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しばらくして、響がぽつりと言った。
「……俺は父に似てる」
「え?」
「女に惚れやすい…。昔から、そうだと自覚してる」
零は涙をぬぐう手を止めた。突然の話に、どう返せばいいのか分からなかった。
「君にとってはどうでもいい話かもしれないが、俺は子供が作れない体なんだ」
響はひとりごとのような声で続けた。
「だから、昔は好き放題やってた」
「そうなんですね…」
「ああ…」
そこで、響は小さく息を吐いた。
「でも、もし俺が子供を作れる体だったら、女性と深く付き合わないように生きてたと思う。父親みたいに、誰かを不幸にするのが、怖いからな」
零はベッドの上で、ゆっくり瞬きをした。
さっきまでの響の声は、ぶっきらぼうで、どこか突き放すようだった。けれどいまは、その奥にあるものが、少しだけ見えた気がした。
「……意外です」
零は正直に言った。
「響さんは、もっと真面目で、厳しい人だと思っていました」
「それは、表向きの顔だ」
響はあっさり答えた。
「裏では、弟の本心もわからない哀れな長男…。だから静も心を開かないんだろうな…」
自嘲するような言い方だった。けれど、その声には、笑いの色はなかった。
零はスマートフォンを握りなおした。窓の外では、赤い航空障害灯が、変わらずゆっくり点滅している。
「どうして」
零は小さな声で聞いた。
「どうして、そんなことまで、私に話してくれるんですか」
家族の秘密。母親の死。自分の体のこと。知り合って間もない相手に打ち明けるには、どれも重すぎる話だった。
響は少しだけ黙った。
「……なんとなくだ」
「なんとなく?」
「ああ。君なら、静の心を開けるんじゃないかって、そう思った。それだけだ」
零は言葉に詰まった。
「あいつは、誰にも心を開かない…。でも、君には、自分の母親のことを話した」
響の声が、少し低くなる。
「それは、あいつにとって、すごいことなんだ」
零は、あの夜のバーを思い出した。氷の鳴る音。グラスの縁をなぞる、静の指。
あれは、静なりの精一杯だったのかもしれない。
「だから、頼みがある」
響が言った。
「この先、友人の一人として、静と接してやってくれないか?」
零の胸が、どくんと鳴った。
「…さっき、電話で静さんと話しました…。これからも友人として、よろしくお願いしますって」
「そうか、なら良かった」
「……」
「どうした?」
「…橋の上で話した時、もう弟には関わるなって言ってたくせに…」
「……悪かった。あれは、君が静に遊ばれていると思ったから、そう言ったまでだ」
「……」
「悪かったと言っている」
「……」
零は、目を閉じた。
静の過去を知ってしまった。知らなかった頃には、もう戻れない。
「……ほんと」
零は、小さく息を吐いた。涙のあとが残る声で、でも、ほんの少しだけ笑いをまぜて言った。
「不器用な人ですね」
電話の向こうで、響がふっと笑ったのが分かった。
「ああ。妻によく言われる」
そして、短く言った。
「話せてよかったよ、それじゃ」
ぷつり、と通話が切れた。
零はしばらくスマートフォンを耳に当てたまま、動かなかった。画面が暗くなって、自分のぼんやりした顔が、黒いガラスに映る。
静かな部屋に、空調の音だけが残った。
零はスマートフォンをそっとシーツの上に置いた。それから、ベッドに背中をあずけて、天井を見上げる。
(……静さん)
心の中で、そっと名前を呼んだ。
胸の痛みは、まだ消えていない。ふられた事実も、変わらない。それでも、さっきまでとは、何かが少しだけ違っていた。




