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国外追放とか、簡単に言うけれど【連載版】  作者: 逆凪まこと
婚約破棄とか、簡単に言うけれど

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15.名残惜しいというより、ムカつきますわね


「あたし、怖かったです……何をされても、あたし、平民だから、逆らえなくて……あっ、そんなに睨まないで……っ」


 空気が読めないのか、それともあえてなのか。

 トリアンリート殿下の腕にぎゅっとしがみついたシェリリエ嬢が、潤んだ目でわたくしを見やりながら怯えたような声を割り込ませた。


 睨むもなにも白けた視線しか向けていないのだけれど。

 

 それにしても「大丈夫です、シェリリエ嬢」とか「我々がついていますよ」なんて言って味方ぶっている王子の自称側近ども、エスコート役でもないのに未婚の令嬢の肩やら腕やらべたべた触るとか、恥を知らないのかしら(ゴミかな)


「なるほど。この程度を睨まれたと感じられる純真な感性(お子さま)をお待ちの方(ですのね)でしたら確かに、わたくしからのマナー違反に関する諸々の注意を、嫌がらせと(理解が)受け止められても(できなかったのも)仕方がないやもしれませんわね。それは配慮が足りず、失礼いたしました」


 思いっきり嫌みを含ませて返せば、シェリリエ嬢は一瞬悔しそうにきゅっと唇を引き結んだ。常識は無いけれど理解力はちょっとはあるらしい。

 わたくしは視線を殿下に戻し、より冷たく映るように目を細めた。

 

「後は、権力を利用して学園から排除しようとした、でしたかしら? 当主ならばいざしらず、たかが娘が家門の権力を我が物として使えると思い込めるほど、わたくし幼くはございませんわ。そもそも、前ゲンカック公である学院理事長に通じる権力など王以外にあるはずがないと、普通の貴族であれば理解しておりましてよ」


 普通に聞けば「わたくしがそんなこともわからない子供だと思っていますの? 馬鹿にしないでいただける?」くらいの言い回しだが、勿論そんなわけはない。

 実際は「あなたたちじゃあるまいし、家の権力を自分の物だと振りかざしたりしませんわ。第一、三大公爵の一角であるゲンカック公爵家のなかでも特に厳格であったという先代公に喧嘩売るような馬鹿いないでしょ。あ、あなたたちはそんなこともわかんない馬鹿だったね!」という強めな煽りが含まれている。

 

 さすがにそこまできっちり通じたわけではないだろうけれど、めったに無いくらいのわたくしからの侮蔑であるというくらいは理解されたのだろう。トリアンリート殿下は顔を真っ赤にして、わたくしのほうへ身を乗り出した。

 エスコート役が突然動いたせいでシェリリエ嬢がバランスを崩して側近の男に寄りかかっているが、それにはお構いなしだ。


「貴様……!」

「殿下、抑えて……!」


 わたくしに詰め寄ろうとしたのであろう殿下を、側近もどきが引き留めようとしているが、物理的な制止以外なにもできていないあたり、もどきはしょせんもどき(・・・)ですわね。

 揃って顔を真っ赤にしていながら、わたくしに反論のひとつもしては来ない。


「……お話は以上でしょうか」


 あまりにも何の展開も起こらないのに、内心で嘘でしょ無計画すぎではありませんこと? となかば呆れながら、では、とこちらから反撃を開始しようとしたその時だ。


「……ひっく、ぐす……酷いです……っ」


 顔に涙をいっぱいに溜めたシェリリエ嬢が、弱々しい風を装いながらも甲高い声を上げるという器用さを発揮しながらトリアンリート殿下にすがり付いた。

 

 まだ割り込んでくるのか彼女は(この女)


 苛立ちを飲み込みながら、何を言い出すか待っていると、シェリリエ嬢は必死に涙をこらえながら絞り出した、ように聞こえる声で続ける。 


「あ、あれが注意だなんて言うんですか? あ、あたし、とっても怖かった……! 平民上がりだからと、酷い言葉で罵られて……っ! それに……上位貴族の方に『学院に相応しくない』なんて言われたら、学院に来るなと言ったも同然じゃないですか! あんなの、権力を使った排除とおんなじです!」


 勇気を出して真っ直ぐ抗議をしている、という体でわたくしを見るシェリリエ嬢の姿は、前後なしに見ればまあ健気にも見えなくもない。

 それに、わたくしにそのつもりはなくても言い回しがよろしくなかった、と思わせようとする誘導の仕方も小賢しいとは思うけれど、言った言われた問題は本来なら本人たちにしかわからないことなので言ったもの勝ちではある。

 無駄にそばにいるだけの男どもより、とっさにこれだけ反撃できる機転と度胸があるだけ、彼女のほうがいくらかマシかしらね。

 彼女への評価をわずかに上方修正はしたけれど、残念ながらそうはいきませんのよ。


「誤解をさせてしまったのは申し訳ありませんが、お言葉は正確にお願いいたします。わたくしは『婚約者の決まっている異性相手に、肌を密着させるような行為はお止めなさい。学院に相応しい、節度ある距離感を保つように』と申し上げました。確かに学院に相応しくない態度であると咎めはしましたが、これが退学を勧める言葉に聞こえますでしょうか?」

「そ……そんな言い方してなかったです!」


 シェリリエ嬢は「怖かったんですから!」と震えながら首を振ったが、わたくしは「いいえ」と首を振った。


「わたくしの発言については証人がおります。公平性についても、もちろん保証できる方ですわ」


 わたくしがシェリリエ嬢に声をかけたのは、図書室での一件のみ。そしてそれは、職員の誘導と遠巻きながら立ち会いがあってのことだった。

 こうなると、陛下に釘を刺された通りに静観していたことに意味も出てくる。わたくしはその後一切シェリリエ嬢には接していないし、学院内では必ず誰かしらが側についていたし、その証明も可能だ。


 シェリリエ嬢もさすがにそれ以上この方向での反論はまずいとわかったようで、さっきまでのうるうる叱られ子犬顔にほんのり焦りの影が浮かんでいる。

 危険性どころか彼女の反応にも気付いていないのは「黙れっ」と相変わらず叫ぶしかない殿下くらいだろう。

 

「そなたの用意した証人など、信用できるか! どうせそなたが口裏を合わせさせて――」

「だ、駄目です殿下っ」

「抑えて……!」


 相変わらずの短慮でトリアンリート殿下が叫びそうになったのを、側近もどきたちが慌てて制止したが、遅きに失している。

 先程も言ったように、学院理事長を勤めているのは前ゲンカック公爵。つまりその配下にあたる職員のことを「侯爵令嬢の権力に屈しているのだろう」だなんて疑うことは、間接的に前ゲンカック公への侮辱にあたるのだ。

 殿下が口を開いた時点で声を被せるなりすべきでしたのに、本当に判断の遅いこと(使えないヤツら)


 「もう、宜しいですか?」


 区切りをつけるように、ふう、と静かにため息を吐き出してきちんと背筋を伸ばし、じとり、と白けた目を殿下たちへまっすぐに向ける。


 そういえば、真実の愛とやらの物語の中では、恋人たちふたりの前に立ち塞がる敵役の令嬢という役どころに、名前がついていましたわね。


 ――悪役令嬢と言ったかしら。


 内心で沸き上がる笑いに口の端があがりそうになる。

 確かに、今のわたくしは彼らの野望を打ち砕かんとする悪役に違いない。そう思うと、わたくしの興も乗ろうというもの。

 

「皆様の卒業記念パーティーを台無しにしてまで、このような茶番でわたくしを貶めようとなさるとは。大人や先生方のいらっしゃらない機会を狙ったのでしょうが、浅はかと言わざるを得ませんわ」

「……っ! 黙れ!」

 

 皮肉もなしのド直球にぶっぱなせば、狙いどおりに殿下はその整った顔を炙られたかのような赤に染めた。


「貴様は……っ、……!」


 わたくしに指を突きつけたまま、声を荒げかけたトリアンリート殿下の口がはくはくと音もなく動いた。恐らく、吐き出す台詞がすぐには思い付かなかったのだろう。

 こうしていると、最初の婚約破棄宣言から続く口上が、前もって準備されていたことは明らかだ。


 そもそも殿下の語彙は、そのほとんどがシレー子爵が用意した書物たちが学習元。苛立ちや単純な怒りはともかく、口汚く罵ったり誰かを攻撃する言葉を学ぶのは難しかったはずだ。


 きつく握られた拳から、その激情がよくわかる。時間としてはほんのわずかな間ではあったが、反射的に怒鳴り散らさずに抑えているのが正直意外で、わたくしも畳み掛けることをせず待っていれば、一瞬眉をぎゅうと寄せた殿下は改めて口を開いた。

 

「侯爵家程度の分際で未来の王太子を愚弄するとは! 潔く罪を認めてシェリリエに謝罪すれば側妃くらいにはしてやろうと思っておったが……」 

「あなたの妃などこちらからお断りです」


 トリアンリート殿下のよく響く声に被せるように言って、わたくしは努めて静かに続けた。


「婚約は破棄で結構ですわ」


 口にしてから、どしりと重たいものが腹に落ちてくる鈍い感覚と、反対に背中の辺りから強ばりがぱりぱりと剥がれていくような解放感とが同時にやってくる。

 

 父の言っていた"いましばらく"の時が、終わったのだ。

 卒業生のみのパーティーであっても、ここにいるのは国内の貴族子息女。一部はすでに爵位を継いでいる者もいる。そんな彼らの前で王族が婚約破棄を宣言し、ヒーデル侯爵家の娘がそれを受け入れたことは、もはや取り消しようがない。


 わたくしの役目は、ここで終わったも同然だ。

 あれほど苦労ばかりであったのに、心が名残を惜しんでいるのを複雑に受け止める。


 こんなふうに唐突に終わって、わたくしは満足なのかしら?

 かつてトリアンリート殿下に挑んだ日のことを忘れてはいない。すぐに消えるだろう仰った殿下に「いただいた役目を投げ出すことはしない」とわたくしは啖呵を切った。

 それが、こんな中途半端に断ち切られてしまうのは、それも、どこかで用意されたかのような台詞だけで終わらされてしまうのは、歯痒く無念――というか、なんでしょうね、なにやら……腹が立って(ムカついて)参りましたわ。

  

「ヴェリアルデ•ヒーデル!」


 そんなわたくしの内心になんて当然気付いたわけもなく。トリアンリート殿下の、わたくしにしかわからないぐらいにほんのわずか上擦った声が、高らかに響く。

 

「貴様の態度、本来ならば反逆罪で死罪にしてもよいところだが、元婚約者への慈悲として不敬罪に留め、身分剥奪の上、国外追放に処す!」





  

 

「おいおいおい何言ってんだ」


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