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コズミック・ラビリンス(CHAPTER1:CLEAR)

「はあぁっ!」


 恐怖に負けて、思わず強制ログアウトしてしまった俺は、荒く息を吐きながら床から飛び起きた。まるで悪夢から無理やり目覚めた時みたいに……


 とりあえず、VRヘッドセットを被ったまま、這うように冷蔵庫に向かい、中から冷えたお茶のペットボトルを取り出して一息に半分ほど飲み干した。冷たい液体の感触が、混乱した俺の頭に冷静さを取り戻させる。


 何度も深呼吸をして、ようやく落ち着いた俺は、さっきのVR体験を反芻するみたいに思い出してみた。特別に凝ったCGでは無かった。隠れていた棺をこじ開けた喰屍鬼どもは、俺を引きずり出そうと腕を伸ばして来たが、そこでゲームオーバー画面に暗転したので、実際には俺に指先一つ触れてない。

 つまり、残酷描写やダメージ表現に関する規制に抵触する事無く、演出だけで俺に喰屍鬼に喰われる恐怖を与える事に成功した訳だ。


 すげえ。思ったよりも良くできたゲームだ。変にパラメータやスキルなんてモノが無い分、二十一世紀初期の、非フルダイブ型のレトロなVRゲームに近いシンプルさを感じる。頼れるのは自分自身の判断力と脳力のみと言う訳だ。


 そう考えると、再びこのゲームをプレイしたい欲求がムラムラと沸き上がって来た。ついさっき怖い目にあったばかりだってのに、喉元を過ぎれば何とやらだ。残りのお茶を飲み干して再び横になると、今度はStormを経由せずに直接ゲームにログインした。今度はストーリーもスキップして、すぐに本編に入る。


 ……


 目を開けると、さっきの大廊下の始点で倒れている自分を認識した。懐中電灯を回収して立ち上がる。


 さて、すぐに再プレイしたいと言う衝動に負けて、何の対策も立てずにログインしてしまった訳だが、これからどうしようか……。とりあえず、ここには敵が出ないと思うので、再び通路を進みながら対策を練る。

 さっきは棺の中に逃げ込んだまでは良かったが、おそらく臭いでバレてしまった。ならば臭いを消す手段がどこかにあるのだろうか? あるいは、ギリギリまで喰屍鬼を引き付けてから、また懐中電灯で眩惑する? それもどうだろう? 一時の時間稼ぎにしかならない様な気がしてならない。なら、他の通路をあてずっぽうで試してみるか?


 ……いや待て。このゲームのPR欄では、プレイヤーの知性と五感を駆使しなければ、クリアは出来ないみたいな事が書いてあった。ならば、ここはまだゲームの一番初めの地点。五感を少し駆使して調べてみれば、簡単に解るヒントか何かあるのではないか?


 そう考えるのと同時に、例の棺と入り口が不規則に並ぶ場所に辿り着いた。一度来た場所だ。前回よりは恐怖や不安に苛まれずに、周囲を調べる事が出来るだろう。そう自分に言い聞かせて、懐中電灯で前より慎重に周囲を探る。

 そうして辺りに目星を利かせる事、体感時間にして十分後。ある入り口の前に散らばる瓦礫の影に、ようやく俺は明らかな手がかりを発見した。


 それは、瓦礫の小さな欠片を人為的に並べて作られた文字で、“P➡”と記されていた。矢印の先は、目の前の通路を指している。

 “P”……ピルグリム博士のイニシャルだろうか? つまり、ピルグリム博士はこの通路を通った……と言う事か?


 あれこれ考えている俺の背後……さっき喰屍鬼と出くわした通路から、再び奴等の唸り声が聞こえて来た。その唸り声は、次第に大きく響いて来る。

 マズい! 俺の臭いを嗅ぎ付けて、こっちへ向かって来てるのか? 前回のゲームオーバー時の恐怖を思い出した俺は、逃げる様に目の前の入り口に飛び込んだ。どのみち他にヒントは無いし、一か八かだ!


 通路は、人二人が並んでやっと通れる位の狭さだが、どこまでも真っ直ぐに続いている。俺は喰屍鬼に追い付かれない様に、懐中電灯で行く手を照らしながら必死に通路を走っていた。相変わらず、水中を移動するみたいに身体が重い。これでは、直に追い付かれてしまう。


 案の定、背後から奴等の足音がヒタヒタと聞こえて来た。もう追い付いて来たのか! 他に分岐点や隠れられそうな所も無いので必死に走り続けるが、次第に近づいてくる足音は、明らかにその数を増していた。少なくとも、一体や二体では無い。もっと多い。


 どう言う事だ? 不安に駆られた俺は、とりあえず前回みたいに距離を稼ぐべく、懐中電灯を背後の空間に向けた。案の定、さほど離れていない位置に、目が眩んで立ちすくむ喰屍鬼が見えた。


 ただし、その数は見えただけでも十数匹。


 それを見た俺は、悲鳴を噛み殺して、さっきよりも必死で通路を駆け抜ける。なんで増えてるんだ? 他の入り口にでも潜んでた奴等が合流したのか? いや、そんな事はどうでもいい。とにかく、このままでは奴等に追い付かれてしまう。なんとか逃げる手段は無いか?


 俺はすがり付く様に懐中電灯を正面に向けたが、その光は無慈悲にも突き当たりの壁を照らし出した。


 行き止まり!? ここもハズレの通路だったのか? それとも途中で何か見落とした? いや、ここに何かが隠されてるのかもしれない。俺は、次第に近づいて来る足音を一旦忘れ、周囲に懐中電灯を向けて何か手がかりを捜す。


 ……あった!


 右の壁面に、何か赤黒い顔料で書かれた“P➡”の文字と、矢印の先にあるレバー。俺は蜘蛛の糸に飛び付く亡者さながらに、そのレバーに取り付くと、全体重を掛けてレバーを下に引いた。

 すると、背後の空間に重い石の落とし扉が落ちてきて、すぐ目の前に迫った喰屍鬼の群れと俺を完全に遮断してくれた。しばらくの間、喰屍鬼の唸り声と石の扉を引っ掻く音が響いていたが、次第に静かになって行った。同時に視界が暗転して


 ……


 CHAPTER1:CLEAR!


 セーブしますか? (YES/NO)


 ……


 の文字が眼前に浮かんだ。


 ……助かった。俺は長い安堵の溜め息と吐くと、YESのアイコンをタップしてセーブを終えると、一旦ログアウトした。恐怖から逃れられた安堵と、興奮を胸中に抱きながら。

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