10.トリアンリート殿下の醜聞隠蔽大作戦ですわ
「それは……確かですの……?」
「間違いない情報ですわ」
学期末の挨拶を終えたばかりの放課後の教室にて。
わたくしの友人であり将来の王妃付き女官候補であるミリシア・バリツエー伯爵令嬢が、真剣な顔で頷いた。
この学年に、今年から隣国オートナリ帝国皇弟、ドミトリウス・ジル・オートナリ殿下が留学生として編入なさると言うのだ。
「……もちろんこの級ですわね?」
「ほぼ間違いないかと」
特A級は、貴族学院での成績最高位者のみが在籍できる級だ。
実力主義をとっている我が学院では級の選定に爵位を問われないが、勉強の得意な秀才や、頭の出来が違う天才を別とすれば、幼い頃から教育に豊富な人材と金をつぎ込める高位貴族がほとんどの席を埋めている。
当然ながら、強大なオートナリ帝国の皇族で、他国へも優秀と伝わるドミトリウス殿下がその中に入れないはずもない。
……まあ、我が国で最も高位の王族であるはずの第一王子殿下は入れなかったのですけれど。それはさておき。
「それは、わたくしが知ってよい情報ですの?」
「父からは、ヒーデル嬢にお備えをお願いするよう内密に言付けられております」
「なるほど……」
ミリシア嬢のお父上、バリツエー伯爵は我が国の外務大臣だ。そんな彼が独断で国家間の機密に近い情報を学生に渡せるわけはないから、もしかすると陛下の指示でもあるのかもしれない。
学院の現状――と言うより、殿下にまつわる学院内の「問題」を何とかせよとという遠回しの指示に違いなかった。
――わたくしという個人に任せるというのは、どうかと思いますけれど。
「……致し方ありません。クラスの皆様を集めてくださる?」
ひとつ大きなため息をついてミリシア嬢へ頼むと、かしこまりました、と力強い返事があった。
***
「由々しき事態にございます」
放課後。
教室内に残っていただいた皆様に、わたくしが端的にドミトリウス殿下の留学の件を伝えると、優秀な同級生たちは、それだけで状況の深刻さがよく理解できた様子で難しい顔をした。
問題なのは、もちろんトリアンリート殿下のことだ。
シェリリエ嬢が側に侍るようになってからと言うもの、殿下とその周辺の風紀は大いに乱れている。
わたくしという婚約者がいるにも関わらず恋人を侍らせ、ところ構わずいちゃついている内はまだ良かったのだが、最近では取り巻きたちに好き勝手を許し、なりを潜めていた癇癪も再び顔を出して学生たちを困らせているようだ。
国内貴族のみが通う学院内のことであり、相手は王族。
王宮が殿下の素行を放置している以上、注意しても意に介さない彼らの事は今更どうにもできないと教職員も匙を投げたらしく、卒業まであと数年の事だからと沈黙と忍耐によって蓋をされてきた。
が、我が国の王族の不誠実で愚かな振る舞いを、他国の王族に晒すわけにはいかない。
婚約者としての役目の範疇からは逸脱しているような気もするけれど、父、ヴェルシュナーの言ったように、ヒーデル侯爵家の令嬢として、「務め」を果たさねばなるまい。
「わたくしも全力を尽くす所存ですが、所詮小娘ひとりの力では限りがあります。皆様、ご協力をお願いいただけまして?」
「勿論のことでございます」
わたくしの決意に、級友たちは真剣な顔で頷いた。
作戦としてはシンプルだ。
まず、いつどんな場面にでくわしてもいいように「級違いの第一王子に代わって婚約者のわたくしが務める」という建前でわたくしがドミトリウス殿下の側につく。
そして同級生たちはそれぞれ、わたくしへの伝達と遮蔽、誘導の班に分かれてトリアンリート殿下とその取り巻きたちの行動を、ドミトリウス殿下から徹底的に隠し続けた。
まずは耳。
「食堂は?」
「はしたない噂話が耳に入らぬよう、殿下と側近方の周辺には常に複数名を配しております」
そして目。
「廊下と中庭は?」
「お二人のふしだらな姿を目撃されないよう、誘導班と遮蔽班とで時間を擦り合わせておりますわ」
「最悪の場合、多少の粗相も辞さぬよう従者にも言い含めております」
「流石ですわ、皆様」
皆様の、ご自身、あるいは派閥の人材をフル活用した隠蔽工作は、学年や級を越えて学院の隅々にまで渡った。
国家の威信の前には、対立派閥がどうのだなんて言ってはいられない。
「しかし……学生の領分ですかね、これは」
「先生方にも協力はいただいておりますわ」
級友のひとりがぼやくのに、わたくしは苦笑した。
教職員たちとはわたくしたち特A級と殿下たちD級の接触をなるべく減らすよう、移動コースを計算の上で授業スケジュールを調整してもらっている。他にも、共通行事の組み合わせを離したりなど、生徒には力の及ばない部分で協力いただいているのだ。
が、それだけと言えばそれだけだ。最低限の注意はしても、生徒間の揉め事に積極的に介入してくることはない。
いくら「将来の貴族社会を担う学生たちの解決能力を鍛えるために自主性を重んじる」というのが学院の方針とは言え、流石に丸投げが過ぎるように感じるのは致し方ない。
「これも大人たちによる訓練、ということやもしれません」
あまり想像したくはないが、殿下が殿下のままであれば、この先、彼を王として戴くわたくしたち世代がこの国を支えねばならない。
そう考えれば、このくらいの事態はわたくしたちの力で解決できるようになっていなければならないのだ。
そう匂わせると、級友はハッと顔色を変えて真剣な顔で頷いた。
――我ながら、ひどい詭弁ですわね。
級友に向けて微笑みを固めたまま、思わず自嘲する
学院を国家の威信に関わるようなハイリスク事案を、学生の実地訓練にあてるような教育者はいないだろう。
最悪でもギリギリのところで「学生だから」と言えるレベルのものを用意するはずである。
そもそも、こんな事態を避けたいのならば、さっさと素行の悪い生徒を追い出してしまえば良いだけのことなのだ。学院にはそれだけの権力があるのだから。
にも関わらず、この期に及んでも、学院は彼らを好きにさせている。
――その意図は、何?
「……はぁ」
「憂い顔だね。何か、悩みごとでも?」
放課後。
考え込むあまり思わず漏れた溜め息に、ドミトリウス殿下が首を傾げた。
「いいえ。両親からの手紙がまだ届かないので、いつになるのかと思っていただけですわ」
最初の頃は、外交的な話題に終始していたわたくしたちだったが、トリアンリート殿下の醜聞隠蔽大作戦により、常に側にいるようにしているのだ。
わたくしとドミトリウス殿下の距離感は、一年も経つ頃にはすっかり縮まっていた。
ようやくドミトリウス殿下の登場となりました。
あと数話でヴェリアルデ編は完結の予定です。




