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両雄論ずる

正月12日、勝は江戸に戻ってすぐの慶喜に呼び出された。慶喜の顔はやつれて疲れきっていた。勝はお辞儀もせずに

「あなた方、何ということだ。これだから私のいわないことじゃない。もうこうなってしまってからどうなさるつもりだ」

と言い放ったから周りの者は注意したが、勝は聞かない。


勝は冷静に慶喜たちを見て絶句した。誰からも覇気を感じられない。皆が絶望的状況の前に打ちひしがれている。


「勝よ」

ようやく慶喜が口を開いた。

「何か策はあるか?」

もはや慶喜は投げやりになっている。


勝はしばらく考えた。たしかにこうなったのは慶喜の責任かもしれない。薩長の挑発の前に鳥羽伏見の戦いを起こして敗れ、手段が尽きたと思えば兵たちを残し、全てを放棄して江戸に逃げ帰ってきた。


とはいえ勝としては、ここで責任を放棄するわけにはいかない。彼は幕臣という身ながら日本の未来のために西郷をはじめ倒幕派とも関わりを持ち、歴史の流れを変える役割を果たしてきたのである。その結果として幕府は倒れて新しい時代が来ようとしている。だがその前に全面戦争が起きようとしているのだ。


もちろん勝はそんなことは望んでいなかった。平和なうちでの政権の移行を目指していた。とはいえ結果としてそうなったのである。ここで自分は関わりないなどといえるわけがないではないか。


勝は急に姿勢を正して

「できうる限りのことを致します」

と述べた。勝は慶喜により陸軍総裁に任じられ、官軍との交渉を一任されることになる。


翌日には江戸城会議が開かれることになっている。ここで今後の徳川の方針が決定する。勝にはその会議の前に話さなければならない人物がいた。抗戦派の先鋒である小栗上野介である。


勝は小栗のもとを訪れた。

「公方様にお会いいたしました。公方様は私に官軍との交渉をお任せになられた。公方様はすでに恭順する腹を決めておられる」

「私に戦を諦らめよとおっしゃるんでしょう」

小栗には勝の意図などすでにお見通しである。


「すでに勝敗は決しました。徳川は敗れたんですよ。これ以上の戦いは無意味というものでしょう」

いつもひょうきんな話し方をする勝だが、この時だけは語気強めに小栗に迫った。


「徳川が薩長を打ち負かすための必勝の策がございます。これを私は明日の会議で公方様に申し上げます。まだ負けてはおりません」

「薩長には時勢が味方している。いかなる策を用いても徳川に勝ち目はありませぬ。それに戦いを起こせば外国につけ入る隙を与えるだけだ。戦いをせずにすむならそれに越したことはない」

「戦いをせねば徳川は天下を取り返すことができませぬ。戦いは長引かせませぬ。すぐに勝敗がつく。そのための策でございます。外国に隙など与えませぬ」


両者譲らない。その場をきり裂くような緊張感が走り続けている。

「なぜ徳川が天下をとらねばならぬのです。それは小栗殿の家は代々徳川に恩がありましょう。しかし国家の行く末を前にしては、それすらも私情にすぎませぬ」

「これまで幕府は外国の侵略を前にいかに交渉するべきか、そしていかにすれば国がまとまるかを苦心してきました。すべては日本のためであった。しかし薩摩や長州の者たちは自らの権力ほしさにあらゆる手を使ってそれを邪魔立てし、国を乱し続けてきたのです。彼らの邪魔さえなければ幕府のもとで国は統一され、外国に負けない強い国になることができた」

ここには倒幕派との繋がりを持ってきた勝への批判も込められている。


「きっと幕府のもとでは無理だったでしょうよ。幕府のもとでは厳しい身分制度が国を縛っていた。国の仕組みそのものが根本から変わってしまわねばならなかったんです。高い地位に甘んじている幕府の役人ではなく、志ある諸藩の者たちが国を指導する、それが真っ当な流れというものだ。幕府ははじめから倒される運命にあったんです」 

「では勝殿は薩摩や長州の者たちにまともに国を引っ張っていけるとお思いですか?謀略を尽くして政権を奪った者たちに国を想う誠の心があるとは思えませぬ。彼らに果たしてこれからの日本の明確な構想がございますか?」

「たしかに最初は苦労するでしょう。日本をどうしたらいいか分かっていない者ばかりかもしれない。しかしこれからは皆が話し合って決めるのです。その中で皆が正しい答えを見つけていけばいい。そのための体制を築くことが大事なんです。幕府のもとではそれは叶いますまい」

「いきなり政を任せられた者たちがそこまで上手く国を切り盛りできるでしょうか。この国の多くの者が、この前まで外国人を斬りさえすれば日本はよくなると本気で信じていたのです。今でもそう思っている者がいる。民衆たちや諸藩士たちが政を行えるようになるには時間がかかります。何も急いで国を変革してしまわなくてもいいではありませんか。たしかにいずれ幕府は滅びる運命にあるかもしれない。しかし今ではありませぬ。もうしばらくは徳川がこれまで通り国を治めて緩やかに政権を移さねば、この国は混乱すること間違いありませぬ。それこそ外国につけ入る隙を与えることになる」

「在野にいる人々はそれほど愚かではありませんよ。身分に関係なく志ある者たちがきっと国をいいようにしてくれます。それに期待するべきでしょう」


そうはいったが、勝は小栗を説得することを諦めた。自分と同じで、そう簡単に意志を曲げる人間ではないのである。この男は最後の最後まで徳川のために戦うだろうし、そう運命づけられているに違いない。


「やむを得ませぬ。それぞれの道をいきましょう。もしお互いが無事であったなら、またあの時のように酒を飲み交わしましょう」

勝は笑みを浮かべていった。2人がアメリカの地でウィスキーを飲み交わしたことをいっている。

「懐かしゅうございますな。我らはともにアメリカを見て、それから日本のために信じる道を進んでまいった。我らのどちらが善であり悪であると後世が評価するか分かりはしませぬ。しかしそのどちらであったとしても、我らは迷わず進むより他ない」

「それがこんな世に幕臣に生まれた我らの宿命やもしれませぬ。時々思うことがありますよ。小栗殿は俺と似ている。ただ少しこの俺より真面目すぎる。だから俺以上に人に恨まれる」

「勝殿も大概でしょう」

「そうでしたかな。敵が多いところだけは一番似ておるやもしれませんな」

そういって2人は笑い合った。


勝は明治になってから小栗のことを次のように評している。

「あの人は、精力が人にすぐれて、計略に富み、世界の大勢にもほぼ通じて、しかも誠忠無二の徳川武士で、先祖の小栗又一によく似て居たよ。一口にいふと、あれは、三河武士の長所と短所とを両方具えて居つたのヨ。しかし度量の狭かったのは、あの人のためには惜しかつた」



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