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国外追放とか、簡単に言うけれど【連載版】  作者: 逆凪まこと
婚約破棄とか、簡単に言うけれど

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16/17

12.理解と納得は別物ですわ

今回は少し長くなりました

 

「えっ、ヴェリアルデ様? おひとりでどうされたんですか? あ、トリアンリート殿下に相手してもらえないからおひとりなんですね!」


 神経を逆撫でするような、高い声が響く。

 砂糖を煮詰めて焦がしたような、甘ったるくも苦い声の主、シェリリエ・アウトナー男爵令嬢は、周囲にさりげなく視線を巡らせながら、きゅっと両手を胸の前で組んで見せた。


「殿下にエスコートしてもらえないからって、わたしに意地悪するつもりなんですねっ? 嫉妬はみっともないと思いますよっ」


 どういたしましょう。

 彼女と対峙することを決めたのはわたくしでしたけど、

くるんと一回転して飛んでったようなシェリリエ嬢の戯れ言に、意気込んでいたわたくしの気力がぜんぶ流れ落ちてしまいそうだった。


 それでも、彼女と概ね一対一になれる図書室の一角(公共の場所)に誘導してくれた教職員の遠巻きな視線に応えるべく、表情をぎゅっと固定し「これは何度も注意されていると思いますけれど」と前置きして続ける。

 

「婚約者の決まっている異性相手に、肌を密着させるような行為はお止めなさい。学院に相応しい、節度ある距離感を保つように……貴族の振る舞いがわからないと言い訳できる年ではありませんわよ」


 子供じゃないんだから弁えなさって、と選んでトゲのある言い方をしたが、シェリリエ嬢はうるっとその目を潤ませた。


「ヴェリアルデ様ひどいです。ご自分が構ってもらえないから、そんな意地悪をおっしゃるんですね? それとも、わたしみたいな下位貴族に、婚約者を返してなんて恥ずかしくて言えないからそんな言い方を?」 


 ……本当にどういたしましょう、この方。

 わたくしが本当の意味で婚約者であるなら、煽りとしてはかなり上手いというか、短気な方なら淑女であっても平手打ちのひとつもかましたくなるようなムカつき具合はいっそお見事だ。 

 が、それをわたくしに発揮されても見当違いも良いところ。トリアンリート殿下にそのあたりの事情は説明されていないんですの?

 なんだか相手をするのが面倒になってきましたわ……


「わたくしのことは関係ありません。あなたや側近の皆さまの態度は、そのまま殿下の評判に関わりますのよ。貴女がこのまま殿下の傍に侍りたいのであれば、その地位の危ぶまれることは……」

「はべるなんて! そんな言い方ひどいですぅ!」


 それでもなんとか気を取り直して冷静に話そうとしていたというのに割り込んで来たシェリリエ嬢は、涙目をこしらえながら口許が密かに笑っていた。


「……トリアンリート殿下はこの国唯一の王子様なんですよ? 地位が危ぶまれる、とか、無理筋な理由すぎ」


 周囲を気にしてか、小さく落とされた声には嘲笑が見え隠れする。まあこちらが彼女の本性なのでしょうね。存じておりましたが(知ってた)

 呆れて物も言えないでいるわたくしのことをどう思ったのか、シェリリエ嬢はわざとらしく顔を覆って俯いた。


「ヴェリアルデ様は、トリアンリート殿下と仲の良いわたしのことが邪魔なんでしょうっ」


 高い音は室内に良く響くと分かってやってらっしゃるのでしょうね。隙あらばわたくしを悪者に仕立てようとなさるその労力を、どうしてもう少し有益なことに使えないのでしょうね。

 

 話も通じていない様子に、さすがに職員も放ってもいられなくなったらしく、苦情を受けてきました、という風を装って近付いてきた。


「あー……そこのふたり。図書室で静かに出来ないなら、退出してもらえないか」

「あっ、ご、ごめんなさい!」

「お騒がせして申し訳ございません。退出いたしますわ」


 その言葉に甘えて、わたくしは声をかけてくださった職員にさりげなく視線で礼を投げて図書室を後にしたのだった。



 ***



 その顛末はどのような経路で伝わったのか。

 後日になって、わたくしは両親と共に王族専用の応接の間に召喚されていた。


 他国の王族との面会にも使用されるほど格式の高い部屋だ。大貴族である両親は平然としているが、わたくしは場違い感による緊張を噛み殺すので精一杯だ。

 そんなわたくしに、従者一名のみを連れて室内に入ってきたトルパリア陛下は「楽にして良い」と許して対面のソファに腰掛けた。


「そう畏まる必要はない。そなたはいずれ我が娘になるのだから」


 親しげな顔、優しげな声だが、騙されてはいけない。

 これは、わたくしがトリアンリート殿下の婚約者であることは揺るぎなく、その自覚を忘れることの無いようにという忠告だ。

 肩に力が入ったわたくしの横で、わざとらしい咳払いがひとつ漏れた。


「我が娘とは、少々気が早いのではありませんかな?」


 父、ヴェルシュナーだ。


「この子は我がヒーデル侯爵家の至宝。手放すのを(まだ娘を)惜しむ親心がいつ(やるとは言って)勝るとも限りませぬ(ないですけど?)


 副音声駄々漏れな父の言葉に、陛下の従者がピリッと眉を寄せた。が、陛下は変わらない笑みで、ことりと首を傾げて見せる。


「おや、ヴェルシュナー殿は左様に子煩悩であったかな。貴殿がそうも自慢とする娘だからこそ、王家という格が相応しいとは思うが如何か?」

「私は貴族であるのと同時に、家長として家族を慈しむ者でもあります故。身の格より娘の幸福をこそ思っております次第」 


 ふたりの遠慮のないやりとりに、わたくしは目を瞬いた。学友と聞いていたけれど、父と陛下は思っていたより親しくしていらっしゃるのかしら。

 すると、逆隣では扇子を広げる音がして、おっとりとした母、リルディアの声が「ふふ」と軽やかな笑い声をこぼす。


殿方というのは(じゃれあってないで)いくつになっても(さっさと本題に入れ)仕方のないこと」


 笑っているが、声は苛立ちが隠せていない。

 ふたりはぱっと居ずまいを正し、陛下の目がわたくしへと向けられた。


「急な呼び出し、相済まぬ。学院ではそなたに苦労をかけておるというのに、なかなか労いも出来ずにすまなく思っている」

「……とんでもないことでございます」


 恐縮と頭を下げたが、今になっての呼び出しはそれが理由ではないだろう。はたして、陛下は「そなたは良くやってくれている」と声だけは穏やかに続けられた。


「隣国の皇弟という大物相手、本来であれば王宮から人をやるべきところであるが、学院へ役人どもを歩き回らせるわけには行かぬ。そなたという逸材が学生であることは幸運であった」


 ドミトリウス殿下への対応には満足いただけているようで、学院内でのフォローや情報の制御などについてお褒めの言葉が続いた。実際に成果となっているのでそれ自体は本心ではあるのだろう。

 それを素直に喜べたなら良かったが、案の定「だが」に続いて本題が来た。

  

「いかに優秀なご令嬢であろうと、斯様にいくつも心砕くのは苦労があろう。我が愚息の補佐ついては、契約の通り公式な場でのみで構わぬ。そなたが心煩う必要はないのだ」


 労るように振る舞っているが、要するに先日わたくしがシェリリエ嬢と相対したのは、陛下にとって余計なことだったのだろう。改めて「王子の問題には手を出すな、静観せよ」とわたくしに釘を刺すのがこの呼び出しの目的であるようだ。

 ぎゅう、とわたくしが無意識に掌を握りしめていると、父の纏う空気がゆるりと変わった。


「陛下の心遣い、痛み入ります。しかし、娘が要らぬ苦労をしているように思えてなりませんな」


 言って、がっしりとした腕を組んだ父は陛下相手にもまったく揺るがぬ態度で目を細めた。  


「我が娘に与えられた役割(・・)は陛下の申された通りトリアンリート殿下の補佐であったはず。異国の貴賓(ドミトリウス殿下)への応対こそ、余分な仕事(・・・・・)ではありませんかな」

「異なことだ。ご令嬢との婚約は我が愚息の足りぬところを補うよう乞うたもの。あれ(・・)に外交の勤まらぬことは明らかであるし、婚約者であるヒーデル侯爵令嬢の代行は職務の範疇であろう」

「あら、話を逸らされては困りますわ、陛下」


 父に続いて、母も口を開く。

 

「我が夫ヴェルシュナーは、こたびの代行については、ただひとつの問題(・・・・・・・・)を解決するだけで軽くなる荷ではないかと申しておりますのよ」


 声こそ柔らかではあるが、貴族らしい迂遠な言葉を廃した強い物言いに空気がピリっとする。


「それは順序が異なると言うものだ」


 両親からの視線の圧を向けられながらも、陛下は泰然と笑みを深めるばかりだ。


「隣国の皇弟が来訪は、愚息との婚約より()のこと。よもや王族の公務発生を想定外とは言えぬであろうが」

「故に、娘にも静観を続けよと?」

「然り」

「……現状は作為ではないと?」

「余の有り様は、そなたが良く知っておろう。結果的に令嬢に負担をかけておる件については詫びるが、未来の王子妃ならば負うべき責務とも言えよう」 

 

 陛下のダメ押しのような言葉に両親がそれ以上の反論を飲み込んだ気配がし、わたくしの内心でひとつの推論が輪郭を得るのがわかった。

   

 ――ああ、これは……政治ではなく、政争の話なのだ。

 わたくしや殿下を飛び越えた頭の上の、あるいは足下よりも深い底の。

 

 わたくしはモヤモヤとしていたものがはっきりと怒りに変わる気配に、ぎゅう、と掌を握りしめた。 



 

 

 その後、少しのやり取りを終えて王都のタウンハウスへ戻る馬車の中で「ヴェル」と父が重たい声で言った。


「お前には苦労をかける」

 それはあの日、殿下の婚約者となることが決まった日に、父が同じように口にした言葉だった。

 きっとあの時から、この現状に近い状況は父の中で想定されていたのだろう。そう思うと、わたくしはやはりまだ、子供なのだと痛感させられる。

 そんなわたくしに、父は労るように言った。


「沈黙を守るのは容易ではないだろうが、今しばらくは陛下の意に沿うように」

「それは……」

 ドミトリウス殿下の帰国まで、という意味か。

 それとも――……


 黙り込んだわたくしのことをどう思ったのか。父はそっとわたくしの頭を撫でて、当主の顔から父親へと変わると「ヴェル」と改めて口を開いた。


「お前が侯爵令嬢であることは変えられぬ。求められる役目と、責任がある。だが、お前にもお前の意志があり、信念があるだろう」 


 ゆっくりと言い聞かせるような父の言葉は、わたくしの耳に重く届いた。

 

「責任を果たして後、自身に恥ずことのない行いならば、お前の好きにするといい」



 ***



 その翌日。

 今日も今日とてトリアンリート殿下の醜聞をドミトリウス殿下の目に入れないために、級友たちと隠蔽大作戦に勤しんでおりましたが、昨日の今日だ。

 ぐるぐると頭と腹の辺りで消化しきれないで暴れるものを、表情に出さないでいるのが精一杯だった。

 

 何て考えていると、ドミトリウス殿下から「頼みがあるんだが」と声をかけられた。城下町を見学してみたいので、その同行をして欲しいとのことだ。

 了解して、帰宅後に侍女へその話をすると、髪を梳かしていた櫛を放り投げんばかりの勢いで嬉しそうな声をあげた。


「まあヴェリアルデ様! デートですね!」

「えっ?」

「えっ??」

 

 


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