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コズミック・ラビリンス(CHAPTER5b:1)

 何だこれは? アルベルトのくれた攻略法には、こんなの書いて無かったぞ?


 あれか? 何時だったかの、スタッフロールが書かれた隠し部屋みたいなイースターエッグと同じ様な物か? いや、あれはシナリオが分岐する程の規模の隠し要素じゃ無かった。だが、これはチャプターその物が変化している。


 問題は、ピルグリム博士(ラスボス)を目前にして、本筋への復帰が望めそうにない分岐シナリオに入り込んでしまった事だ。これではゲームをクリアしてから、アルベルトと合流する手筈に狂いが出てしまう。


 どうする? 前回のセーブ地点からやり直すか?


 いや、それもどうだろう? チャプター5は、開始から此処まで一切セーブポイントが無かった。だから、やり直すとなると、またチャプターの開始地点からになる。攻略法片手でここまでスムーズに来れたとは言え、それなりに大変な戦闘やアクションをこなしてきた。

 いくらエナドリやロータスで強化しているとは言え、あの道程をもう一度繰り返せる自信は流石に無い。せめてリアルで一回睡眠を充分に取らないと、同じ身のこなしで動くのは不可能だろう。


 なら、セーブもしたし、一回落ちて一晩休息を取ってから、万全のコンディションで再挑戦する?


 流石に疲労が出てきたし、現実的に考えるならそれが良いだろう。だが、俺の脳の奥底から何かこう……このログインで、このゲームをクリアしなければならない。出来なければ、ゲームだけでなくリアル世界でも破滅してしまう……そんな、予感とも警報ともつかない妄想が涌き出て止まらないのだ。


 あれこれと考えてみたが、結局このまま先へ進む事にした。


 この先に何が待ってるかは判らないが、案外また本筋に復帰できる設計になってるかもしれないし、そうで無くても、わざわざこんな分岐ルートを入れるって事は、俺に見せたい何か重要な情報……例えばSWE社やセバスチャン教授……いや、ベアード=バトラーの陰謀に繋がる手掛かりなんかが在るのかも知れない。

 それに何より、ひょっとすると誰も知らないかも知れない、未知の分岐ルートを発見しながらスゴスゴと引き返すのは、やはりVRゲーマーとしての性分が許さないのだ。


 そんな理屈で自らを奮い立たせ、未だロータスがもたらす高揚感を頼りに石板の背後の壁にあった入り口から、未知の通路を覗き込んでみた。通路は粗雑な石組みで、至る所から地下水が染み出している。明かりの類いは一切無く、入り口から先は全くの暗闇だった。

 さっきのアトラク=ナクアの巣で懐中電灯を回収出来なかった事を悔やみながら、部屋の壁から突き出た鉤からぶら下がっている、手提げ型のランプを一つ手に取って通路を進んだ。


 全くの暗闇の中を、ランプのもたらす明かりだけを頼りに進む。自分の足音以外に一切の物音は無く、完全な静寂が周囲を支配している。チャプター1の最初の通路を思い出し、暗闇に潜む怪物や、通路の先に待ち受ける怪異を想像して全身に震えが走る。

 何せ、ここまでは攻略法を頼りに来れたので、先に待ち受ける敵やイベントは解っていたので、対策も覚悟も出来ていた。それが再び先行きが不明な状況に投げ出されたのだ。


 それでも、ゆっくりと慎重に進んで行くと、下に降りる階段に出くわした。ここまで何の襲撃も罠も無かったが、逆にこの静寂が堪らなく恐ろしかった。いっそ、このまま逃げ出してしまいたかったが、逃げ道などどこにも無いことは解っていたので、怯えながらも慎重に階段を下る。


 やがて、階段の幅が広がって行くにつれて、階段の先から微かなフルートの様な音色と、それに合わせる様な歌声の様な呪文の詠唱の様な男の声が聞こえて来たので、ランプを持っていない右手に拳銃を持ち、何が飛び出しても即座に発砲出来るように前方に構えた。

 そのまま更に下って行くと、今度は腐臭とも何ともつかない悪臭が漂い出し、行く手に蒼白い様な緑色の様な不気味な光が見えてきた。


 ああ、これもHPLの小説で読んだぞ。これは確か……


 唐突に、緑色の光と耐えがたい悪臭が取り巻く広大な地下空洞に出くわしたので、思考を中断して空洞を注視した。

 そこは、巨大なキノコや岩肌を覆う菌類が不気味な光を放ち、また行く手に時折吹き上がる巨大な緑色の火柱が広大な地下世界の、超現実的な空間を照らし出していた。その光景に圧倒されながらも、岩や自分の背丈よりも高い毒々しいキノコの陰に身を潜めつつ、悪臭とフルートの音、そして詠唱の声が漂って来る方へと慎重に進んだ。


 やがて、緑色に燃え盛る火柱と不浄な光を放つ菌類とに覆われた岸辺の様な場所にたどり着いた。岸辺の先にはドロッとした粘液状の黒い何かが流れていて、更にその先には火柱や菌類の光も届かない暗黒があるばかりで、何も見えなかった。


 そして、その暗黒の大河のほとりで一際大きく吹き上がる火柱を前に、俺と同じく探検服を着た男が、どこからか漂って来るフルートの音色に合わせて何かの呪文を唱えていたが、俺が更に近づくと、男は詠唱を止めてこちらを振り向き、同時にフルートの音色が止んだ。


「来たな友よ」


 まだ十メートル以上離れていたにも関わらず、その声は火柱が燃え盛る音を物ともせずに俺の耳に届いた。もう俺の接近に気付いているなら、隠れてても意味は無い。俺は茸の陰からゆっくりと歩み出て、拳銃をそいつに向かって突き付けた。


 ……神経質そうな蒼白い顔をした、眼鏡の白人の男。このゲームのオープニングムービーで見た、ピルグリム博士の顔だ。この分岐ルートでも出現するんだ。と、言うことはこの分岐ルートでも博士と戦う展開なのか?


「君がここに……のは…………てた。…………が……ミスカトニック……での……」


 何だ? 急にセリフが掠れて聞き取れなくなってきた。同時に博士の顔にノイズが掛かって、たちまち顔の造作が崩れて見えなくなった。怪物に変身でもする展開か? いや、それならもっとグニャリと歪んだり膨れ上がったりする演出を取らないか? これはまるで……


「ここは……かつては魔宴の儀式に…………きましたよ……正直に言って……」


 何だ? 途中で博士の声も変わった? まさか、ここに来てバグか?


 いや……これは…………この声は……


 ノイズが収まり再び顔が見えたが、その顔は別人の物に……見知った人物の顔になっていた。


 「いや、驚きましたよ。こんな隠し要素があったなんてね。それを自力で探り当てた貴方にも驚きですがね。……ガリンペイロ」


 火柱が勢いを増して燃え盛り、その不気味な光はそいつの……アルベルトの顔を明々と照らし出した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一週間ほど前にこちらにたどり着き、短編から始めてコズミックラビリンスまで読み進めました。VRのデスゲームって何番煎じだと思ってましたが、VRのクトゥルフとかめっちゃ怖いですね。興味はあっても…
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