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最後の罷免

小栗には秘策がある。江戸城会議にて小栗は堂々とそれを披露した。


徳川方には軍艦8隻と護送船7隻がある。それらの艦隊が駿河湾において官軍を砲撃し、軍を壊滅させるとともに退路を遮断する。それにより東海道を使う敵の補給路をも断つことができる。


そのうえで小栗が育て上げたフランス式の陸軍と会津、桑名などの屈強な兵たちが箱根を通過した敵を小田原付近に誘い出して殲滅する。敵は援軍も補給も得ることができず退路も断たれることになる。


さらに海軍の一部は兵庫、神戸の官軍の通路を砲撃して遮断し、西方の諸藩との連絡を断つ。その状況を見て九州辺りで薩長に不満を持つ諸侯が立ち上がる。


小栗の隙のない軍略を前に一同は静まり返った。誰も反論する者はいない。


後にこの戊辰戦争で官軍を率いていた長州の大村益次郎が小栗の案を聞き、

「徳川方が小栗の案を実行していたならば、我々が負けていたことだろう」

といったと伝わる。


「この策を用いれば必ずや勝てまする。どうかご決断を」

小栗は慶喜が頷きながら聞いているのを見逃さなかった。優柔不断なこの主君さえ説得できたなら、自分の案は実行に移され徳川は勝利をおさめることができるのである。


「しばらく休憩としよう」

慶喜はそういって会議を中断した。その繰り返しが丸2日続いた。それでも慶喜が

「いま一晩考える」

といって奥に下がろうとしたものだから小栗は我慢ならず、慶喜の袴の裾を力強く掴んだ。


「これ以上は待てませぬ。時をかけると我が策が手遅れになりまする。この場でご決断ください」

「無礼者!」

慶喜は小栗の手を払い、奥へと下がっていった。


小栗は自らの全ての望みが絶たれたことを悟った。ただ徳川のもとで国が安らかになる道を模索し続けてきた。だがその道の先にあったのは何だったのだろうか。徳川は今、歴史の闇の中に葬り去られようとしている。


会議は終わった。将軍に無礼を働いたとして、慶喜本人の命により小栗は罷免された。将軍が直接家臣を罷免するなど、滅多に起こり得ないことであった。


小栗は知行所の上野国権田村で暮らしながら塾を開くこととした。だがこの頃世直しと称した一揆が流行っており、彼らは小栗が莫大な財宝を持って権田村に引き返してきたという噂から、小栗を標的とした。


一揆といっても烏合の衆であり、脅されてやむを得ずに参加した農民もいる。実際に小栗を襲撃する際も、従わないと家を焼き払うと農民たちは脅されている。


一方で小栗は塾を開くとともに農兵隊を組織していた。今後日本で何か起きれば戦えるようにと考えてのことだった。


小栗はその農兵隊を率いて、権田村に押し寄せた一揆勢を打ち払った。兵数では劣っていたが、小栗の西洋式軍略を前に一揆勢は退散した。


この一揆勢の暴徒たちは小栗が朝廷に反逆する意思を持っていると各地で触れ回った。東征してきていた官軍に対してもそれを強調している。


主君の慶喜が完全に恭順の姿勢をとることを決めたこの状況下において、小栗は官軍相手に戦うことを諦めている。自分だけがやけになって官軍と戦ったところで情勢が好転するはずもない。ただ主家に迷惑をかけるだけである。


だが薩長からすれば小栗は危険人物である。徳川方で小栗ほど頭の切れる者はいない。この男が徳川の資金をもとに巻き返しを図ってきたらと思うと恐怖でしかない。


そしてもし小栗にそんなつもりがないのだとしても、これまで自らの知恵で窮地の徳川を近代化して強め倒幕派を一掃しようとした小栗は、薩長側にとって恨みの対象でもあった。


さらにいえば、薩長からすれば自分たちの正当性を主張するうえで小栗ほど厄介な存在はいない。明治新政は薩長の主導によりできたものでなければならない。それでこそ新政府の威厳が生まれるのである。滅ぼした側の幕府に小栗のような先見の明をもって改革を行った人物がいたというのは、あまりにも都合が悪い。


小栗の命運は風前の灯にあった。


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