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あまりにも小さく生まれた双子の一人は長生きできないと言われたので大切に育てた  作者: 瀬崎遊


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02. 姉 アビリート

──────────




 アビリートの人生は二歳の誕生日を超えて少し経ったある日、突然変わってしまった。


 唯一私アビリートの傍にいてくれて、愛してくれたリュリュ乳母が突然居なくなってしまったのだ。


 そしてリュリュが居なくなると明るく温かな部屋から、小さな窓が一つしかない陽が当たらなくて狭くてジメジメとした部屋へと移された。


 その部屋に移されてからはアビリートにとって毎日が生死の境をさまようような毎日になった。






 あまりに小さな頃のことで殆どのことを思い出せないけれど、リュリュに愛されていたことは覚えている。


 リュリュに抱きしめられると暖かな気持ちになって、とても嬉しかったことを思い出す。


 今はもう顔すら思い出せないのだけれどその気持が薄れることはない。


 リュリュが母親というものだったのだろうか?


 そう思うことは何度もあったけれど、リュリュは絶対に『ママ』とは呼ばせてくれなかったことも覚えていた。


 だからリュリュは私の母親ではなかったのだと思う。


 リュリュが居なくなって私の周りに人が居なくなった。


 リュリュが居た頃、リュリュが部屋に居ない時には居てくれたカリンダも来てくれなくなった。


 たまに訪れてくるようになったのは使用人という名をもつ沢山の人たちだ。一日に数回ドアの外から食事だったり水だったりを床に置いて扉を閉めるだけの人たち。


 たまにカリンダを見かけることはあったけれど、リュリュだけは一度も見かけたことがない。


 一番苦しくて辛いのは食事が来ないこと。


 それとリュリュがいなくなってからは病気の時に来てくれる二人の男の人が来てくれなくなったことだった。


 病気になって苦しくて辛くても誰も声を掛けてもくれない。


 額に冷たいタオルを置いてくれることも、水を飲ませてくれることすらもなかった。


 アビリートが一日一日をなんとか生き長らえているのは些細な幸運と、病気の時リュリュがしていてくれたことを覚えていて自分でなんとかできたことだったろう。


 








 ある日、アビリートの着る服が無くなった。


 洗濯物を入れる籠の中には服はある。


 けれどその服はどれも匂い立つほどでもう一度袖を通そうと思えるものではなかった。


 仕方なく昨日着ていた服を着て、食事を持ってきてくれた使用人という名の人に「着る服ありません」と言うとあからさまに舌打ちをされて洗濯物を鼻をつまみながら持っていってくれた。


 翌日には洗濯されて綺麗になった服が戻ってくるとホッと息を吐き、いつものように窓の側に置いた椅子に立って窓の外を眺めた。


 アビリートにはそれ以外することがなかったから、ただ毎日窓の外を眺めていた。


 日が昇ると目覚め、今日は食事は届くのだろうかと怯えながら服を着替え、窓の側にある椅子の上に立つ。


 座って見れたらいいのだけれど今はまだ身長が足りなくて椅子の上に立つしかなかった。


 昨日洗濯を頼んだ腹いせなのか今日も朝食は届かないようだ。


 昨日の昼も夜も食事は届かなかった。


「リュリュ。お腹すいたよ」




 昼には何も入っていないスープの上澄みが届いて噛むようにゆっくりと飲んだ。


 前に急いで飲んだ時はお腹の上のあたりが痛くて転げ回ったことがある。


 せっかく飲んだスープは戻してしまうし、酷い目にあったことがあるので慎重にスープを飲み干した。 


 今回はお腹の上のところが痛くならずに済んだ。


 スープだけでは足りずお腹がぐぅ〜と何度も鳴る。


 水もいつ持ってきてもらえるかわからないからガブガブと飲むわけには行かない。






 ドアノブに手が届くようになって扉を開けて部屋から出るとガービン様執事長とマリカ様メイド長に酷く叱られた。


 「エントワお嬢様に病気が移ったらどうするのですか?!」と酷く怒られたのだ。


 ガービン様もマリカ様も私を叩いたりはしなかったけれど、二人が握りしめた手がブルブルと震えていたのを今も忘れられない。


 その次の日からはドアノブを下げても扉は開かなくなった。


 ドアノブは下がるのに扉が開かないのだ。


 仕方ないので私はまた窓の側に置いてある椅子に立って窓の外を眺める。


 今日は暑くもなく寒くもない気持ちの良い日だった。




 奥様母親と旦那様父親と手を繋いで庭を歩くエントワお嬢様が見える。


 こういう日は胸が苦しくなるからベッドに寝転ぶようにしている。


 眠れば空腹も忘れることが出来る。






 扉が開かなくなった数日後、部屋から連れ出され綺麗な部屋で何日か寝起きした。


 私は嬉しくて綺麗な部屋伯爵家の客室を堪能した。


 私が居る部屋の窓から見える景色とは違う景色を心いくまで堪能した。


 食事を忘れられることもなく三度ちゃんとした食事が出た。それが何より嬉しかった。






 そして部屋に戻されると狭い部屋に浴槽とトイレが設えられた。


 使い方を教えられたらそれっきり部屋の扉が開くことは殆どなくなってしまった。


 扉の横に食事を差し入れる配膳口も取り付けられていた為扉が開くことがなくなってしまった。




 私は何をするでもなく陽が昇ると起きて陽が沈むと眠った。


 食事は一日に一回の時もあれば、二回の時もある。たまに届かない日もある。


 水だけは困らなくなった。お腹が空いた時は水をたっぷりと飲む。


 すぐにお腹が空くのは辛いけれど一時でも空腹を忘れられるから私は水を飲んだ。


 いつもお水でお腹がタプタプになるようになった。










 エントワ様の10歳の誕生日の1月17日。


 この日だけは毎年なぜか私も食堂と言われる場所に呼ばれる。


 何十人も座れるほど大きなテーブルの一番遠い席にエントワお嬢様と旦那様と奥様が座っている。


 かすかに聞こえる奥様の声が聞こえてエントワお嬢様を抱きしめている。




 それを見て顔も覚えていないリュリュを思い出す。胸が痛くてすごく苦しい。


「リュリュに会いたいなぁ〜⋯⋯」




 奥様がエントワお嬢様を強く抱きしめて優しい顔で告げる。


「今日まで生きてくれて本当に嬉しいわ。神に感謝します。エントワもありがとう」


 そう言ってエントワ様に二人が口付けている。


 なぜこの日だけこの場所に私が呼ばれるのかその理由は解らない。


 ただ使用人という名の人に座るように言われるので言われた通りにただ座っているだけだ。


 エントワ様と同じ食事が並べられる。そして私にもプレゼントがあるのはなぜなんだろう?


 いつもと全く違う食事を食べろと言われても固形物を食べ慣れていない私にはどの料理も喉を通らない。


 ほんとに小さな頃は目の前の食べ物が嬉しくて食べた。


 部屋に戻ると吐き戻しと胃痙攣が起こり、胃痛と何も出ない下痢に数日苦しむことになった。


 その翌年からは食堂で出された食事には手を付けないようにしている。


 口をつけるとしてもスープの汁だけを飲むだけにしている。




 渡されたプレゼントは部屋に持ち帰ると使用人という名の人たちの誰かが来て持ち去っていく。


 だから旦那様たちからいただいたプレゼントという物の中身は私は知らないままだ。


 私が知っているのはプレゼントとは食堂で渡され部屋で取り上げられるものだということだ。


 プレゼントを取り上げられて向こうの端にいる三人とどういう関係なのか解らないまま、今年も1月17日という日が終わった。










 私には両親がいない。私の名前は多分アビリートお嬢様というのだと思う。


 ここにいる理由もわからない。


 覚えているのはリュリュだけ。






 使用人という人たちは私のことを「アビリートお嬢様」と呼ぶのだけれど、どうしてそう呼ぶのかもわからない。


 エントワ様のことも「エントワお嬢様」と呼んでいるけれど私にはエントワお嬢様のように両親はいない。






 窓の外を眺めていると時々使用人という人たちが話している声が聞こえる。


 エントワお嬢様はいつも旦那様や奥様が傍にいて、明るく陽当たりのいい清潔な部屋で沢山のおもちゃに囲まれて毎日を過ごしているらしい。


 おもちゃって何なんだろう?





 エントワ様は病気になると直ぐにお医者様と治癒師が呼ばれて治療というものを受けるのだそうだ。


 けれど私が病気になってもお医者様も治癒師も呼ばれることはない。


 配膳口にいつもと同じように食事が差し入れられるだけだ。


 食事を取りに行けなくて食器を返さない日が続くと部屋の外がバタバタするけど、私の部屋の扉は開かないし誰も来ることはない。


 使用人という人たちを介してエントワお嬢様に病気をうつしたら大変なことになるからこの屋敷の人たちは私にはなるべく近づかないようにしているのだと、いつだったか忘れてしまったけれど誰かが言っていた。












 エントワ様の10歳の誕生日の数日後、明日から家庭教師という人に勉強を教えてもらうことになった。そう言われたのだけれど、ガービン様は私を見て驚いた顔をして「直ぐにベッドに横になりなさい」と言われた。


 その後すぐマリカ様もやって来て私を見てびっくりしていた。


 その後しばらくすると昔に会ったことあるような気がする男の人二人が呼ばれた。


 ガービン様たちが医師と治癒師と何かを話していて、その日から食事は朝、昼、夜と三回出るようになった。


 それでも食事の内容が良くなったわけではなかった。


 何かの粉を溶いただけのほとんど味がしないものが何日も続いた。


 その不味い食事をしている間にガービン様とマリカ様に、人と会ったときの挨拶の仕方と文字を教えられた。


 絵本というものをあてがわれて絵本に書かれている文字を書き写すようにと紙とペンも渡された。


 紙とペン、絵本は使用人という名の人たちが取っていくことはなかった。







 ようやくスープに固形物が入るようになり、柔らかいパンが食事に付く頃になって家庭教師という人に会うことになった。


 私の部屋は人を招ける部屋ではないからと先生のお部屋にお邪魔するのだそうだ。


 先生という人がいるのは昔、数日間泊まったことがある部屋だった。


 勉強の前には必ずお風呂に入ること、そしてマリカ様に決められた服を着ること等を言い渡された。


 差し出された服は大きすぎてマリカ様は慌ててどこか着古した私の大きさに合う小さな服を持ってきた。


 それでも胴回りはブカブカで、ガービン様とマリカ様が吐き出した息の音が怖くて震えた。




 先生の部屋は明るくて広くて埃が舞っていないので呼吸がしやすいのでいつまでもここにいたいと思わせてくれる部屋だった。


 先生に余計なことを言ってはいけないとガービン様とマリカ様から言われているのだけれど、余計なことが何か解らなかったので勉強に関わること以外は何も話してはいけないのだと思った。


 どうして私に家庭教師というものが付けられたのかも解らなかったのでその理由を聞きたいと思ったけれど、これも余計なことかもしれないと思うと口にすることはできなかった。






 勉強を始めて数日、私は勉強がとても好きだと気が付いた。


 新しいことを知ることも嬉しかったのだけれど、他のことを考える必要がないことが何よりも嬉しかった。


 私には両親が居るのだろうか? とか、なぜここでこんなところで暮らしているのだろう? なんてことを考える必要がないからだった。






 授業が終わって部屋に帰ると何度も何度も教科書を読んだ。


 わからない文字を書き出し次の授業で教えてもらう。


 それを何度も何度も繰り返して教科書を読み終えることが出来るようになった。


 読み終えることが出来たら今度は一字一句間違えずに読み上げることができるように教科書を読み込んだ。


 教科書を暗唱できるようになると先生がとても褒めてくれて、新しい教科書をくれた。


 それもは使用人たちは取り上げなかった。


 なので新しい教科書も何度も何度も読んで覚えた。







 先生に勉強を教えてもらうようになって一年半程が経った頃、貴族名鑑という分厚い人物画が描かれ、その人を紹介する本を渡された。


 絵が描かれている新しい本がとても嬉しかった。


 部屋で貴族名鑑の最初のページにはこの国の王様という人が描かれていて、この国の国旗、王様の名前、誕生日などが書かれていた。


 名前と描かれている絵の顔も覚えるようにと先生に言われたので人物画をじっくりと眺めた。


 王族を覚え終わると公爵家、その次は侯爵家へと身分が下がっていくのだと先生が言った。


 伯爵家のページになって、この国には伯爵家が多いのだなと思ってページを捲っていると、エントワ様の旦那様の絵が描かれていて、この家が伯爵家でアグナルトという家名なのだと知った。


 次のページには奥様が描かれていて、その次のページには人物画はなく『長女(双子)アビリート・アグナルト』と書かれていて『次女(双子)エントワ・アグナルト』と書かれていた。






 私は自分で気が付かないまま叫び声を上げていたらしい。


 頭を掻き毟り、体をあちらこちらににぶつけた。そして過呼吸を起こしたらしい。


 その時の記憶がないのでらしい・・・としか言えないのだけれど。


 三日ほどの間、意識が戻っては叫んで過呼吸を起こし、気を失い、また目を覚ましては叫んで過呼吸を起こすということを繰り返したらしい。


 叫ばずに目を覚ました時、私は床の上で眠っていた。


 意識がない時におもらしをしたのか床には水たまりができていた。


 この家の長女である私がこの状態でも使用人は私の面倒は見ないのかと思った。


 エントワと私は姉妹だった!!


 旦那様は父親で、奥様は母親だった!!


 エントワと私のこの差は一体何?!


 父親も母親も遠くから眺めるだけで近くで顔を見たこともない。


 当然、声を掛けられたこともない。


 1月17日に食堂に呼ばれるのは私も誕生日だったからだ。


 エントワの傍には両親がいるけれど私の傍には使用人ですらいない。


 使用人という名の人たちだと思っていた人たちにも個別の名前があることも知ってしまった。


 けれど私の扱いは使用人たちよりもまだ下の存在なのだ。


 使用人たちの気分次第でご飯を貰えなくてエントワに病気をうつしてはいけないからこの部屋から出ることを許されていない。


 私の存在ってなんて軽いんだろう?


 今度は叫ぶこともなく涙が溢れた。


 けれど自分が漏らした水たまりの中にいる気持ち悪さに、立ち上がる他なかった。


 汚物にまみれた体を洗わなくてはならない。


 エントワとは違って私は何もかも自分でしなければならないのだから。


 着ている服の綺麗な部分で床を拭いて浴槽にお湯をはり、体を洗ってから湯の中に浸かった。


 湯に浸かったことでこわばった体がほぐれるとまた涙が溢れ落ちた。


 湯が冷めても私は泣き続けその後、熱を出した。








 この時はあまりにも長い間食器が戻ってこないからとガービンが部屋の中に入ってきたらしかった。


 どうやら私は冷めきった湯船の中で死にかけていたらしく医師と治癒師が呼ばれた。


 治癒魔法を掛けられると嘘のように体が楽になった。


 エントワは病気になる度にこんなに楽になるようにしてもらっているのだと思うとまた涙が出た。


「お医者様、治癒師様。私はどうして生きているのでしょう?」


「どういうことかな?」


 お医者様は私の相手をしないと決めているのか、私の問いに返事をしなかった。


「私、数日前までこの家の旦那様と奥様の子供だと知りませんでした」


「はっ?」


 医師も口をあんぐりと開けている。


「旦那様と奥様はエントワ様のご両親で、私がここにいる意味を知りませんでした」


「それは⋯⋯」


「ふふふ⋯⋯私、旦那様にも奥様にも声を掛けられたこともないんです」


「嘘だろう?!」


「いえ、本当です。使用人にすら面倒を見てもらえないんです。見れば解るでしょう?掃除もされていない部屋に外から掛けられる鍵。ほら、あそこ。配膳口が設置されていて一日に一回か二回スープが差し入れられるんです。たまに忘れられるのか、嫌がらせなのかそのスープすら届かない日もあるんです。水は浴槽の蛇口から飲むように言われています」


 貴族名鑑を見てエントワと双子だと初めて知ったこと、エントワに病気をうつしたら大変なことになるからと使用人とも接触できないことを伝えた。


「虐待じゃないかっ!!」


 そう叫んだのは私に治癒魔法を掛けてくれた人だった。


「オーガスト。余計なことに首を突っ込んではいけないよ」


「ですがこれが余計なことですか?!」


「医者と治癒師には現場で知ったことを口にしてはいけない決まりがあるのだから知らないほうがいいんだよ」


 医師と治癒師の会話を聞いて、ああ。これが余計なことかと理解した。


「余計なことを言って申し訳ありませんでした。お忘れください」






 数日何もする気になれなくてぼーっとして、退屈だと思うようになって再び貴族名鑑を覚えることを再開させた。


 その翌日から食器を配膳口から差し戻すようにした。


 それから数日が経って授業が再開した。


 先生がとても心配してくれたけれど余計なことは何も言わなかった。


 なにか言っても先生が困るだけだと知ってしまったから。


 先生に褒めてもらうことだけが私の生きる目的になっていたから勉強を頑張った。











 エントワの13歳の誕生日が近づいてきた。


 ああ。違う。私の誕生日でもあるのだ。


 だから私にもプレゼントがあったのだとまた納得した。







 最近体調が優れない。


 くしゃみが止まらないし、自分の呼吸音がひゅーひゅーと鳴っていて呼吸が苦しい。


 食事をすると二回か三回に一度は体中にブツブツができる。


 ブツブツができると呼吸が一層苦しくなって喉を掻き毟ってしまう。


 私の体の中で何かが起こっていると思った。


 けれど生きてる意味もないからこれで死ねるならまぁ、いいかなと思った。
















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