぉぉ!!」
つまらない冗談を言ってる場合か。
「タイシ! いい名案がある! よく聞いてくれ!」
ダニエルがタイシの両肩を掴んで真剣な面持ちになる。
タイシはわらをも掴む思いで、ダニエルと視線を合わせた。
しかし思い出して欲しい。
ダニエルは脳みそも筋肉でできているということを――
「いいか、タイシ! 知っていると思うけど、人間には『二つの口』がある! そうだ! 上と下の口だ!」
「……」
「下の口から出せないなら、上の口から出せばいいじゃないか!! がはは! 我ながら名案だ!」
「……もういいから離れてくれ。筋肉が近くにいると、暑苦しくてかなわねえ」
あっさりと拒絶されて、しょんぼりする脳筋ダニエル。
しかし彼のことを相手できないほどに、状況はひっ迫していた。
――ギュルルルルッ!
ついにタイシの顔が赤から青に変わる。
「も……もうダメだ……。ふふふ……。魔王には負けなかったが、ウンに負けた勇者って汚名も……悪くないな……」
「悪いに決まってるでしょ!! ダメよ! 絶対にダメ! あなたが汚れるのは『名』だけかもしれないけど、私は全身が汚れることになるんだからね! あんたの不浄な汚物で!!」
そうアカネが叫んだ時だった。
「不浄なもの……。そうね! 不浄な存在よね!」
ソフィアがぱっと顔を明るくして、タイシのそばへ駆け寄ってきたのだ。
「ど、どうしたんだ?」
急に間近にやってきたソフィアにタイシが目を丸くしていると、ソフィアは何のためらいもなく、彼の下半身を鷲掴みにした。
――むずっ!
「あっ……。そ、ソフィア。ダメだ! みんながいる前でそんなことは……。こういうのは暗いところで、二人きりになってやるもんだ」
「大丈夫よ、タイシさん。初めては痛いかもしれないけど我慢してね」
「それは俺のセリフ……。ぐわああああああ!!」
タイシは言葉の途中から急に絶叫を上げ始めた。
ふと視線を彼の下半身に移せば、ソフィアの手から柔らかな光が発せられている。
そして彼女は鋭い声をあげた。
「不浄なる存在よ。この世から消えなさい!」
それはアンデッドの魔物など、この世で『不浄』とされている相手に対して有効な光の攻撃魔法。
つまりソフィアは、タイシのウンを『不浄』なものと考えて、魔法で攻撃したのである。
タイシの下半身に焼かれたような激痛が走る。
「ぎえええええ!!」
まるで悪魔の断末魔のような叫び声にも、ソフィアは全く気に留めない。
彼女はつかんだ手にありったけの力を込めた。
――むずっ!! ぶちっ……。
何かがつぶれた音がかすかにこだます。
しかしその音をかき消すほどの大声で、ソフィアが最後の気合いをいれた。
「せいっ!!」
「ぐはあ……」
尻の中とアレの二箇所の激痛に、もはや失神寸前のタイシ。
一方のソフィアは魔法を終えて、ゆっくりと手を離す。
ぐったりとうなだれたタイシをダニエルが抱きかかえた。
そうしてソフィアは静かに告げたのだった。
「これでもう大丈夫でしょう」
直後、アカネとリリアンから歓声があがった。
「やったあああ! ありがとうございます! ありがとうございます!」
「すごいわ、ソフィア! これでウン問題は解決ね!!」
「ふふふ。これも神の御加護のおかげでしょう」
ワイワイと喜ぶ女子三人。
そんな彼女たちを尻目に、タイシは薄れゆく意識の中でこうつぶやいたのだった。
「俺のアソコ……。つぶれちまったぜ」
と――
なにはともあれ、勇者とスライムは課題を一つクリアした。
だが彼らにはまだまだ課題は山積みだ。
果たして全てをクリアする日は訪れるのだろうか。




