コズミック・ラビリンス(CHAPTER5:5)
魔犬のネクロポリスを越えて、このエリア最後の石扉を抜けた先は、暗闇を湛えた天然の洞窟が広がっていた。洞窟の高い位置にある天井からは、どうやって設置したのか幾つものランプが下げられており、他にも光源がハッキリしない、ぼんやりとした蒼白い光が何処からか届いてる為に、明かりは必要無さそうだった。
だが、強化された俺の聴覚と嗅覚は、そこかしこの明かりの届かない岩肌の陰や暗闇の中に、悪臭を漂わせる何者かが潜んでいるのを感じ取っていた。
試しに一番手近な暗闇に懐中電灯を向けてやると、予想通りそこには三匹程の野犬とも猿とも言えない姿の、子供くらいの背丈の怪物が潜んでいた。喰屍鬼とは見た目も大きさも違う。
しかし俺に対する用事は同じ様で、そいつらは懐中電灯の灯りから逃れると、醜い顔を憎悪と食欲で更に醜く歪めながら、不潔な牙を剥き出しにして威嚇の唸り声を上げた。同時に、まだ暗闇に潜んでいる気配も俺を取り囲もうと蠢いている様だった。
いきなりの歓迎だが、今更この程度の怪物に驚きもしないし何より時間も惜しい。俺はポケットから古の印を取り出して突きつけてやると、はたして半人半獣の怪物達……ヴーアミ族は、犬めいた悲鳴を上げて洞窟の奥へと逃げ去って行った。
攻略法に書いてあった通りだ。どうやら、この時間と空間が不規則に繋がった迷宮は、太古の失われた地下世界……すなわちハイハーボレアはヴーアミタドレス山の、かの呪われた大洞窟にまで俺を連れて来たらしい。
ヴーアミどもの気配が完全に無くなった事を確かめてから、再び準備に入る。とは言っても、もう大してアイテムも残っていない。拳銃の残弾も、さっきの魔犬から逃れる為に装填してあった分は全て撃ち尽くしてしまい、残りは弾丸ケースに残ってた一発だけだ。
これからの道行きを思うと、かなり心許ないが、全ての敵と戦う必要も無いらしい。なら、今の俺の脳力次第で何とかなるだろう。
確か攻略法によれば、元ネタのスミスの短編と違って、俺は洞窟の半ばにいきなり現れた形になるらしい。だから、この洞窟にいる邪神達に会う事無く出口を目指せば良いみたいだ。出口の方向は、またピルグリム教授が矢印で教えてくれている。
だが、ただそのまま矢印を辿って行くと、ラスボスの前に無防備の状態で出てきてしまう。だから、特徴的な横道を見つけたそこに入り(マップは記憶してる)、“ヴーアミの巣窟”“ハオン=ドルの宮殿の宝物庫”“蛇人間の研究所”から三分割された護符の欠片を取って、完成された護符を作る。
まずはそこまでだ。長い道のりだが、何とかなるだろう。
……ややあって、俺はどうにか護符を作る事に成功した。それぞれのエリアには、確かに大勢の怪物が居たが、みんな何かの儀式やおぞましい食事に熱中していたので、物音を立てずに物陰伝いに進めば、案外簡単に目的の破片を入手出来た。
蛇人間達に至っては、皆が目の前の研究や科学実験に熱中していたので、研究所内の騒音と相まって、少々雑に動いても見つからない有り様だった。
そして俺の眼前には、一直線に続く通路と蒼白い光が漂ってくる横道が見えた。この横道からは、絶えず不定形……あるいは様々な生物の特徴を出鱈目に備えた、異形の生物が無数に這い出していた。これらの生物の中には、牙や毒針等の危険な器官を持った生物もいたが、こいつらはさっき入手した護符を恐れて、決して近づいて来ない。
ここまで来ればラストまで間近だ。確かこの光る横道は、邪神アブホースがこれらの異形を産み出し続けている大空洞に続いていて、いきなりの侵入に不興を覚えたアブホースに一呑みされて、一発でゲームオーバーになるイベントが発生するだけだ。
だから横道は無視して前進すると、今度は巨大な深淵が眼下に広がる広大な地下空洞に到達する。通路は巨大な蜘蛛の邪神アトラク=ナクアが造った糸の橋だけで、原作通りこれが地上に繋がる唯一の道だ。
橋を越えると、出口に繋がる階段の前にまた大空洞があって、ここでようやくピルグリム博士……ラスボスが現れる。
何でも、博士にはアブホースから産まれて、幸運にもこの洞窟から逃れる事の出来た怪物の血が混ざっていたらしく、この迷宮に入る事で自信の肉体と精神が“自分のルーツ”を思い出して変異を遂げ、巨大な怪物になったらしい。
そして、ここまでこれた俺にも人類とは違うルーツがあるハズだから、仲間になれ、と襲いかかってくる。そこで何故か読める様になっていた護符の呪文を読んで、博士を次元の彼方へ追放する……と言う、「七つの呪い」と「ダニッチの怪」を合わせた様な展開を経て、迷宮から出れば……ようやくこのゲームもめでたくクリアだ!
道程は長かったが、どうにかここまで来れた。攻略法片手にってのがアンフェアではあったが、今回は事情が異なる。早くこのゲームをクリアして、アルベルトと合流しなければならない。
そして、SWE社がこのゲームに隠した陰謀を明らかにしなければ、真にこのゲームをクリアしたとは言えない。そう、まだ俺はこのゲームの半ばを越えようとしているだけにすぎないのだ。
そして俺は、実際に橋を渡る事で自分の見通しがまだ甘かった事を実感した。
いざ覚悟を決めて橋を渡ると、橋の上は同じく地上を目指す異形の生物でひしめいていた。中には人間の数倍の大きさの生物もいて、そうした生物が押し合いへし合いする度に、橋は大きく揺らめいた。
俺はと言えば、護符のお陰でどうにか怪物から襲われずにはいたが、橋の揺れはどうにもならず、どうにか落ちない様にバランスを取るので精一杯だった。
だが、橋からブチブチと繊維が千切れる音が聞こえるに至って、最早一刻の猶予もないと判断して、一か八か我が脳力から来る体術を頼りに、怪物の背中を八艘飛びの要領で飛び越えて行く決心を固めた。
どのみち、このままじゃ橋の崩壊を待つだけだ。……行くぞ!
まず、目の前の脚の変わりに触手を持った巨大な蟹を踏み台にして、数メートル先の甲羅で覆われたカバの様な生き物の背中を蹴った。その勢いで、生っ白いブヨブヨの巨大な何かを踏み越えて……そいつが怒って伸ばして来た触手を降りきって、さらにジャンプ!
よし! これで橋の半ばを越えた! とっさの機転が上手く行き、安堵を覚えた俺は、甲虫とナマケモノの合の子の様な姿の獣の甲羅に着地して……その表面を覆っていた油膜状の粘液に足を滑らせて、あっけなく転落してしまった。
しまった! 俺はとっさに懐中電灯を投げ捨てて、手近な生物の腕とも鰭ともつかない何かを両手で掴んだが、そいつは特に脆い生物だったらしく、その腕だか何だかはあっけなく嫌な音を立てて、付け根からもげてしまった。
マジかよ!?
だが、反射的に目の前で揺れていた、ロープ程度の太さの千切れた蜘蛛の糸の繊維を右手で掴む事で、再び転落は免れた。
とは言え、このままじゃ何時かは落ちてしまう。橋の上は相変わらず怪物のラッシュで復帰は難しそうだ。どこかに逃げ道は無いか? いや、ある訳が無い。攻略法によれば、ここは一本道のルートだ。他に抜け道なんて……
……いや、なんだ、アレは?
十メートル程下で、さっき落とした懐中電灯が何かに引っ掛かっている。
よく見ると、巨大な蜘蛛の巣だ。俺と同じく橋から押し出された怪物が、まるでトランポリンの様にその巣に落ちて引っ掛かってる。
そして、今までは暗くて気がつかなかったが、人間よりも少し大きい位のサイズの蜘蛛の怪物が、腹立たしげな動きでそうした怪物を巣から叩き落としたり、あるいは喰い殺したりしている。
その修羅場の先……その蜘蛛の巣を支えてる一本の先の岩壁に、明かりが漏れる洞穴の入り口が見えた。
あれは何だ? 入り口? 攻略法にそんなのは無かったぞ?
だが、再び橋が大きく揺れて、橋自体が大きく歪んだのが判った。なら、一か八かだ! 俺は覚悟を決めて、巣に向かって飛び降りた。
すぐに柔らかいトランポリンに落下した様な感触が、全身を包んだ。助かった! と思う間も無く、体勢を建て直す。予想通り、巨大な蜘蛛の姿の邪神アトラク=ナクアが、怒りで眼を赤く光らせながら突進してくる。
どうにか怒りの一撃を回避して、岩壁の入り口を目掛けてダッシュする。トランポリンの上を走ってる様で足元が覚束無かったが、間一髪で入り口に潜り込んだ。
その先は小さな石作りの空間になっていて、真ん中にセーブ用の石碑が建っているだけだ。他に何かないか? 辺りを見渡すと、さっき自分が入って来た入り口の横にレバーがあった。そして、入り口の先からアトラク=ナクアがこっちへ殺到するのが見えた。
考えるまでもない。素早くレバーを下げると、俺と蜘蛛神の間に重い金属の壁が落ちて両者を遮断した。蜘蛛神は、しばらく扉を引っ掻いていたが、やがて諦めて巣の再建に戻ったのか何の音もしなくなった。
……助かった。
俺は安堵の溜め息を吐いて、しばらく床にうずくまっていたが、何時までもそうしてはいられない。俺は体力が回復してから、まず石碑から調べる事にした。もう戻れそうもないし、一旦ここでセーブしよう。
俺はまずセーブしてからシステムウィンドウを呼び出し、ロード画面から今セーブしたファイルのタイトルを確かめた。
“CHAPTER5b:1”
チャプター5b? 何だこれは? まさか……
シナリオが分岐した?




