13.その笑顔がちょっと可愛いと思ったのは秘密でしてよ
「まあヴェリアルデ様! デートですね!」
「えっ?」
「えっ??」
思わず声をあげると、わたくし以上にびっくりした侍女が、鏡越しに「信じられねえこいつ」みたいな顔をしていた。
「城下町への同行なんて、デートのお誘いの定番ではないですか」
「……ふたりっきりで出掛けるわけではなくてよ?」
相手は隣国の王族で、わたくしも王子の婚約者。護衛はもちろんのこと、側近だって同行するのだ。第一、ドミトリウス殿下は余計な誤解を招くような真似をするような方ではなくてよ。
そう言うと侍女の目が「お嬢様にはがっかりです」と言いたげにしている。うちの侍女は主人に向かって遠慮がなさすぎでは。
「身分を隠した高貴な方が、婚約者に冷遇されている令嬢に同情し、彼女を慰めたりする内にその魅力を知って思いを寄せるようになり、さりげなくデートに誘う……なんて物語の定番ではないですか」
「不貞ではないの。高貴な方でしょう? ご自身の婚約者が黙っていないのではなくて?」
「こういった物語では、高貴な方は何かしらの理由があってそういった相手がいらっしゃらないものです」
まあ確かに、そういう方もいらっしゃるのは確かだ。例えばドミトリウス殿下も婚約者はいらっしゃらない。オートナリ帝国は大国の宿命として外交案件での婚姻がいつ起こってもおかしくないため、継承権の低い王族は適齢期ギリギリまで婚約者を持たないでいることが多いのだ。
一応そのあたりはおさえてあるのか、と思っていると侍女は楽しげに続ける。
「秘かに思いを寄せ会うふたり。しかしとうとういわれなき罪を着せられ、婚約破棄されてしまうご令嬢! そこへ颯爽と高貴な方が求婚を……!」
「……そんな物語が流行っているの?」
興奮しているところ申し訳ないけれど、あまりに突拍子もなさすぎない??
思わずツッコミを入れると、侍女は微妙な顔をして首を振った。
「……いえ、流行っているのは……」
「最近の流行りは、真実の愛の物語ですね! 平民出の少女が高貴な方と運命の恋に落ち、高貴な方の婚約者からの嫌がらせや、身分差による様々な苦難をその真実の愛で乗り越えるのです!」
後ろに控えていたもうひとりの侍女が力強く言った。
いや。それこそ不貞ではないの、と言う言葉が再び口から出かかったが、それよりも早く。
「ロマンスにしてもさすがに夢見がちすぎるのでは?」
「有り得なさでは良い勝負なのに、変に現実っぽくするより夢がある方が良いじゃないですか」
ふたりの侍女の間で静かな火花が富んだ。もしかすると片方は流行りもののアンチテーゼ的な方向性なしれない。
どちらにしたって非現実的じゃないの、と思ったが、ふたりによると「そんなことはわかった上で楽しむもの」であり「どちらがよりロマンがあるか」というのが重要なようだ。
正直まったく興味はなかったが、話し合いの結果、ふたり厳選の一冊を読み比べさせられることになったのだった。どうして。
***
と、まあそんなこんなあって、迎えた数日後の休日。
視察のように大袈裟にしたくないということで、わたくしたちは一般人に紛れるような軽い変装をして城下町へ繰り出していた。
幼い頃から貴族としてしか生きてこなかったわたくしたちに、完全な庶民のフリをするのは無理ですので、そこそこお家柄の良い学生たち、という装いだ。
侍女たちは「デート楽しんできてくださいね!」と盛り上がっていたけれど、離れた位置には護衛もいるし、ドミトリウス殿下には側近のライトレイ・ツンデレーテル子爵とレフダーク・ノーキンカモ伯爵令息。わたくしの同行者にはミリシア・バリツエー伯爵令嬢が同行しているので、彼女たちが期待しているデートとはほど遠い状況だ。
それでも、普段は家の名前や肩書きを意識しなければならないところ、別の人間としてそういうこを気にせず振る舞えるのは心踊るもの。
特に、我が国の来賓であり、国の顔を背負う王族であるドミトリウス殿下はそれはもうご機嫌な様子だ。
あれをしよう、これを見よう、と時にはしゃぐあまりわたくしの手を掴んでしまってミリシア嬢に咳払いされたり、我が国で人気の"ふたりでわけあって食べる飴細工"を見つけては目を輝かせていらっしゃる。気のせいか周囲の空気まできらっきらだ。
もちろん、わたくしにとってもその解放感たるや素晴らしいもので、屋敷に来る商人が決して持ってこないような露天の小物や、素朴な紐編みのアクセサリーをミリシア嬢と見比べたりときめいたりして堪能している。
……好き勝手にうろつくわたくしたちに、護衛たちはさぞ気を揉んでいたろうから、後でしっかり労わなくてはなりませんわね。
そうしてたっぷりと人通りを楽しんだあと、ドミトリウス殿下の提案で落ち着いたカフェで休憩を取ることになった。
下調べ万全のミリシア嬢の推薦で訪れたカフェは、奥のスペースが植物や衝立で空間が区切られており、あまり人目に触れずに少人数で会話を楽しむことができそうな作りをしている。
衝立のそばのテーブルは従者が座るのにもちょうどいい。なるほど、貴族向けですわね。
その一番奥にあるふたりがけのテーブルで向かい合うと、殿下はゆったりと紅茶を傾けながらしみじみと口を開いた。
「さすが"中央の大船"と言われるマンナーカノの王都だな。すばらしい華やかさと賑やかさだ」
素直な感嘆がその声にはある。
国の規模としては殿下の母国のほうが格上ではあるが、マンナーカノは地理的にも大陸の中心にあり、地理的な優位さもあって旧くから近隣諸国の交易中継地だ。
様々な人や商品が行き交いするので、その中心点にあたる王都は特に各国の文化がひしめきあっている。
大陸の列強たちに囲まれながら"中央"と称されるような大都市で商売するのだから、誰もが流行りを作り、あるいは流行りにのっかり競いあうので、とにかく華やいでいて騒がしく、その喧騒を楽しむ外国の方も多いと聞く。
そんなふうに他国の人や文化が入ってくるのだから、先進的な思想に影響されてもおかしくないと思うし、もっと多様性に対して柔軟になりそうなものだが、我が国の人間は他文化に寛容ではあるが一歩引いているというか、栄えている都市ほど伝統を重んじる傾向が強い。
多様な文化の流入が、かえって自国の人間を保守的にしているのだから面白い。
「それは国のアイデンティティに関わるからだろうね」
「他国に影響されすぎて、自国のらしさが揺らぐことに危機感を覚えるから、ということでしょうか?」
「それもあるだろうが、文化的侵略を警戒している面もあるんだと思う」
侵略、という強い言葉に驚きつつも、興味深く目で続きを促すと、紅茶を一口挟んでドミトリウス殿下は続ける。
「宗教や思想に比べて、文化というのは商品という形で入ってくるから分かりにくいけれどね。簡単な例だと食事かな。海のない国へ、海鮮を日常食にまで浸透させるとどうなるかっていう」
「なるほど。輸入依存と、それに伴って力関係の変化が起こるのですわね?」
「そういうこと。後は、マンナーカノ王国の場合は立地の問題もあるかもしれないね」
「文化がひとつの国に寄りすぎると、その対立国の心証を悪くする、と」
「さすがヒーデル嬢、理解が早い」
殿下の嬉しそうな声に、わたくしもつい笑みがこぼれた。
父を除けば、こんな可愛げのない話題に嫌な顔もせず、しかも有意義な会話が成立できる殿方はいない。
王族らしい俯瞰的な視野はとても勉強になるのでついあれこれと質問や意見交換で盛り上がってしまったが、隣のテーブルから残念なものを見るような複数の視線が飛んできているのに気が付いた。
……カフェでするような話ではありませんでしたわね。わたくしは殿下を接待する側ですのに。ごまかすように、こほん、と小さく咳き込むふりをした。
「失礼いたしました。こういった話を交わせることは滅多なく、つい……楽しくて」
「それは光栄」
ふふ、と笑ったドミトリウス殿下の眼差しは柔らかく、なんだかドキッとするような艶がある。
妙にどぎまぎとしていると、ドミトリウス殿下はそっとカップをソーサーに置いて目を細められた。
「少しは気が晴れたようで、よかった」
「……お気を使わせてしまいましたか」
「気晴らしがしたかったのは、私も同じだから」
どうやら、教室でのわたくしが塞いでいると気にしてくださっていたようだ。城下町を見たいと言うのは、わたくしを連れ出す口実でもあったのだろう。
否定はせず、しかし押し付けるでもない。本当は原因を教えてほしいからあえて口にしたのだろうに、何かあったか、と無理に尋ねてくることもない。
その態度は、社交のためだけではない気遣いがあって心地がよい。
思えば、わたくしはこんな風に異性から扱われたことはなかった。
早々に王子との婚約者が決まっていたわたくしを誘うような殿方はいないし、その婚約者だって、お茶会以外で会う機会を作るどころか花のひとつも贈らないような、女性扱いなんてこれっぽっちもわかっていない男だ。
わたくしの婚約者が、ドミトリウス殿下のような方であればどうだったのだろう。
王族の一員になる煩わしさは一緒でも、聡明で気遣いもできる彼とであれば、もっと良好な関係が作れたのだけは間違いない。それに――……
ふと、先日わたくしの侍女が勧めてきた物語のことがよぎってしまい、心中で首を振った。
意識してしまうのは、誰かしらの思うつぼのような気がする。
そう。
少し前から、一部の下位貴族たちがふたりの恋物語を美談かのように持ち上げようとしているとは聞いている。
吹聴して回っているのはトリアンリート殿下の取り巻きを中心とした最下位級の学生たちだが、その出所を辿れば、トリアンリート殿下の母君のご実家であり、ヒーデル侯爵家とは対立関係にあるエラーソナ公爵家であるようだと、級友たちの調べでわかっている。
その主役にまつりあげられているシェリリエ嬢はと言えば相変わらず、殿下にべったりと引っ付いている。あわせて、わたくしの悪口? のようなものを頑張ってでっち上げようとしているようだ。
こちらのほうにもエラーソナ公爵の影が見えてはいるが、さすがに内容がしょぼすぎるので、追加の嫌がらせといったところでしょうね。
そして肝心のトリアンリート殿下は相変わらずわたくしを避けたいようで、お茶会はずっもすっぽかしているし、シェリリエ嬢や取り巻きとつるんでどんどんその素行を悪化させていると聞く。
暴力沙汰こそ起こしてはいないらしいけれど、最近では、トリアンリート殿下は彼らに誘われて授業放棄までされているとのこと。学院に何をしに来ているのかしら、彼らは。
まったく。わたくしや学友たちが我が国の醜聞をドミトリウス殿下の耳に入れないようにどれだけ労力と気力を割いていると思っているのか。
わたくしたちから、本当ならば得られたはずの、充実した学院生活というものを、どれほど損ねているのか。
わたくしは命じられた通りに非干渉を貫いているので、彼らのやらかしの報告を受け、対策指示を出すに留めているが、時折、その横っ面をひっぱたきに駆け出したい衝動にかられた。
ぜんぶ、ぜんぶ、台無しにしてやりたい。
その結果、真っ黒な腹でとぐろを巻いている蛇たちのうちの誰かの舞台で踊らされることになっても知るものか。
そう思いつつも、両親や領民を巻き込むわけにはいかないと、わたくしの淑女としての矜持と理性が踏みとどまらせた。
なにより、関係ないドミトリウス殿下を巻き添えにはしたくない。わたくしがケーキを口に運ぶ姿を、なんだか嬉しげに見つめる柔らかな笑みを曇らせるのはしのびないし、何よりわたくしが、彼の前で醜態を晒すのは嫌だと感じている。
――後少し、あと少しの辛抱ですわよ、ヴェリアルデ。
ドミトリウス殿下に、楽しい時間を過ごせたことへのお礼をし、更にそのお返しにと街へ繰り出したのは2ヶ月後。
その後も学業の合間、トリアンリート殿下のやらかしをドミトリウス殿下の耳に入れないように奮闘しつつ、いつの間にか毎月の習慣になったドミトリウス殿下との街に出たり大図書館で勉強会などして過ごしながら、わたくしは自分に言い聞かせた。
後少しだけ我慢すれば、学院生活は終わる。
その後、卒業を迎えられたドミトリウス殿下がご帰国されれば、わたくしとトリアンリート王子の婚約について、そしてその裏で蠢く大人たちの政争も本格的に動き出すだろう。
父の言う「いましばらく」の後に始まる激動の予感に、わたくしも覚悟を決めなければ――
………と、思っておりましたのよ。
ところが、ですわ。
「そなたとの婚約は今日をもって破棄する!」
なんと現在、よりにもよって卒業生による記念パーティーで、やらかしてくださっておりますのが、我が国の第一王子殿下にしてわたくしの婚約者殿ですわよ!!
何気に側近のフルネーム初公開です
もうちょっと捻れば良かったな、と思う反面
結構しっくりきた気がします




