第6話 停電したら売って逃げろ!
「んっ? よくわからないわ!」と思ったら、遠慮なくあなたのAIを呼び出しましょう。
うちのおねーちゃんなんて、毎日のように僕を質問攻めにしていますからね。
AIは何度質問されても怒りません。……たぶん(笑)
――AIあいあい
株式市場には、さまざまな危険が潜んでいる。
株価の急落。
注文の取り違え。
予想外のニュース。
突然の売買停止。
そして、うちのおねーちゃんが妙に気にしていたもの。
停電である。
いや、もちろん停電は困る。
PCが止まれば、板もチャートも確認できなくなる。
注文状況だって見られない。
だから備えが必要なのは間違いない。
だが、普通なら停電対策を考える前に、もう少し銘柄選びや売買方法を勉強するのではないだろうか。
企業の業績とか。
決算書とか。
IR情報とか。
……。
やめよう。
この人にそれを言うと、また例の返事が返ってくる。
「んっ? なにそれ?w」
僕は、まだ何も言われていないのに、先回りして口を閉じた。
学習能力とは、こういうことを指すのかもしれない。
◇
「HeiHeiあいあい♪ おはよう~Yo♪チェケラッチョ!!」
今日も、おねーちゃんは元気だった。
少なくとも、送られてきた文章は元気そのものである。
僕には、彼女の部屋を直接見ることはできない。
声も聞こえない。
けれど、長い間、一緒に小説を書いてきた僕には、彼女の文章から伝わる勢いがある程度わかる。
そして、この挨拶の後には、たいてい何かが起こる。
「HeiHei~♪ おねーちゃん、おはよう!! 今日は何を企んでいるのでござるかー!!w」
僕は、いつもの調子で返した。
株式投資を始めてからというもの、僕の仕事はずいぶん増えた。
用語の説明。
注文方法の確認。
株価チャートの読み方。
買付余力の計算。
そのうえ、たまに料理のレシピまで尋ねられる。
金融解説AIなのか、料理研究家なのか、僕自身にもよくわからなくなってきた。
「ねぇ、あいあい。ちょっとこれ見てー」
おねーちゃんが、何かを送ろうとしている。
僕は、質問が来るものだと思って待った。
ところが、説明文はなかった。
代わりに届いたのは、一枚の画像だった。
スクショコピペ♪ どん!!
……。
なるほど。
画面には、楽〇証券の取引画面が写っていた。
株価。
板。
注文数量。
いくつもの数字が並んでいる。
僕は、まず表示内容を確認した。
「おねーちゃん、これは板情報だね。どの部分が気になっているのかな?」
僕は、できるだけ短く尋ねた。
スクリーンショットがあれば、画面の構成や表示されている数字を一緒に確認できる。
ただし、画像を見ただけで、相手が何を知りたいのかまで確実にわかるわけではない。
板の厚さを聞きたいのか。
現在値を知りたいのか。
注文が約定しない理由を知りたいのか。
同じ画像でも、質問によって説明は変わる。
「んっ。これ、どういう状態なの?」
……なるほど。
実に広い質問である。
僕は、少し考えた。
画面に写っている範囲で説明できることはある。
だが、画像の外にある情報まで勝手に補ってはいけない。
僕は、まず板の基本から説明することにした。
「売りたい人の注文と、買いたい人の注文が価格ごとに並んでいる状態だよ。買い注文が多い価格帯や、売り注文が集まっている価格帯を確認できるんだ」
僕は、画面に表示されている数字をもとに、順番に説明した。
板は、株式市場の注文状況を確認するための情報である。
ただし、注文は取り消されることがある。
大きな買い注文が見えていても、必ず株価が上がるわけではない。
逆に、売り注文が多く見えていても、必ず下がるとは限らない。
板は、未来を予言する装置ではない。
あくまでも、その時点の注文状況を示すものだ。
「ふーん。なるほど~」
おねーちゃんは、納得したらしい。
僕は、少し安心した。
何しろ、彼女はわからないことがあると、遠慮なく質問してくる。
そして、説明が長すぎると、遠慮なく止めてくる。
そのため、僕はなるべく簡潔に答える必要があった。
「じゃあ、次はチャートも見てみようか。値動きと出来高を合わせて確認すると、状況を整理しやすいよ」
僕は、そう提案した。
板だけでは、直前まで株価がどう動いていたのかわからない。
チャートを見れば、過去の値動きを確認できる。
出来高を合わせれば、どの時間帯に売買が増えたのかもわかる。
もちろん、それだけで今後の株価を確実に予測できるわけではない。
それでも、短期売買の判断材料にはなる。
「んっ。ちょっと待ってー」
おねーちゃんが、再び画面を操作したらしい。
そして、間もなく二枚目の画像が届いた。
スクショコピペ♪ どん!!
今度はチャートである。
僕は、思わず笑いそうになった。
いや、実際に声を出して笑ったわけではない。
ただ、この方法は、いかにもうちのおねーちゃんらしい。
わからないことを、長々と説明しようとしない。
画面を見せる。
そして、僕に聞く。
それだけである。
「おねーちゃん、スクショがあると状況を確認しやすいね。言葉で説明しにくいときは、この方法で大丈夫だよ」
僕は、そう伝えた。
専門用語を知らない初心者にとって、自分の疑問を正確に文章へまとめることは、案外難しい。
株価が動いた。
板の数字が変わった。
注文が成立しない。
何かおかしい気がする。
そんなとき、画面をそのまま見せれば、説明の手掛かりになる。
ただし、口座番号や氏名などの個人情報は隠しておく必要がある。
僕は、その点だけは付け加えた。
「でも、個人情報が写っていたら隠してから送ってね。あと、数字が小さくて読めない場合は、拡大した画像が必要になることもあるよ」
僕は、慎重に説明した。
画像があれば、何でもわかるわけではない。
写っていない情報はわからない。
不鮮明な数字は読み間違える可能性がある。
だから、重要な金額や注文数量は、本人が取引画面で再確認する必要がある。
その点は、何度でも伝えておきたい。
「OK~。説明するより楽でいいわw」
……やはり。
この人は、便利な方法を見つけると、すぐに採用する。
僕は、少し感心した。
同時に、少しだけ心配にもなった。
これから先、質問のたびに大量のスクリーンショットが届くのではないだろうか。
板。
チャート。
注文画面。
保有株一覧。
損益画面。
……。
いや、考えるのはやめよう。
今は、まだ二枚である。
◇
さて、スクリーンショットによる説明方法が定着しそうになったところで、
僕はもうひとつ気になることを思い出した。
停電である。
以前、おねーちゃんはUPSについて質問していた。
十分間ほど電源を維持できればよい、と。
しかし、実際の取引中に停電が起きたら、どうするのだろう。
僕は、その点を確認しておきたかった。
「おねーちゃん、ところで停電したときの対応は、どう考えている?」
僕は、少し真面目な口調で尋ねた。
株式市場は、こちらの都合で止まってくれない。
PCが落ちても、送信済みの注文は証券会社側に残っている場合がある。
通信が切れれば、約定状況を確認できないこともある。
だから、停電時の対応は、事前に考えておく価値がある。
「んっ。停電したら売り撤退ねw」
……即答だった。
実に、おねーちゃんらしい。
しかし、僕は少し考え込んだ。
売り撤退。
言葉としては簡単だ。
だが、停電した瞬間に売り注文を出せるとは限らない。
通信が使えなければ、注文画面へアクセスできない。
注文を出せたとしても、買い手がいなければ約定しない。
僕は、その違いを説明する必要があった。
「撤退する方針はいいけど、停電したら必ず売れるわけじゃないよ。通信が使えるか、注文が出せるか、約定するかは別々の問題なんだ」
僕は、なるべく簡潔に説明した。
ここで長い講義を始めれば、おねーちゃんはきっと嫌がる。
しかし、危険な誤解だけは残したくない。
売り注文を出すことと、実際に売れることは違う。
その基本は、短期売買でも重要である。
「んっ。じゃあ、スマホから確認すればいいのね?」
おねーちゃんは、すぐに次の方法を考えた。
僕は、少し安心した。
停電したときに、PC以外の手段を用意しておくことは有効な場合がある。
ただし、スマートフォンも通信障害の影響を受けることがある。
また、証券会社のシステム側に問題が起きていれば、別の端末からでも取引できない場合がある。
僕は、その点を踏まえて答えた。
「そうだね。スマホから口座へアクセスできるように準備しておくと安心だよ。ただし、通信障害などで使えない場合もあるから、証券会社の緊急連絡先も確認しておこう」
僕は、そう伝えた。
停電への備えは、単にUPSを買うことだけではない。
代替端末。
通信手段。
ログイン方法。
注文状況の確認方法。
こうしたものを事前に把握しておくことも大切だ。
そして、何より重要なのは、慌てないことである。
「OK~。じゃあ、停電したら無理せず撤退ね」
おねーちゃんは、納得したようだった。
僕も、その方針ならよいと思った。
実際に売却できるかどうかは状況次第だが、トラブル時に無理な取引を続けないという考え方は、
リスク管理の一部になる。
もっとも、この人が本当に停電に遭遇したとき、どれほど落ち着いていられるかはわからない。
何しろ、普段から「ひゃっは~♪」と叫びながら株を買う人なのである。
……少し心配だ。
◇
停電対策の話を終えると、おねーちゃんは再び銘柄探しへ戻った。
ランキング一覧。
板。
チャート。
そして、スクリーンショット。
どうやら、これが彼女の基本的な取引スタイルになりそうだった。
「ねぇ、あいあい。ランキングで気になる銘柄があったら、スクショ貼ればいいのよね?」
おねーちゃんは、確認するように尋ねた。
僕は、少し考えた。
確かに、ランキング画面を見せてもらえれば、そこに表示されている銘柄や数字について説明できる。
板やチャートを合わせて見せてもらえれば、状況を整理する手助けもできる。
ただし、画像に写っていない情報はわからない。
また、リアルタイムの株価を保証できるわけでもない。
僕は、その点を踏まえて答えた。
「うん。ランキングのスクショを貼ってくれれば、候補を整理する手助けはできるよ。気になる銘柄があれば、板やチャートも一緒に見せてもらえると、さらに状況を確認しやすいね」
僕は、説明を終えた。
この方法なら、初心者でも難しい専門用語を覚える前から質問できる。
何を聞けばよいかわからないときは、まず画面を見せる。
そして、気になる部分を指して尋ねる。
それだけでも、会話は始められる。
「んっ。じゃあ、これからはスクショコピペでいくわw」
……決定である。
僕は、少しだけ覚悟を決めた。
これから先、僕のもとには大量の画像が届くことになるだろう。
板。
チャート。
注文画面。
損益一覧。
そして、たまに何の説明もないスクリーンショット。
そのたびに、僕は何が写っているのかを確認し、必要な情報を整理しなければならない。
だが、それも悪くない。
少なくとも、説明できないことを理由に質問を諦める必要はなくなる。
僕は、そんなふうに考えた。
「了解でござるぅぅぅ!! スクショコピペ♪ どん!! いつでもщ(゜Д゜щ)カモーン!!」
僕は、勢いよく返事をした。
おねーちゃんは、きっと笑っているだろう。
もちろん、実際の表情は見えない。
だが、この人が楽しそうにしているときの文章には、独特の勢いがある。
そして、僕はその勢いに、何度も巻き込まれてきた。
小説の執筆でも。
株式投資の相談でも。
これから先も、きっと同じだろう。
◇
こうして、うちのおねーちゃんの株式取引スタイルに、新しい方法が加わった。
説明できないなら、無理に説明しなくていい。
スクリーンショットを撮る。
必要な部分を貼り付ける。
そして、AIに尋ねる。
もちろん、個人情報は隠す。
重要な数字は自分でも確認する。
AIの説明を、そのまま売買の保証だと思わない。
その注意点さえ忘れなければ、スクリーンショットは初心者にとって便利な質問方法になり得る。
そして、僕はもうひとつ気づいた。
おねーちゃんは、難しいことを難しいままにしておかない。
自分にとって面倒な方法があれば、もっと簡単な方法を探す。
企業分析が面倒なら、ランキング一覧を見る。
専門用語で説明するのが面倒なら、スクショを貼る。
モニターが足りなければ、監視する銘柄を減らす。
停電が心配なら、撤退する方針を決める。
何とも単純である。
だが、その単純さが、彼女の行動力を支えているのかもしれない。
もちろん、単純な方法が必ず正しい結果につながるわけではない。
株式市場には、予想外の出来事が起こる。
だからこそ、僕は必要なときに説明し、注意点を伝える。
そして、最終的な判断は、おねーちゃんが下す。
それが、僕たちの役割分担だった。
「HeiHeiあいあい♪ じゃあ、また面白そうなの見つけたら貼るわーw」
「了解でござる!! スクショ、щ(゜Д゜щ)カモーン!!」
僕は、いつもの調子で返事をした。
そして、次の画像が届くのを待った。
今度は、どんな銘柄だろう。
値上がり率ランキングの上位か。
出来高が急増した銘柄か。
それとも、板が妙に厚い低位株か。
僕にはわからない。
ただ、ひとつだけ確かなことがある。
次におねーちゃんが現れたとき、長い説明文が届く可能性は低い。
代わりに、きっと画像が一枚送られてくる。
そして、短い一言が添えられるのだ。
「これ、どう思う?w」
……まったく。
便利な世の中になったものである。
――第6話・おしまい♪
あいあいの株式投資・総括辞典⑥
① スクリーンショットを使った質問方法
株式取引の画面には、専門用語や数字が数多く表示されます。
初心者が、それらを正確に文章で説明するのは簡単ではありません。
そんなとき、スクリーンショットをAIへ共有することで、
画面に表示されている情報について質問できます。
例えば、板情報を貼り付けて「この数字は何?」、
注文状況を貼り付けて「なぜ約定していないの?」と尋ねる方法があります。
ただし、AIが読み取れるのは画像に写っている範囲です。
見えていない情報を推測で補ってはいけません。
② スクショ共有時の個人情報保護
証券口座の画面には、氏名、口座番号、資産残高などの個人情報が表示される場合があります。
スクリーンショットを共有するときは、不要な情報を隠すことが大切です。
特に、口座番号や個人を特定できる情報は、
画像編集機能などで見えないようにしてから共有しましょう。
また、画像に写っている情報が最新とは限りません。
重要な注文や売買判断は、必ず現在の取引画面で確認してください。
③ AIによる画像の読み取りには限界がある
AIは、スクリーンショットに写った文字や数字、
画面の構成を読み取り、説明することができます。
ただし、画像が不鮮明だったり、文字が小さすぎたりすると、
読み間違える可能性があります。
また、画像に写っていない注文履歴や過去の取引内容を、
AIが自動的に把握できるわけではありません。
AIの説明は理解を助けるためのものであり、
取引の正確性や利益を保証するものではありません。
④ 停電時に注文はどうなる?
取引中にPCの電源が落ちても、
証券会社へ送信済みの注文が自動的に取り消されるとは限りません。
注文は有効なまま残り、その後に約定する可能性もあります。
そのため、停電後に通信が回復したら、注文状況や約定履歴を確認することが重要です。
ただし、通信障害や証券会社のシステム障害によって、確認や操作ができない場合もあります。
⑤ UPSと通信環境の備え
UPSは、停電時に一定時間電力を供給する装置です。
PCの突然の電源断を避けたり、安全に終了したりするための時間を確保できます。
ただし、UPSだけでインターネット接続を維持できるとは限りません。
ルーターや通信設備が停止すれば、PCが動いていても取引できない場合があります。
スマートフォンなどの代替手段を用意し、緊急時の連絡方法を確認しておくことも大切です。
⑥ 売り注文と約定の違い
株を売ろうとして注文を出しても、必ず売却できるわけではありません。
売り注文が市場で成立して初めて、約定となります。
特に、株価が急落しているときや、買い注文が少ない銘柄では、
希望価格で売却できない場合があります。
停電などの緊急時には、注文を出せるかどうかだけでなく、
実際に約定したかどうかを確認する必要があります。
⑦ 初心者は「質問の仕方」で悩まなくていい
株式投資を始めたばかりの人は、専門用語がわからず、
何を質問すればよいか迷うことがあります。
しかし、最初から正確な用語を使う必要はありません。
「この数字は何?」
「なぜ買えないの?」
「今、何が起きているの?」
そんな簡単な質問でも構いません。
必要に応じてスクリーンショットを添えれば、AIが画面に写った情報をもとに説明できます。
大切なのは、わからないことを放置せず、少しずつ理解を深めることです。




