コズミック・ラビリンス(CHAPTER1:2)
ひとまず落ち着いて、今度はシステムウィンドウを開いて隅々までチェックする。ロードのコマンドはあるが、セーブが無い。多分、特定のセーブポイントで無いとセーブが出来ない仕様なのだろう。
あとは、言語の設定だけか。さっきPR欄を見た時と同じ日本語に設定されている。……それにしても、随分と対応言語が多いな。英語、スペイン語、フランス語、ロシア語、中国語、アラビア語等……は当たり前として、スワヒリ語、タミル語、ウルドゥ語、キンヤルワンダ語、ウイグル語、ベルベル語、ピジン英語にマンダリン中国語に……一体幾つあるんだ? あれか? 世界中の人間にでもプレイさせるつもりでいるのか?
キリが無いのでシステムウィンドウを閉じ、最後にステータスウィンドウの大半を占める、アバター表示画面で自分のアバターを確認した。顔と体型はStormで設定した物を流用出来る仕様になっているみたいだ。アバター表示ウィンドウをよく見ると、キャラクターのエディットモードは、後日アップデートする旨の注意書があった。
ただ、服装だけが換わっていて、所謂、探検家が着てる様な服と言うか……実際、この服の正式名称ってなんだ? ……とにかく探検服姿になっている。
それ以外は本当に何も無い様だ。俺はステータスも閉じて、懐中電灯の明かりを頼りに通路を進んだ。
全くの静寂と暗闇の中で、俺の足音が大きく響く。これがホラゲーなら、きっとどこかに怪物が潜んでいる……と思った俺は、やつらの注意を引かない様にと自然に摺り足になる。
柱の影や天井に、怪物が貼り付いているのでは無いか……との不安から、せわしなく懐中電灯を辺りに向けているが、逆にこれが何かを呼び寄せているかもしれない……と思うと、あまり全面を照らし出す事も出来なくなってしまう。俺はいつの間にか、ほぼ通路の正面だけを照らしながら、ビクビクと忍び足で進む形になっていた。
……改めて、自分のパラメータやスキルが一切判らないままに、身一つで未知の環境に放り出される……と言う状況が、こんなにも不安を掻き立てるとは思っても見なかった。
これまでのVRゲームの体験は、所詮ゲームメーカーが作った、あらかじめ設定されたデータに護られたアトラクションに過ぎなかった……と言う事実を実感させられる。
いや、それを言うなら、このゲームだって例外じゃ無い。この不安や恐怖は、俺の臆病な脳髄から勝手に涌き出ている主観的な感覚に過ぎない。
そうとも。雰囲気こそ良く出来ているとは言え、所詮は出来合いのゲームエンジンで組み上げられた仮想空間だ。大規制の影響でリアリティを削がれた、チープなCGで構成されたウソっパチの世界だ。何も恐れる事なんて……
“実際に怪物に攻撃されたと思い込んだプレイヤーの一部は、ゲームメーカーが設定した、実際のダメージの設定に関係なく、そのショックで死んでしまった……”
ついさっき聞いた教授の話が脳裏をよぎる。
いや、まさか……そんな事が在るわけ無いよな。
……本当に?
ある訳が無いだろう! 所詮は大規制後の安全基準で造られた市販のゲームだぞ!
……本当に?
……
自問自答を繰り返す内に、懐中電灯が通路の突き当たりを照らし出したので、思わず我に帰って歩みを止めた。行き止まりか?
懐中電灯をあたりに向けると、幾つかの狭い通路の入り口が、突き当たりや側面の壁に不規則に並んでいた。その数は、見える範囲でも二十近くもある。いきなり多すぎだろ!
他には、これまた不規則に並んだ棺が、壁面に沿って立て掛けてある。全て同じ形で、蓋が閉じた物が殆んどだが、幾つかは開いていて、空っぽの内面をさらけ出している。その事が何かしら俺に悪い予感を連想させた。
とりあえず、手近な棺に近づいてみる。表面は若干の光沢のある灰色の直方体で、大きさは人間サイズ。味も素っ気も無い無機質なデザインは、どちらかと言えば、キャビネットやロッカーを連想させた。素材は触った感触から言えば、木や石材、金属では無く、樹脂を思わせる。明らかに紀元前の文明には有り得ない素材と言える。
……人類なら、ね。
蓋が閉じた棺は、どんなに力を込めても開く事が出来ない。只のオブジェクトなのか、それとも鍵か何かが居るのか……
気のせいか? 今、無数にある入り口の一つから、わずかに物音が聞こえた気がした。棺の探索を中断して、それと思しい入り口の脇に身を潜めて、通路の奥の暗がりに耳を澄ませる。
……やはり何かが這いずる様な音と、人か何かが呻く様な声が僅かに聞こえた。先に行ったピルグリム博士か、彼の仲間が負傷して呻いているのか? それとも、空洞だった棺の主が蘇ったばかりの空腹を満たす為に、獲物を求めて蠢いているのか……?
考えても仕方がない。他に進展も無さそうだし、とりあえず懐中電灯を手に、この通路の入り口を潜った。なに、所詮はゲームだ。実際に死にはしないし、死んだとしてもゲームの中の話だ。またコンティニューすればいい。そうだろう? VRゲーム以前からの常識以前の話じゃないか。
本当にそう思うなら、さっさと奥に進めば良いものを、実際にはそうやって自分自身を励ましながら、ゆっくりと物音を立てない様にさっきよりも慎重に歩いている。今までのVRホラゲーで、ここまでビビったことは殆んど無い。いくら良く出来ていても、所詮は作り物だ。
それが、このゲームに限っては、かつて無いほど慎重に行動している。まるで本物の禁断の遺跡に迷い込んだ探索者みたいに……
思ったよりも近くで、何かが這いずる音と荒い息遣いが聞こえて、思わず歩みを止めた。目の前には、大きな石柱と天井から落ちてきた瓦礫があり、音はその向こうから聞こえる。
このまま引き返しても良かった。だが、今の俺にはどうしてもこの音の源……不安の根源を確かめずには居られなかった。俺は石柱の陰から、音のする辺りに懐中電灯を向けて……それを見た。
二体の腐乱死体の様な、獣人の様な姿をした、おぞましい人型の怪物……早い話が喰屍鬼が、血に塗れ、肉片の付着した何かの骨を必死に奪い合っている。周囲に散らばった着衣の切れ端やブーツを見れば、その犠牲者が獣か、そうで無いかは明白だ。
奴等が手にしている骨や、地面に散らばってる赤黒い色をした何かは、規制による修正で、そこだけが陽炎みたいに揺らいでいて、ハッキリとは見えない。俺はVRゲームを始めて以来、初めて規制による残酷描写の修正を、有り難いと思ってしまった。
暗い処でも、自由にモノが見えると思しき屍喰鬼どもは、突如現れた懐中電灯の灯りに逆に眼が眩んだらしい。ギャァ! とか悲鳴を上げながら、両手で大型犬じみた鼻面を覆った。次の瞬間、俺は脱兎の如く来た道を走って引き返していた。奴等が眩惑から回復すれば、今度は俺を追って来るだろう事は、アイデアロールをチェックするまでも無く明らかだからだ。
来た道を半分も戻らない内に、背後から野犬じみた怒声と、ヒタヒタと言う足音が聞こえて来た。思ったよりも回復が早い!
……どうしよう? どうすればいい?
俺は、これがゲームであることを半ば忘れながら、必死に元の大通路を目指して、後ろも見ずに走り続けた。




