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コズミック・ラビリンス(CHAPTER1:3)

 何度も転びかけながら、必死で元の大廊下を目指す。背後の暗闇から、喰屍鬼どもが押し合いながら追って来るのが、這いずる様な足音と餓えた犬みたいな息遣いで判る。必死に走っているつもりだが、まるで水中を走っているみたいに動作が思い。時々、こんな感じで何かに追いかけられる悪夢を見る事があるが、その感覚に似ていると思う。


 ともあれ、この調子ではすぐに追い付かれて、さっきの犠牲者の仲間入りだ。じゃあ、どうしたらいい? 俺は重い暗闇の中を逃げながら、それでも必死で無い知恵を絞る。


 一か八か戦ってみるか? いや、武器も無いし相手は二匹もいる。何よりも、この重い動作でまともに戦えるとは思えない。


 なら、このまま逃げ続けるか? 幸い、このゲームは疲労の設定まではしていないらしい。こうやって、ずっと走り続けていても息切れ一つしないのが、その証拠だ。ならば、大廊下に戻って別の入り口に逃げ込んで……いや、それもどうだろう?


 後ろの喰屍鬼どもの立てる物音は、だんだんと近づいて来ている。このままでは間も無く追い付かれてしまうだろう。それに、適当に飛び込んだ通路の先にも、別の脅威が潜んでいる可能性が高い。そうなれば、挟み撃ちの格好になって一巻の終わりだ。


 だったら、どうすればいい? とりあえず、背後の脅威だけでも遣り過ごす手段さえあれば……


 あ!


 閃いた! 確証は無いが、現状では恐らくこれがベターなアイデアだ! 上手く行くかどうかは判らないが、やってみる価値は充分にある。


 俺は来た道を振り返るや、懐中電灯を目の前の暗闇に振り向けた。思ったよりも近くまで追い付いていた喰屍鬼どもは、ギャァッ! と悲鳴を上げて再び顔面を両手で覆いながら、その場に(うずくま)った。

 よし! 賭けだったが狙い通りだ。恐らく、すぐに体勢を建て直して再び追ってくるだろうが、充分に時間は稼げた。後は大廊下に戻りさえすれば……とか考えていると、丁度のタイミングで大廊下に戻って来た。いいぞ! 流れは自分の方にある。


 俺は素早く目線を走らせて、手頃な逃げ場を探し……あった! 素早く手近な開いた棺の中に飛び込んで蓋を閉じた。どうだ! これこそが、二十一世紀初頭から続く、怪物を避ける為の伝統的なホラゲーのお約束だ!


 最初にこの棺を見つけた時に、外観からロッカーを連想したが、まさか本当にそれが役立つとは思わなかった。ひょっとすると、蓋の隙間から光が漏れているかもしれない。念のために懐中電灯を切って、真の暗闇の中に耳を澄ませた。


 程無くして、奴等がバタバタと大廊下に殺到する音が、棺越しに聞こえて来た。ついに追い付いて来たか。俺は息を殺して、奴等が追跡を諦めるのを待った。奴等は俺の姿が見当たらない事に困惑したのか、その足音がピタリと止まり、少しの間を置いて、辺りを探るように慎重に歩く音が暗闇の中に響く。


 よし、いいぞ。どうやら、この選択で成功だった様だ。ようやく安堵を覚えた俺は、余裕を取り戻すと、奴等が追跡を諦めて立ち去るまでここで待つことにした。……それにしても、しつこいな。そろそろ来た道を引き返しても良い頃じゃないか?


 だが、奴等の足音は遠ざかるどころか、逆にゆっくりとこっちへ近付いて来た。……まるで俺がここに隠れているのが判っているかの様に。


 気づかれた? 何故!?


 これで助かったと考えていた俺は、再び恐怖と混乱を覚えながらも、奴等がここを探り当てた原因を考えていた。俺は確かに懐中電灯の灯りで奴等を眩惑して、十分な距離を取ってからここに隠れた。だから、ここに逃げ込んだ瞬間を奴等が見ていたとは思えない。なら、足跡でも残したか? いや、ここの床は石畳だ。多少砂埃が積もっているとはいっても、そんなにハッキリと足跡が残る訳が……


 いよいよ奴等の足音と息遣いが、俺の隠れている棺の間近に迫ってきたとき、俺は奴等がもう一つの音……まるで犬が鼻を鳴らすような、クンクンと言う音を出しているのに気がついた。同時に、この棺の狭い空間に若干の汗臭さを感じたのは、俺の脳力の向上に依るものだろうか……


 そんなんアリかよ……


 頭の中で思わず呟いたが、既に時遅し。大きな音と共に棺の扉が開かれて、暗闇の中に真っ赤に光る二組の眼が見えた。同時に奴等の荒い息が俺に掛かる、その感触と、生臭(なまぐさい)(にお)いを俺は確かに感じた。そして、奴等が暗闇の中で鉤爪を持った腕をこっちに向けてくる気配を感じて……


「うわああああああああああああああっ!!」


 ……俺は産まれて初めて真の恐怖から来る悲鳴を上げた。

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