4.かあさまの失望
「殿下」
「うるさい」
「あれほど申し上げましたでしょう。彼らはいずれ殿下の側近となられる者たち。そうでなくても高位貴族の子息女たちですのに、あの態度は」
「うるさいと言ってるだろう!」
王宮外苑からおれだけのために用意されている王子宮へ戻る中、お茶会での挨拶を担当していた侍従が冷めた声で言うのに、おれはダンッと強く足を鳴らした。
「態度が! 悪いのはあいつらもだろう!」
「殿下……」
「聞きたくない!」
侍従が苦い顔をするのを無視して、おれは寝室へ飛び込むと扉を閉めさせた。
侍女たちが部屋着に着替えさせてくる中、いくらか静かになっていたはずのおれの中のぐるぐるしたものがまた動き出す。
「……くそ」
けれど、さっきのような赤くて熱いようなものではなくて、もっと重たくて冷たくて、苦いものが体をひたしていくような、そんな感じのものだ。
理由は、わかっている。
「……ばかにしやがって」
同い年であるはずの彼らがおれを見る目は、おれの周りの大人たちと同じだった。
こんなこともできないのかと、こんなこともわからないのかと、思っているときの目。
そしてその目は、少し前の出来事を、おれに思い出させるからだ。
『そなたには失望しました』
あの目、あの声を思い出すと、今もおれのなかのどこかがぎゅうっと握りしめられているような気持ちがする。
おれは侍女たちの手を払ってぼすりとソファの上に倒れ込んだ。
***
王族のこどもというのは、ある程度大きくなるまでは大人たちといっしょに食事をしたりすることはない。
王子宮で暮らし、乳母たちに世話をされ、少し大きくなったらそこに侍従や侍女といった使用人や教育係たちが加わって、彼らによって育てられるものだ。
とうさまは時々顔を見せに来てお話をしてくださるけれど、かあさまは、おれが覚えている限りでは王子宮に来られたことはない。
もっと小さかった頃はよく来られていたらしいけど、おれは知らないし、その理由もうっすら気付いてはいた。
それがはっきりしたのは、おれが5歳になった年のことだ。
マンナーカノ王国では、5歳と7歳がこどもの年の区切り目になる。おれもその歳を迎えたので、挨拶に来るようにとかあさまから呼び出され、王宮の奥の宮へと訪れた。
はじめて踏み入れた宮殿は、おれの住む王子宮とはまるで違っていた。
家具はみんな大きいし、絵や花は高いところに飾られ、並んでいる壺や皿なんかもずんっと重たそうな雰囲気なものばかりだ。
通された部屋もそうで、壁紙から絨毯までぜんぶがすごそう、としか言いようがないものたちで埋められている。
乳母から「いずれの品もたいへん貴重なものですから、決して触れなりなさりませんように」と念を押されたのもわかる。
足で踏んでもいけないような気がして動けないでいるおれを、王子宮に飾られている肖像画そのままの姿のかあさまがじっと何か言いたそうに見つめてくるので、よけいに動けなくなった。
結い上げられた紅茶色の髪が部屋の明かりに照らされて、磨かれた靴みたいにつやつやと輝いていて、そこに飾られているとうさまの目の色に似た宝石がよく似合っている。
王国の大輪。麗しのシェリアーナと呼ばれるかあさま。
城の中で見た、どんな女性よりもきれいなひとは、氷のような薄い水色の目で、ナイフの先を向けるみたいにおれを見ていた。
『……座りなさい』
動けず突っ立ったままのおれに、かあさまが大きなため息をつくと、側にいた侍女が自分でよじ登れない高さにある椅子に座らせてくれた。
かあさまとこうやって向かいあって座るのははじめてで、おれの胸のあたりが走りまわった後みたいにどきんどきんと音がする。
今となっては「それ」がなんだったかはもう思い出せないけれど、たぶん、その時のおれは、なにか期待していたんだろうと思う。
けれど、そうやってはじまったふたりだけのお茶会は、はっきり言って最悪だった。
挨拶もきちんとできず、いつもと高さの違うテーブルや、はじめてこんな風にかあさまと対面することに緊張してかたかたと手元がふるえる。
かあさまの前なんだからきちんとしなくちゃと思うほど、掴んだカップがカチカチと音を立てた。
『……その年でまだその程度とは』
そんなおれが、とうとうカップを倒して紅茶をこぼしてしまったのを見て、かあさまはため息をついた。
『そなたには失望しました』
床に落ちて潰れたケーキを見たかのように顔をしかめて、おれから目をそらしてしまったかあさま。すっと静かに席を立ってしまわれたかあさま。
言葉は難しくても、おれは、かあさまに"がっかり"されたのだとわからないほどバカではない。
お腹のなかにとがったものをつめこまれていくような気持ちで、振り返りもしないで部屋を出ていくかあさまの背中を見送った。
それっきり、かあさまはおれのことを呼び出すことはなくなったのだった。
***
(やっぱり、おれは……かあさまには、いらないんだ)
思い出したくなくてもよみがえってくる、あの時のかあさまの声から耳をふさぐようにソファのクッションに顔を埋めて、言葉にして吐き出せないものをしぼりだすようにうーっと唸る。
たぶん、あの時かあさまが見たかったのは、今日のお茶会に来ていたこどもたちのような姿なんだろう。
大人みたいな挨拶ができて、きちんとした姿勢ができて、領地の話ができるくらい、かしこいこども。
「……どうせ」
おれは、長い時間きちんと座っていられない。
座っているとすぐになんだか落ち着かなくなって、椅子の上でもソファの上でも、しばらくするとつい足をバタバタさせてしまう。
嫌だと思ったらがまんできないし、イライラしだしたら止められなくて、考えるより先に声をあげてしまったり、手が出てしまったりする。
そんなおれが、この国の、かあさまのたったひとりの王子だということが、かあさまにとってとても残念なことだったのだろう。
おれに代われる弟妹ができれば良かったのだが、かあさまは次の子を授かれる見込みはないらしかった。
とうさまにべつのお妃を迎える話もあったらしいけど、かあさまの家が反対したらしい。
おれという嫡子がいるのだから、とかなんとか。前の王様は何人もお妃さまや兄弟がいたって言うから、そのりくつはおかしいと思うけれど、一度とうさまに尋ねたところ「難しい事情があるのだ」と、困ったように笑っていた。
納得はいかないけれど、そんなわけで、おれの代わりが生まれることは今後もないらしい。
スペアのない以上"おれみたいな王子"でもいなくなられては困るのだと、遠くで大人たちが言っていた。
だから、きっとそういうことなのだ。
「……どうせ、おれは……」
『見た目以外に良いところのない、できそこないの王子様』
いつだったか耳にかすめたその言葉はずっと、おれの体の真ん中でぐずぐずとのたうっている。
いただいた感想は全部大切に読ませていただいています。
わたしの返事がへたくそすぎるので自重しております。




