14.その喧嘩、受けて立ちましょう
「ヴェリアルデ・ヒーデル侯爵令嬢に告げる!」
それは、マンナーカノ王国宮殿の舞踏会場で行われていた、国立貴族学院の卒業記念パーティーの最中。
卒業生のひとりであり、パーティーの主催側でもあるわたくし、ヴェリアルデ・ヒーデルの婚約者であるトリアンリート・マンナーカノ王子殿下が、華やかな祝いの空気をカチ割った。
打ち合わせにない突然の状況に、楽団がその手を止める。
「そなたは嫉妬のあまり、ここにいる我が親愛なる友、シェリリエを傷付けたな。平民上がりと嘲笑し、陰湿なる嫌がらせを行い、果てはその権力で学園から排除しようとしたことはわかっている」
しん、と静まった会場のど真ん中。
他の生徒たちを割ってわたくしの前に現れたトリアンリート王子殿下は、ご自身の側近であるハンパノ侯爵家とパートセン伯爵家のご子息を背に、そしてアウトナー男爵家の養女シェリリエ嬢を腕に引っ提げて、勝ち誇った笑みを浮かべている。
わざわざシャンデリアの明かりがよく当たる場所に立ち位置を調整されたらしい。絹のような光沢を持つ彼ご自慢の金糸の髪が美しくきらめいた。
麗妃シェリアーナ王妃殿下譲りの華やかに整った目鼻立ちに、トルパリア陛下と同じ煌めく金の髪と鮮やか新緑の目は、これ以上ないほど完璧にはまっている。長い手足とすっきりした上体は、細すぎることもなくバランスが良いので、盛装するとたいへんな見映えだ。
マンナーカノのみならず大陸中探しても特出して美しいと確信できる彼の容姿は、こうして背を伸ばし堂々としていると物語の王子様そのものだ。
――本当に、見た目だけは最高峰ですのよ。
「そなたのような罪深く心根卑しい女、将来の国母とは認められん! そなたとの婚約は今日をもって破棄する!」
しん、と室内は静まり返り、トリアンリート王子の声の余韻だけが反響する中、深々と溜め息を吐き出したいところをぐっと飲み込んで、わたくしは茶番劇の中央に立った。
このタイミングを選んだのは恐らく、大人たちの目を避けるためだったのだろう。誰が計画したのか知らないが、彼らにも自分たちのしていることがマズいことだという認識はあるらしい。
いや、それがわかっているなら、なんで実行に移したんですの?
とはいえ、思考停止しているわけにはいかない。すぐさまわたくしが目配せを送ると、ミリシア嬢は重たいドレスを着ているとは思えない足捌きでささっと遠ざかって行った。王宮の担当役人へ通報に向かったのだ。作っていてよかった、緊急連絡体制。
悲しいかな、これまでの殿下対策で鍛え上げられた組織力で、静かに、速やかに会場の中を散らばった級友たちが、わたくしに指示を求める目線を送ってくる。
どんなに頭の痛いことであっても、ため息をつきたいような状況でも、もはや事態は動き始めてしまった。
ならばわたくしも腹を括るほかない。
あらゆる思惑と段取りすべてをぶち壊しているとは思いもよらず、その中心で堂々とトンチキな振る舞いをする殿下と対峙する。
「すべて身に覚えのないことにございます」
***
会場中から卒業生たちの視線が痛いほど集まってくる。
わたくしたちを囲む輪は、下世話な関心から単純な好奇心、ただの観察と不安、無関心と、受け止め方がグラデーションのようになっているようだ。
特に手前に陣取る学生たちが殿下と同じ下位級なのがお察しというところだろう。クスクスニヤニヤと溢れる悪質な笑い方は期待が隠せていないが、彼らは「誰」を囲っているのか理解できていないのでしょうね。残念だこと。
ぐるりと一瞥だけをやって、わたくしは改めてトリアンリート殿下をまっすぐに見つめる。
「それは本当に調査をされた上での発言でしょうか? そもそもそちらの方について、わたくしは殿下よりご紹介いただいてございませんが……」
「黙れ!」
わたくしの視線に怯むでもなく、殿下の苛立たしげな声が遮った。
「この期に及んで知らぬなどという虚偽が通ると思ってか。第一、ただの友人であるシェリリエをわざわざそなたに紹介などするわけがないだろうが。婚約者程度の分際で私の交遊関係に口を出すつもりか? わきまえろ」
噛みつくような反応に、はんっと心の中で鼻を鳴らす。
口を出すつもりなら最初っから出していますけど?
第一、婚約者程度とか言うけれど、わたくし殿下の代行権限者でもありますのよ? シェリリエ嬢のことを抜きにしても、交遊関係を把握する必要があるに決まってますでしょう??
あらゆる反論が口からべろっも出かかったのをなんとか飲み込む。
売り言葉に買い言葉で返しては駄目だ。わたくしと殿下では、ただの口喧嘩になってしまう。表面上は顔色を変えないようにしながら続ける。
「ただのご友人であるなら尚のこと、ご紹介いただいてもいないのになんの嫉妬をすると言うのです。わたくしが彼女を傷付けたと仰るなら、その証はございますの?」
「証など、本人がされたと言っているのだからそれで十分だろう!」
んなわけあるかい。
「……ご冗談を」
うっかり飛び出掛けたツッコミを、薄めた目で誤魔化す。
「被害者の証言のみを基準としてしまっては、不当に貶められる者が出て参ります。それ故に、罪を問うには第三者も納得できる証拠というものが必要なのでございます」
「またそのような屁理屈を」
懇切丁寧に、ついでにあえて小難しく聞こえるような言い方をすると、案の定、トリアンリート殿下は嫌そうに眉を寄せた。
「そなたのことだ、証拠など残さぬようにしたのだろう。狡猾な女狐め」
他人が聞いたら無理筋な反論だけれど、遠巻きに同級生が目を泳がせたのが見えた。殿下もわたくしがその手の立ち回りにおいて有能であると認めているからこそ、そう口走られたのだ。
そうでしょうとも。
定例のお茶会で、親睦を深めるどころかふたりして休憩時間に使っていたことを、シレー子爵とわたくしたち直属の侍女以外には隠し通した。
学院への入学当時、城内の高官たちから暴君と名高かった殿下が、それを知らぬ学生たちの中で"気位が高い"とか"王族らしい"などという評価を受けたのは、わたくしの手回しと指導の賜物だった。
だから「わたくしが証拠を残す可能性が低い以上、シェリリエ嬢の証言は一定の証拠能力を有する」という殿下の判断は、実は理屈が通っていなくもない。
――やはり、そうなのでしょうね。
なんともいえない納得を噛み締め、わたくしは爪先にぎゅっと力を入れた。
やっていることの非常識さに惑わされそうになるが、トリアンリート殿下の主張にはなんのかんのと一貫性がある一方で、行動そのものには彼らしくないちぐはぐな点があるのだ。
彼の癇癪に付き合ってきたわたくしは、知っている。
こういう言い方は語弊がありそうだが、トリアンリート殿下は案外に素直なところがある。考えなしだと言われる行動は、その素直さに直情的な性質が悪く作用してしまうのが起因であることも多い。
そもそも、突然始まったこの状況に、何となく既視感があったのだ。
以前わたくしの侍女が勧めてきた、真実の愛に目覚めたふたりが苦難を乗り越えなんとかかんとかという物語で描かれていた最高潮が確か、こんな感じだったと思う。
主人公と真実の愛を交わした相手は、味方たちと共に最大の障害となる存在、いわゆる「悪役」となる婚約者と対峙する。そうして正しき愛の力で婚約者の悪事を断罪し、主人公たちは晴れて結ばれる、というようなシーンだった。
つまり、"そこ"からもうこの茶番劇の下準備が始まっていたのだと、透けて見えた悪意にわたくしの腹のあたりから黒く焦げ付くような感覚が広がっていく。
――なんだか、無性に腹が立ってきましたわね。
トリアンリート殿下は回りくどいことが苦手だ。
わたくしに喧嘩を売るならば、直にやって来るだろう。
つまりこれは、彼を"使って"わたくしに傷をつけようとしているということだ。
その喧嘩、買ってやろうじゃありませんか。
学院で避けられるようになった期間より、公式行事のための特訓に費やした時間のほうが長いのだ。
どういう態度なら殿下がどう反応するか、わたくしはよくわかっているのだ。誰がどう殿下を動かしたのか、その態度から引き出してやろうじゃないの。
そう、内心で気合いを入れたところで、割って入る声があった。
「あたし、怖かったです……」
シェリリエ嬢だ。
トリアンリート殿下の腕にしなだれかかりながら、うるうると潤ませた目でこちらを見上げてくる。
「何をされても、あたし、平民だから、逆らえなくて……あっ、そんなに睨まないで……っ」
ちょっと、そちら様は黙っていていただけます?
本当に空気の読めないお嬢さんですわね。
やっとここまできた感じです
短編版より少し分厚くなりました




