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覚悟

罷免後の小栗が身を置いていた権田村に行くには、JR高崎駅からバスに1時間ほど乗らなければならない。山間深くの穏やかな空気の中を進んでいくと、小栗の菩提寺である東善寺にたどり着く。


ここでは小栗の遺品を少しばかり見ることができた。といってもそのほとんどは官軍により没収されており、小栗が受けた仕打ちをそんなかたちで知ることができる。


東善寺の境内には小栗父子とその家臣たちの墓がひっそりと佇んである。そこには幕府側であったがために歴史の中に埋もれざるを得なかった小栗の無念を背負う人々の想いが、色濃く残っている。


小栗の屋敷を襲った暴徒からの訴えを受けて、官軍は小栗追捕の命令を出した。小栗は権田村にて陣屋を構えて砲台を築いており、それは新政府への反逆の意志の現れだという。それは暴徒からの訴えをそのまま受け入れただけのいいがかりにすぎなかった。新政府としてはただ小栗を処罰する口実が欲しかったのである。


慶応4年(1868年)4月1日、官軍の命を受けた高崎、小幡、安中の三藩は800の兵をもって東善寺に押し寄せ、小栗に訊問した。しかし陣屋も砲台も存在せず、小栗は大砲一門と小銃二十一挺を引き渡し、身の潔白を主張した。


翌2日には小栗は養子である忠道と3名の家臣を官軍の出張所に出頭させ、重ねて無罪を訴えようとしたが彼らは捕らえられ獄に投じられた。


また官軍は小栗を訊問しつつも不問に付した三藩に対して討伐すると脅しをかけた。三藩の人々は震え上がり、罪があろうが無かろうが小栗を捕らえて処罰する必要にかられることになる。


翌3日、小栗は難を避けるために東善寺を離れようとしたが、そこに権田村の名主が来て官軍からの命令を伝えられた。それは東善寺に戻らないと子の忠道や権田村の村民たちの命が危ういという脅しに等しいものであった。小栗は東善寺に戻ることを余儀なくされた。


不安がる家臣に対しては、

「我らに謀反の企みなどない。こうなったからには官軍に対して申し開きをするしかあるまい」

といって説得した。とはいえ小栗には官軍の意図が分かっている。自分の身は危ういかもしれない。そうであったとしても、周りの者たちに危害を加えさせないことを優先するしかなかった。


その日の夜、東善寺に戻った小栗は母のくに子と妻の道子を呼んだ。道子はこの時腹に子を宿している。

「これより私にはどのような災難が降りかかるや分かりませぬ。2人はこれより越後を経て会津に向かっていただきたい」

越後は小栗の父忠高が奉行をつとめた地であり、幕府方であった会津藩は小栗との関係が深い。2人のことを匿ってくれるはずである。


道子は異を唱えた。

「私は旦那様に嫁いだ身でございます。私もここに残ります」

「ならぬ」

小栗は一度決めたことをそう容易くは覆さない。


「旦那様は国のために働いて来られたのではないのですか?逆心などないのであればなぜこのような目に遭わねばならぬのですか?」

「私は正道を踏めば必ずまかり通るものと信じてここまで突き進んできた。だが人とはちっぽけなものよ。世には人の力などでは逆らえぬほどの大きな力が働いておる。たとえ自らが信ずる道を進もうと報われるとは限らぬ。だがそれでも人は信ずる道を進むしかないのだ。たとえその先が地獄であろうともな。私は信ずる道を行けた。だから悔いはない。しかしな」

小栗はまっすぐに道子の目を見つめ、

「そなたにだけはすまぬことをしたと思っておる。だから生き延びてくれ」

といって深々と頭を下げた。


「わが理想を通すために何度も人とぶつかりその度に罷免となった。その度にそなたには迷惑をかけた。そして挙げ句の果てに私は逆賊にまで身を落とした」

「逆賊でも鬼でも何でも構いません。ただ生きていてください。私の願いはただそれだけでございます」

道子は涙を流して訴えた。


すると母のくに子が口を開いた。

「我が子は覚悟を決めておるのです。邪魔だてしてはなりませぬ」

その一言で道子も黙らざるをえなかった。


この後2人は越後から会津に向かいそこで匿われた。道子はそこで女の子を産んでいる。彼女は会津戦争の後に東京の深川にて三井家の三野村利左衛門の屋敷に移り住むこととなった。


5日、三藩の兵1000が東善寺を包囲し、取り調べもないままに小栗は捕縛された。全てを受け入れた小栗は抵抗しなかった。彼は怯える様子もなく、ただ落ち着き払っていたという。


小栗とともに3人の家臣も捕らえられて近くの河原へと連れて行かれた。小栗の目の前でその3人は容赦なく首を斬られた。1人が

「残念なり」

というと、

「かかる場合に未練などあってはならない」

と小栗は静かに諭した。


斬首の前に食膳に肴を添えて出す決まりがあったのだが、小栗は

「首を斬られて喉口に飯粒でもあれば武士の不名誉である」

といって受け取らなかった。


官軍の責任者原保太郎は小栗に向かって

「何か言い残すことはあるか?」

といったから小栗は

「何もない。ただ母と妻は逃したからよろしく寛典をのぞむ」

とだけいった。


罪人として座らされている小栗の姿勢は美しい。そこには後ろめたい気持ちが何一つうかがえない。1人の者が、斬首しやすいように小栗の体を前の方に曲げさせようとすると、

「無礼をいたすな!」

と小栗は大喝したものだから、その迫力を前にその者は怯んでしまった。小栗は自ら体を前に傾け首を斬りやすいように差し出した。


明治の礎を築いた男は、その明治を見る前に首を斬られた。享年42であった。養子の忠道も享年21にして首を斬られている。


小栗斬首の報は勝のもとにも届いた。勝は天を仰いで

「あの男は生まれるところを間違えたんだ。徳川におさまりきる男じゃなかったんだよ」

とつぶやいて、しばらく目を細めて黙りこんでいた。

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