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江戸無血開城

4月4日、西郷をはじめとした官軍の有力者たちが江戸城に入る儀式が行われた。とはいえまだ軍そのものは城に入っていない。


この場に勝の姿はなかった。彼は万一に備えて「都下鎮撫」の任にあたっていたのである。「無功亦無名」という言葉を好んだ勝は名声に執着しなかった。


城、兵器、弾薬、軍艦等の引き渡しは4月11日と決まった。4月9日、勝と幕臣の大久保忠寛は池上本門寺にて参謀の海江田武次、木梨精一郎の2名と会談した。


この引き渡しの際に旧幕府軍の暴発が起きないとも限らない。それを防ぐための策を講ずる必要があった。


勝は例のごとく会談を自分のペースにもっていった。まず引き渡すべき武器が数え切れないほどあると伝えたうえで、

「歩兵は新たに洋式に組み立てたもので皆農民出身の者です。この人数がおよそ八、九千人おりますが、その銃器をとりおさめてその兵たちを放って養わなかった場合は、この者たちは自費を使って郷里に帰ろうとはせず、たちまちに市中にて暴行窃盗に至ることは目に見えております」

と話した。


つまり戦闘部隊の兵器は、その兵員とともに引き渡すのでなければならないと訴えたのである。武器と禄を一気に取り上げられた兵たちは何を起こそうとするか分からない。武器を取り上げるとともに兵のことを養ってもらわないことには困るのである。


さらに勝は続ける。

「江戸には勝手に屯集している壮士の勢力が60以上あります。官軍がもし兵をもって倒そうとするならば江戸は火の海となり、多くの市民が犠牲となります。もしそのようなことになれば徳川ではなく朝廷の責任ということになりましょう。それについて熟考なされましたか。それでも強行なされるか、我が策を用いるかどうなされますか」

勝は脅しめいたことをいったが、これは旧幕府勢力に官軍が手を出すとどのような結果になるか分からないから、治安のことは自分に任せるように釘を差したのである。


「その策をお聞かせ願いたい」

という海江田に対して勝は答えた。

「兵器のうち鉄砲などは歩兵とともに吏員をつけてお渡ししますが、城の引き渡しについては官兵を入れず上官4、5名だけが入城されて引き渡しの式は終えていただきたい。それであれば人々は安堵して江戸は無事でございましょう」


前もって城の引き渡しのことを広く伝えれば旧幕府軍が騒ぎ立つに違いないから、少人数で授受の式をすぐに終わらせてしまって、既成事実だけ速やかに作ってしまえばいいと勝は思っている。多少荒業ではあるが、自分と同じく肝の太い西郷であれば実行することであろう。


翌10日、勝は再び両参謀に会うと、彼らは勝のいう通りに進めてよいと許可がおりたことを伝えた。


ついに自らの努力は実る。そう思った勝はその日の夜に上野で謹慎中の慶喜のもとへ向かった。慶喜は水戸に引き渡されると決まっており、この直後に慶喜は水戸へ出発することになる。


勝の顔を見た慶喜はここまで尽くしてくれた礼を述べ、勝は感涙した。そして勝は官軍と話し合った江戸城引き渡しの方法について話したのだが、それを聞くや突如慶喜は

「なんと危険なことをするのだ」

と激昂したものだから勝は絶句した。


勝は自らに任せたのであれば信用してほしいという旨を伝えて席を立った。勝からすればあまりにも釈然としない。この2名は最後の最後まで仲違いしたままであった。だがそれでも勝はこれから先も慶喜への忠義を貫くことになるから、よほど律儀な男である。


勝はすぐには家に帰らず場外を巡視した。明日はいよいよ江戸城の引き渡しであるから、その前に異変が起きていないか確認するためであった。


3度目の巡視で勝は隊伍を組んで進む官軍を見つけて不審に思った。約束では兵たちは城内に入らないことになっている。


勝が築地の海軍所に着くと、榎本武揚ら旧幕府軍の海軍士官たちが集まっており、皆納得がいかないという表情を浮かべていた。


勝は彼らが自分に不満を持っているなど百も承知のうえで

「昨夜以来方々を駆け回って疲れたから粥を一杯振る舞ってくれねえか?それでしばらく休息したい」

といってのけた。人を食ったようなことをいってその場を切り抜けるのは彼の常套手段だ。


勝が休んでいると、勝を探していたという西郷からの使者が現れた。彼がいうに、西郷は約束通り兵を入城させないつもりであったが、突然不穏な動きがあるということが分かり方針を変換したという。約束を違えたわけだから急ぎ勝のもとへ知らせよと西郷は命じたが、勝の居場所が分からず報告が遅れたのだという。


これを聞いていた榎本ら士官たちは感激して、西郷の誠実さに胸を打たれたという。


正午過ぎに城と武器の引き渡しは無事に済んだ。全面戦争にならず城は引き渡されたのであり、それは政権が移行したことを象徴していた。それが無血のうちに行われたのである。


全面戦争こそ起きなかったが、旧幕府軍と新政府軍の衝突である戊辰戦争はまだ長引くことになる。引き渡しの11日の夜に旧幕府軍の陸海軍の一部が江戸を脱出して新政府に反旗を翻した。


江戸でも反抗勢力は残っていた。上野寛永寺を拠点に旧幕府の復権を狙っていた彰義隊が新政府を悩ましており、西郷はその討伐を余儀なくされた。


江戸城が引き渡されても内戦の危機は去らなかった。勝は旧幕府軍の反乱を防ぐために、水戸に引き渡された慶喜を江戸にて復権させることが必要であると考えていた。


勝は執拗なまでに新政府に対して慶喜復権のための嘆願を行っている。彼は彰義隊の動きでさえ慶喜復権のために利用しようと考えていた。新政府が彰義隊を抑えようと慶喜を復権させるかもしれない。それに期待したのだ。


しかしそれは諸刃の剣であり、彰義隊が本当に暴発してしまっては元も子もなくなる。いわばそれを防ぐための慶喜復権なのである。彰義隊が暴発しないままの状態で時間を稼ぎ、その間に慶喜を復権させて彰義隊を解散させることが理想であった。


結局彰義隊は暴発し、官軍が寛永寺を攻めて1日でその動きは抑えられた。ここから戦場は江戸から東北の方へと移ることになる。


慶喜復権も実現には至らなかった。慶喜復権には内戦を抑えるためだけでなく徳川家臣としての意地もあったから、勝には無念であった。彼は日記に

「たれ人かよくこの苦心を解するや」

と記している。


彰義隊が敗北を余儀なくされた上野戦争の当日、官軍200人ばかりが勝の家を包囲して武器などを一切奪っていった。勝は外出していたがために一命をとりとめた。


さらに4月末に馬に乗っていた勝を官兵3、4名が狙撃している。体には当たらなかったが、馬が驚いて落馬した勝は一時気を失った。


よく命を狙われる男である。その度に彼は一命をとりとめており、本人はそのことを

「思へばおれも僥倖者しあわせものさ」

といっているが、呑気なものである。

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