3.後に婚約者となる女の子
マンナーカノ王国の新年のお祝いは盛大だ。
大陸を守護してくださるという神様たちへ、去る一年への感謝と迎える一年への加護をお祈りするために、国中の神殿で儀式とお祭りが行われる。
王都にある神殿は国内でいちばんの大きなものなので、国王が儀式の一部を取り仕切りっていて、普段は自分の領地にいる貴族たちも、儀式への参加と王への挨拶のために王都へとやって来るのだ。
その中で、親に連れられて王宮にやって来ていたおれと同い年くらいのこどもたちが集められ、お茶会が開かれることになった。
「トリアンリートにも、そろそろ同じ年頃の知己があった方が良いだろう」
と、とうさまがおっしゃったからだそうだ。
かあさまや教育係たちからはずいぶん反対があったらしいけれど、いずれはおれも側近を持たなければならないし、学院へ入学する前に同世代と触れ合う機会は必要だからと、大臣たちの意見もあって実現したんだとか。
もちろん、こどもと言っても"わきまえることのできる"高位貴族のこども、という条件があったらしいが。
おれは乳兄弟から遠ざけられていたので、同じ年くらいの人間と会うのははじめてだったから、ドキドキしながらその日を待っていた。
けれど、彼らはみんな、おれと同い年だけれど、おれと同じこどもではなかった。
***
「新年のご挨拶を申し上げます」
「殿下におきましてはご機嫌麗しゅう」
「……ん」
ぴん、と伸びたまっすぐな姿勢と、ぐらつくことなくひざを曲げて行う丁寧な臣下と令嬢の礼。すらすらと口から出てくる挨拶。
視線は近くにあるけれど、にこにこと笑みを浮かべているその顔は、いつも遠巻きにしている従者たちのように距離があるような気がする。
王宮の外苑にある、客人向けに鮮やかな花々が植えられている庭園は、静かで柔らかな日差しの入る心地いい場所だ。
けれど、お茶会の会場となる東屋の前で訪れたこどもたちの挨拶を受けながら、おれの気分はゆっくりと重たくなっていった。
「……」
みなが席について、侍従が挨拶をする頃になると、おれと彼らの違いははっきりと現れた。
しゃんと椅子にすわることができて、あいさつも上手で、おれのわからないむずかしい言葉を使っている彼らは、まるで小さくなっただけの大人みたいに見える。
違うのは、おれひとりだけ。
ざらりとおれのなかを手触りの悪い壁紙のようなもので擦られたような感覚が広がっていき、ついいつものようにガチャガチャと食器の音を立ててしまったのを、皆がうわあ、という顔で見た。
教育係たちが見せるような、あの顔だ。
チリチリと体のなかでよくないものが溜まりはじめているのがわかる。
我慢しろ。相手は客人なのだから、丁寧にもてなすようにと、とうさまにも言われたろ。
なるべく頭から追い出すようにして、せめても会話をしようとしてみたかところで、おれの話せる話題なんてそうはない。
彼らのような領地があるわけではないし、王子宮から出ることのないおれの知っていることなんて、おれの回りの出来事くらいだ。
教育係に投げつけた本や、部屋から追い出したメイドのことや、窓から飛び出そうとしたこと。
それだけではつまらないのではないかと、少し大袈裟に語ると、そのたびに、顔色が変わったり口の端が引きつったりしているのが少し楽しくなった頃。
次第にちらちらと目配せをしあいはじめ、手元や口元がごそごそと合図をしているのまで見えた。
どうせ、おれの悪口なのだろうが、おれがそれに気付かないとでも思っているのだろうか。
「コソコソとなにをしている?」
「いえ、何もございませんよ」
おれがたずねたことに、にっこりと微笑まれたその瞬間、頭のなかでぱちんとなにかが白く弾け、おれは手元をなぎ払っていた。
「殿下……!」
メイラが声をあげたのと同時に、ガシャンと悲鳴みたいな音を立てて机から弾き出されたカップが床で転げ、カトラリーは深い絨毯の中に沈んでいく。
幸い、メイラがおれの側まで駆け寄って来ていたので、中身が誰かにかかってしまうことはなかった。
「……ばかにしやがって」
思わず小さく声がもれる。
こいつらも、おれが何もわからないと思っているのだ。おれの悪いところをヒソヒソと伝えあっていたに違いないのに、誤魔化されたことにさえ気付かないやつだと思っているのだ。
反撃されるとは思っていなかったのか、しん、と静かになってしまった中で、おれはイライラと腹のなかでうごめいているものが動かすままに、ケーキにフォークを突き立てた。
「言いたいことがあるならはっきり言え! 次になめたまねをしたら、酷いめにあわせてやるからな!」
怒鳴り声をあげた、その時だ。
みなが顔をひきつらせたり、泣き出しそうにしているなかで、ひとり背筋を伸ばした女の子がいた。
「かしこまりました」
おれが睨んでも小揺るぎもしないそのまっすぐな目は、ぴんっと張られたシーツを見ているような気持ちにさせた。
さらさらと音がしそうなまっすぐな銀色の髪と、かあさまの指輪にはまった宝石のような紫の瞳が、陽のひかりを受けてきらきらとしている。
「……ふん」
ぱちぱちと互いの視線を弾かせながらじっと見つめているうちに、おれの中で暴れ回っていたものが少しずつ温度を下げていくのがわかった。
おれは、メイラが落ちた食器を片付け終わるのを見て椅子から降りると、そのまま全員を一度だけぐるりと眺めて背中を向ける。
「帰る」
その 見たこともないくらいきれいな女の子は、そうしておれが遠ざかっていくまでの間ずっと、肖像画のように笑っていた。
彼女がヴェリアルデ・ヒーデル侯爵令嬢だということを、その時のおれはまだ、知らなかった。




