11.どいつもこいつも、好き勝手ばかり
「ご両親に手紙?」
首をかしげたドミトリウス殿下に頷いて、あえて溜め息をついて見せる。
「領都は国境近くですから、時間がかかってしまうのはわかっているんですが、待ち遠しさというのはどうにもなりませんわ」
苦笑して、それ以上の追求を防ぐために故郷を探すかのように視線を窓の外へやる。
ちなみに、両親に手紙を出したのは本当だ。わたくしの今の憂いの中身そのものがしたためられているので、まるっきり嘘というわけでもない。
とはいえ、異国の賓客をいつまでも無視はできないので、切れてしまった話題の継ぎをどうするかと考えていると、ドミトリウス殿下の方から口を開いた。
「ところで……話は変わるが、ヴェリアルデ嬢は、着飾ることに興味はないのか?」
彼がプライベートな話題を選んだのは、それが許される間柄になれたよね? と確認する意味もあるのだろう。
同時に、侯爵令嬢であるわたくしが髪留めひとつ以外にほとんど装飾品を身に付けていないことが気になったようだ。
「地味だとおっしゃっても構いませんのよ」
わたくしはちいさく笑った。
「人並みに興味はありますわよ。ですが、学生は勉学が本分ですし、無闇な争いを生みたくはございませんので」
学院の生徒は、基本的に平等に扱われる。
けれど、貴族の集まる場所で序列を無視することは不可能だ。そんな中でわたくしのような大貴族の娘が着飾れば、体面を気にする家門の令嬢たちはこぞってより豪華なものを用意するようになるだろし、そうなれば、財力の差を如実につまびらかにしてしまう。
そんな不和の種を撒きたくはない。というわたくしの意図を正確に把握したらしい。
「それが貴国の処世術というやつか?」
「無用な争いを好まぬだけですわ」
正直、トリアンリート殿下のことで手一杯ですのでね!
とは流石に言えないのでにこやかに微笑んでいると、ドミトリウス殿下は感心したように目を輝かせた。
「なるほど。流石、次期王子妃ともなると他の規範たる必要があるということか」
ううん……間違ってもいないものの、こうも称賛されるとなんだか騙しているようで心苦しいですわね。なんのかんのと理屈を付けてみたものの、実のところ最大の理由が、トリアンリート殿下が贈り物ひとつ寄越さないので、飾れるものが無いんですわーなんて、言えるわけがない。
そんなことを思っていると「しかし勿体ないな」とドミトリウス殿下はちいさく笑った。
「華やかな衣装を纏ったところも見てみたいものだ。その銀糸の髪を瞳の菫色の石で彩ったならば、きっと百合のごとく美しくなるだろうな」
「勿体ないお言葉でございますわ」
社交辞令としてはちょっと大袈裟なような気もするけれど、ドミトリウス殿下の目はにこにこと柔らかで嫌味がない。わたくしはその顔を刹那眺めた。
美形、と言うのとは少し違う。性格は兎も角、ハッと目を惹くトリアンリート殿下の麗しい容姿と比較すると、ドミトリウス殿下はどちらかというと健康的で親しみやすい部類に整った容姿をされている。
きっと彼の母国では人気を集めていらっしゃることだろう。
炎のように鮮やかな赤髪と、夕焼けに似た揺れる緋色の瞳。かつては侵略王と呼ばれた先代オートナリ皇帝の若かりし頃に良く似た容貌をされているが、ドミトリウス殿下はどちらかというと理性的な面差しをしていらっしゃる。
「殿下こそ、盛装なされば大変見映えのすることでしょうね」
お世辞ではなくそう思う。
それなりに自国の式典には出られるようになったトリアンリート殿下だが、まだ他国を交える場には出せるほどには洗練できていないため、学生だからという理由で欠席されているので、必然、パートナーのわたくしも出席していない。
ドミトリウス殿下も、大きな行事では皇弟としてオートナリ帝国に帰られるので、お互いの盛装はまだ目にしていないのだ。
まあ、わたくしの立場なら、いずれは目にする機会はあるでしょうけれど。
……いや、本当にそんな機会が来るのだろうか。
そんな言葉がよぎって、わたくしはドミトリウス殿下に向ける笑みが引き攣らないように頬肉に力を入れた。
***
本人の希望による留学というだけあって、ドミトリウス殿下は勤勉で、特A級のなかでも常に上位を維持されている。
その上、わたくしのようについ口から滑り出る辛口な評論や、時に教師を言い負かすような気の強さについても寛容だし、たいていの事では表情も崩さず、誰相手でも親しみのこもった物腰を変えることもない。
かといって砕けすぎるということもなく、王族としての線引きはきちんとされていて、常に側に控えている従者たちをさりげなく間に挟むのを忘れない。
どこまでが素かわからないほどの徹底された外交姿勢の素晴らしさに尊敬を抱く反面で、わたくしの心の底にはどろどろとしたものが鬱積していた。
保安上の都合もあって、行動範囲は王宮と学院内に限定されているけれど、ドミトリウス殿下は学生ながらに『これぞ王族』という風格が漂っていて、その華やかな外見含めて人の目を惹く。
比べてトリアンリート王子は、せっかくあれだけ特訓して身に付けた礼儀作法は後退し、その粗暴さが問題になり始めていた。
シェリリエ嬢の現れた頃から彼の周りに群がり始めたクズ……学生たちが、その威を借りて好き勝手したいがためにおべっか使って彼をおだて、調子に乗らせているからだ。
今までならばわたくしがすぐにでも飛んでいって牽制し、現場のフォローに回っていたのだが、今、ドミトリウス殿下の側を離れるわけにはいかない。
そのせいで、これまでギリギリのところで制御されていたトリアンリート殿下の暴力性が、じわじわと表に出てきているのだ。
多少の傲慢さを「王族らしさのひとつ」と捉えてもらえるように繕っていたのが、ドミトリウス殿下がその範を示すものだから、わたくしがこしらえたペラッペラの化けの皮などペラッと捲れてしまうのと仕方のないことだ。
しかし、この期に及んでも、両親からの手紙を通して王家からわたくしへ伝えられたのは「静観せよ」のひとことだった。
繁忙期に重なり、領地から離れられない両親からの手紙には、わたくしを気遣うふたりの気持ちが丁寧に記されていたし、それ自体は嬉しいのだけれど、わたくしが欲しいのは慰めではない。
仮にも婚約者として、サポート役として奮闘するわたくしに対して、何か言うことはございませんの。
もちろん、わたくしも薄々気が付いてはいる。
これは、恐らく政治だ。
賢王トルパリア陛下が、ただ嗣子を得るためだけにこの現状を放置するとは、とてもではないが思えない。
舞台こそ学院の中だが、すでに事態は学生たちの範疇ではなく、大人たちのもっと大きな思惑が裏で動いているのだろう。
つまり、トリアンリート殿下は意図的に放置されているのだ。
しかしそれでは――わたくしの努力はなんだったのか。
これまで、いたらなくもトリアンリート殿下の婚約者という役割を勤めてきたというのに、まるでそれらが無駄だったと言われているようで腹が立った。
その上、ドミトリウス殿下の転入された頃からトリアンリート殿下は定例のお茶会にもまったく出て来なくなっている。
元教育係のシレー子爵や、侍女のメイラとも取り次げないところを見るに、もしかしてわたくしを避けているのではないかしら。
どいつもこいつも、好き勝手ばかり。
わたくしや、わたくしの級友たちの奮闘があって保てている現状であるというのに、その労力を押し付けておきながら静観しろとか――知ったことではないわ。
わたくしのなかで、短めの糸がぷっつりと切れた音がした。
***
「えっ、ヴェリアルデ様? おひとりでどうされたんですか? あ、トリアンリート殿下に相手してもらえないからおひとりなんですね!」
神経を逆撫でするような、高い声が響く。
砂糖を煮詰めて焦がしたような、甘ったるくも苦い声の主、シェリリエ・アウトナー男爵令嬢は、周囲にさりげなく視線を巡らせながら、きゅっと両手を胸の前で組んで見せた。
「殿下にエスコートしてもらえないからって、わたしに意地悪するつもりなんですねっ? 嫉妬はみっともないと思いますよっ」
どういたしましょう。
彼女と対峙することを決めたのはわたくしでしたけど、
斜め下にびゅんと跳ね、くるんと一回転するようなシェリリエ嬢の戯れ言に、意気込んでいたわたくしの気力がぜんぶ流れ落ちてしまいそうだった。




