第五十話 オーガス到着
盗賊襲撃事件から一日――。
クラン【ホーム】が護衛するロイド商会の商隊は、その後大きな問題もなく街道を進んでいた。
馬車の車輪が、規則正しい音を響かせる。
青く広がる空。
吹き抜ける心地よい風。
一見すれば、どこまでも平和な旅路だった。
しかし、ビルセイヤたちは誰一人として警戒を解いていない。
盗賊たちは捕らえた。
依頼も順調だ。
それでも、あの襲撃には不可解な点が多すぎた。
黒いローブの人物。
蛇の紋章。
そして、盗賊たちへ情報を流した何者か。
全てが一本の線で繋がっている気がしてならない。
だが、今は依頼が最優先だった。
商隊を無事に目的地へ送り届ける。
それが冒険者としての責任であり、クラン【ホーム】の最初の仕事でもある。
◇◇◇
「見えてきたぞ!」
先頭の馬車から、ロイドの声が響いた。
全員が顔を上げる。
その先に見えたのは、巨大な城壁だった。
高く積み上げられた石壁。
堅牢な城門。
その周囲を行き交う無数の人々と荷馬車。
商業都市オーガス。
エメラルド・グリーンよりもさらに大きな都市。
物流と商売で栄える、交易の要所だ。
「おお……」
ツバサが感嘆の声を漏らした。
「想像以上に大きいな」
「さすが商業都市ですね」
エミリアも目を輝かせる。
セシリアは口元に笑みを浮かべた。
「これなら買い物も楽しそうね」
「嫌な予感しかしないな……」
ぼそりと呟いたツバサの言葉に、セシリアがにっこりと笑う。
「何か言った?」
「何も言ってません」
即答だった。
周囲から笑いが漏れる。
こういう何気ないやり取りも、少しずつクランらしくなってきた証拠だろう。
戦いの中だけではない。
こうして肩の力を抜いて笑い合える時間もまた、仲間の絆を深めていくのだ。
◇◇◇
やがて商隊は城門へ到着する。
門番たちは慣れた様子で荷物と書類を確認していた。
ロイドが通行証を提出し、商会印の入った積荷目録を見せる。
しばらくして、門番が頷いた。
「問題なし。通行を許可する」
重々しい音を立てて城門が開かれる。
こうして一行は、ついにオーガスへ足を踏み入れた。
◇◇◇
街の光景は圧巻だった。
大通りの両側には、数え切れないほどの店舗が並んでいる。
武器屋。
防具屋。
食料品店。
魔道具店。
布を扱う店に、香辛料を売る露店。
さらには大道芸人や吟遊詩人の姿まで見える。
人、人、人。
商人の呼び声。
客の値切る声。
荷車の軋む音。
焼きたてのパンや香辛料の匂いが風に乗って流れてくる。
まさに商業都市と呼ぶに相応しい賑わいだった。
「すごい……」
エミリアが思わず呟く。
「エメラルド・グリーンより、ずっと大きいですね」
「ああ」
ビルセイヤも頷いた。
物資の流れが活発だ。
商人たちの活気も凄まじい。
街そのものが、生き物のように脈打っている。
そして何より――鍛冶師としての血が騒ぐ。
これだけの商業都市なら、良質な鉱石や珍しい素材、見たことのない武具が流れてきてもおかしくない。
工房や武器屋を見て回るだけでも、かなり面白そうだった。
オーガス。
この街には、多くの可能性がある。
◇◇◇
やがて商隊は商業区の倉庫街へ到着した。
石造りの大きな倉庫が立ち並び、多くの荷馬車と荷運び人が行き交っている。
ロイド商会の従業員たちが慌ただしく動き回り、商品の搬入作業が始まった。
その様子を確認したロイドが、改めてビルセイヤたちへ向き直る。
「皆さん、本当にありがとうございました」
深々と頭を下げた。
「皆さんのお陰で、商品を無事届けることができました」
その顔には、心からの感謝が浮かんでいる。
「仕事だから気にするな」
ビルセイヤが答える。
だがロイドは首を横に振った。
「それでも感謝します。盗賊まで撃退していただきましたから」
そう言って差し出したのは、依頼報酬だった。
銀板五枚。
約束通りの金額である。
さらに。
「こちらは私個人からのお礼です」
別の袋を差し出す。
中には銀貨がぎっしり詰まっていた。
「多すぎないか?」
ビルセイヤが苦笑する。
「命を救われた礼です」
ロイドは笑った。
「どうか受け取ってください。私だけではなく、商会の者たちも皆、そう思っています」
周囲の商人たちも何度も頭を下げていた。
それを見て、ビルセイヤは素直に受け取ることにする。
「分かった。ありがたく頂こう」
これで依頼主との関係も悪くない形で終えられた。
商人との縁は、冒険者にとっても鍛冶師にとっても大きな財産になる。
こうして、クラン【ホーム】最初の依頼は無事完了した。
しかも、大成功と言っていい結果である。
◇◇◇
その後、一行はオーガス冒険者ギルドへ向かった。
依頼完了報告を行うためだ。
オーガス支部は、エメラルド・グリーン支部よりもさらに巨大だった。
広いホール。
大量の依頼掲示板。
酒場スペースでは既に昼間から冒険者たちが騒いでいる。
受付窓口の数も多く、ひっきりなしに人が出入りしていた。
「さすが大都市のギルドだな」
ツバサが周囲を見回す。
「人の数が全然違う」
「冒険者だけじゃなく、商人や職人も多そうですね」
エミリアも興味深そうに視線を巡らせる。
受付で依頼書を提出すると、受付嬢が書類を確認しながら微笑んだ。
「ロイド商会の護衛依頼、完了ですね」
「はい」
ビルセイヤが頷く。
「途中で盗賊の襲撃を受けましたが、依頼主・積荷ともに無事です」
「盗賊襲撃の件も報告に上がっています」
受付嬢は手元の書類をめくりながら続けた。
「盗賊の拘束、護衛対象の保護、積荷の損失なし。確認いたしました」
「お疲れ様でした」
正式な依頼達成。
クラン【ホーム】の初依頼は、完全成功で幕を閉じた。
誰一人欠けることなく。
怪我人も出さず。
最高の結果だった。
セシリアが小さく息を吐く。
「初依頼としては上出来ね」
「ええ」
エミリアも嬉しそうに微笑んだ。
「連携も問題ありませんでした」
「まあ、俺たちならこんなもんだろ」
ツバサが得意げに胸を張る。
だが、その言葉にセシリアが呆れたように肩を竦めた。
「調子に乗ると次で痛い目を見るわよ?」
「うっ……否定できないのが怖いな」
また小さな笑いが起こる。
緊張の続いた護衛任務を終えたからこそ、その笑いはどこか心地よかった。
◇◇◇
その夜。
宿屋の一室。
仲間たちが眠りについた後も、ビルセイヤは一人起きていた。
机の上には、一枚の黒い金属板が置かれている。
蛇の紋章が刻まれた、不気味な証。
ランプの灯りに照らされ、その模様が妖しく浮かび上がる。
「……何者なんだ」
小さく呟く。
依頼は終わった。
クラン【ホーム】としての初仕事は成功した。
だが、問題は終わっていない。
むしろ――始まったばかりだ。
黒ローブの人物。
謎の組織。
蛇の紋章。
あの盗賊たちは、ただの使い捨ての駒に過ぎなかったのかもしれない。
だとすれば、本命はまだ別にいる。
そして、その何者かは今もどこかで動いている。
ビルセイヤは金属板を手に取り、指で紋章をなぞった。
冷たい感触が、嫌な予感をより鮮明にする。
オーガスに来たのは、ただの護衛依頼のためだった。
だが、この街で終わる気がしない。
蛇の紋章が示す何か。
黒幕の正体。
そして、その先に待つもの。
全てが、この商業都市オーガスへ繋がっている――そんな気がしてならなかった。
◇◇◇
窓の外では、夜のオーガスがまだ賑わっている。
遠くから聞こえる人々の笑い声。
酒場の喧騒。
遅くまで働く荷運び人の怒鳴り声。
巨大な都市は、夜になっても眠らない。
ビルセイヤはゆっくりと立ち上がり、窓の外を見た。
「……明日から、少し探ってみるか」
誰に聞かせるでもなく呟く。
依頼は終わった。
ならば次は、自分たちの番だ。
蛇の紋章の正体を。
この街に潜む気配を。
黒幕へと続く足跡を。
追う価値はある。
そしてビルセイヤは、まだ知らない。
この商業都市オーガスで、新たな仲間との出会いと、更なる陰謀が待ち受けていることを――。
第二章 第五十話
「オーガス到着」
――続く。




