第1話:落ちこぼれと呼ばれた王子
第1話:落ちこぼれと呼ばれた王子
物心がつく頃には、俺はこの異世界の「常識」というやつを大方把握していた。
ここでの俺の名はアレン・フォン・ルミナス。大国ルミナス王国の第5王子だ。
この世界には、公爵から騎士爵にいたるまでの厳格な貴族階級があり、人族のほかにエルフやドワーフ、獣人といった亜人、そして人類を脅かす『魔物』が存在している。
魔物は危険度に応じて最弱のFランクから天災級のSランク、さらには世界滅亡レベルの『アンノウン』にまで分類されていた。
そして、その魔物に対抗するための最大の力が『魔法』と『魔剣術』だ。
人々は生まれ持った魔力を外に放出して火や水といった属性魔法を放つか、あるいは魔力で身体強化をして剣に魔力を纏わせて戦う。それがこの世界の絶対的な常識だった。
だが――前世で古武術を極めた俺からすれば、それはひどく回りくどいものに見えた。
「アレン王子、本日も講義を抜け出してこのような庭の隅で……。少しは第四王子ルーク殿下を見習って、魔法の基礎を学ばれてはいかがですか」
俺が五歳になったある日、教育係の老魔導師がため息混じりに言った。
俺の同母の兄である第4王子ルークは、頭脳明晰で、すでに大人顔負けレベルの魔法を使用する「魔法の神童」と持て囃されていた。対する俺は、初級魔法の練習すらまともにやろうとしない。
老魔導師の小言を聞き流しながら、俺は心の中で毒づいていた。
(魔法? あんな長ったらしい呪文を唱えて、わざわざ外の元素に干渉して火だの氷だのを出すのか? アホくさい。詠唱している間に間合いを詰められたら終わりだろ。魔剣術? 他人の作った武器に自分の命を預けられるか。手入れも面倒だしな)
「威光やら才能やら、そんなくだらないものには興味がない。二度と俺の時間を邪魔するな」
冷淡に言い放ち、俺は歩き去る。老魔導師は顔を真っ赤にして憤慨し、すぐさま周囲に「第5王子は魔法の才能なき落ちこぼれ」だと吹聴した。
これによって、王宮内での俺の評価は「不気味な無能王子」で完全に固定された。
だが、これこそが俺の狙い通りだった。
我が家(王宮)は、絵に描いたようなドロドロとした権力闘争の伏魔殿だ。
父である国王は普段は穏やかだが、決断の時は家族すら容赦しない冷徹な男。
俺の同母の兄である第1王子は戦争と女好きの魔剣術バカだし、第二王妃の息子である第2王子は陰険な知略で王座を狙っており、第3王子はその腰巾着のせこい奴。
唯一、俺を気にかけてくれる優しい母(第一王妃エルリア)と、兄たちの間で苦悩する優しいルーク兄上だけは例外だが、基本的にはどいつもこいつも油断ならん奴らばかり。
そんな奴らから「無能の落ちこぼれ」と侮られていれば、誰も俺に干渉してこない。
王位なんていう窮屈な椅子には一ミリも興味がない俺にとって、誰にも邪魔されない自由な時間こそが最大の至宝だった。
すべては――強くなるための、時間だ。
夜。静まり返った王城の裏庭で、俺は一人、地面に胡坐をかいて目を閉じていた。
自身の肉体の深淵へと意識を潜り込ませる。そこには、王宮の魔導師たちが知れば卒倒するほどの、海のように広大で規格外の魔力が渦巻いていた。俺はその魔力を外へ放出することはしなかった。
(前世での『気』は、血液の巡りや呼吸、精神の集中によって生み出す微小な爆発力だった。だが、この世界にある『魔力』は、それ自体が爆発的なエネルギーの塊だ。なら、これを外に出すのではなく、体内の細胞一つ一つに融解させ、前世の気功術の術理でコントロールしたらどうなる?)
試行錯誤を繰り返し、俺が七歳を迎えたある夜。
魔力を圧縮し、独自の呼吸法によって体内の『気』と同調させる技術が、ついに完成の域に達した。
気の持つ「瞬発的な指向性」と、魔力の持つ「圧倒的な質量」。
この二つが完全に融合した瞬間、俺の身体から、音もなく禍々しいまでの紫電のオーラが立ち上った。
魔力による身体強化を遥かに凌駕する肉体強度。
身に纏うだけで、あらゆる魔法や物理攻撃を無効化する絶対の防壁。
『魔気闘法』
剣も、魔法もいらない。己の肉体そのものを世界最強の凶器へと変貌させる、この世界で俺だけが使える独自の武術が、ここに誕生した。
「ふっ……くくくなははは!」
暗闇の中、俺は己の小さな拳を握り締め、ひねくれた戦闘狂の笑みを浮かべた。
これこそが俺の新しい人生のすべてであり、唯一の生きがいだ。
だが、その時。俺の研ぎ澄まされた『気配察知』が、裏庭の木々の隙間に潜む、極限まで抑え込まれた『殺意』を捉えた。
(ほう……。さっそく、退屈しのぎのネズミが迷い込んできたか)
月明かりすら届かない闇の中から、銀髪を揺らした一人の暗殺者が、音もなく俺の首筋めがけて凶刃を突き出してくる。
――それが、のちに俺の影として絶対の忠誠を誓うことになるメイド、セリアとの出会いだった。
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