第四十九話 黒幕の足跡
盗賊たちとの戦闘が終わった後――。
街道には、安堵の空気が流れていた。
ロイド商会の商人たちは胸を撫で下ろし、護衛たちもようやく緊張を解いている。
「助かりました……!」
ロイドが何度も頭を下げた。
「本当にありがとうございます。皆さんがいなければ、今頃どうなっていたことか……」
その声には、心からの感謝が込められていた。
実際、盗賊たちは十数人。
普通の商隊なら、ひとたまりもなかっただろう。
だが――。
ビルセイヤの表情は晴れなかった。
仲間たちが無事だったことは喜ばしい。
商隊も守り切った。
初陣としては、これ以上ない結果だ。
それでも、胸の奥に残る違和感が消えない。
盗賊たちは弱すぎた。
そして、動きが妙に不自然だった。
待ち伏せの位置。
襲撃のタイミング。
商隊の規模を把握していたような動き。
どれも場当たり的な盗賊にしては出来過ぎている。
まるで――誰かの指示で動いているような。
◇◇◇
「ビルセイヤ?」
セシリアが心配そうに声を掛ける。
「どうしたの?」
ビルセイヤは視線を盗賊たちへ向けたまま答えた。
「少し気になることがある」
そう言うと、縄で縛られた盗賊の頭目の前へ歩いていく。
頭目は悔しそうな顔で睨み返した。
だが、先ほどの戦いで完全に心は折れている。
その目にあるのは反抗心よりも、怯えに近い色だった。
「質問がある」
ビルセイヤは静かに言った。
「なぜこの商隊を襲った?」
「……金が欲しかっただけだ」
頭目は即答する。
だが。
ビルセイヤは首を横に振った。
「嘘だな」
その一言で、頭目の肩が僅かに震えた。
「お前たちは商隊の出発時間を知っていた」
「待ち伏せ場所も完璧だった」
「偶然にしては出来過ぎている」
冷静な分析だった。
セシリアたちも納得する。
確かに盗賊たちの動きは妙だった。
まるで、商隊の情報を事前に入手していたかのようだったのだ。
「誰から情報を貰った?」
頭目は口を閉ざす。
しかし額には汗が滲んでいた。
沈黙が答えだった。
「言わないなら冒険者ギルドへ引き渡す」
「盗賊だけならまだしも、裏に組織がいるなら話は別だ」
ビルセイヤの声は静かだった。
だが、有無を言わせぬ迫力がある。
やがて頭目は、観念したように大きくため息を吐いた。
「……依頼人がいた」
その瞬間。
空気が変わった。
ツバサが腕を組む。
「やっぱりな」
「誰だ?」
ビルセイヤが問い掛ける。
頭目は首を横に振った。
「顔は知らねぇ」
「黒いローブを着てた」
「俺たちに金を払って、商隊を襲えって言ったんだ」
それだけだった。
だが、十分だった。
今回の襲撃は偶然ではない。
誰かが意図的に仕組んだものだったのだ。
◇◇◇
ロイドの顔が青ざめる。
「わ、私を狙ったのでしょうか……?」
震える声だった。
ビルセイヤは少し考える。
「可能性はある」
「だが、積荷が目的だった可能性も高い」
ロイド商会の馬車には、高価な布や加工品、保存の利く食料などが積まれている。
商隊そのものを狙う理由は十分ある。
しかし――。
どうにも腑に落ちない。
ただの強盗にしては、襲撃の手際が良すぎる。
だが、本職の刺客にしては、盗賊たちが弱すぎる。
まるで最初から、失敗しても構わない駒として切り捨てられる前提で使われていたかのようだ。
そんな時だった。
「ビルセイヤさん」
エミリアが声を上げた。
彼女は盗賊たちの荷物を調べていたらしい。
「これを見てください」
差し出されたのは、一枚の金属板だった。
掌に収まるほどの、黒い金属。
そして中央には、奇妙な紋章が刻まれている。
蛇。
二匹の蛇が円を描くように絡み合い、互いの尾を喰らうような、不気味な紋章だった。
「これは……」
ビルセイヤが眉をひそめる。
見覚えはない。
セシリアも首を傾げた。
ツバサも表情を険しくする。
少なくとも、まともな商会やギルドの印ではない。
だが。
盗賊の頭目だけは違った。
顔色が一瞬で変わる。
「そ、それは……!」
思わず叫ぶ。
全員の視線が集まった。
「知っているのか?」
ビルセイヤが問う。
頭目は青ざめながら頷いた。
「依頼人が持っていた紋章だ……」
その言葉に、空気が凍り付く。
偶然ではない。
盗賊たちは確実に、その人物と繋がっていた。
そして、その人物は今もどこかで動いている。
ビルセイヤは黒い金属板を見つめた。
蛇の紋章。
不気味な意匠。
まるで獲物を締め上げ、逃げ道を奪う大蛇のようだった。
◇◇◇
「面倒なことになりそうだな」
ツバサが苦笑する。
だがビルセイヤは静かに頷いた。
「放置はできない」
「だが、今は依頼が優先だ」
黒幕の存在は気になる。
正体も目的も分からない以上、なおさら危険だ。
それでも。
「まずは商隊を目的地まで届ける」
それが冒険者としての責任だった。
依頼を受けた以上、最後まで果たす。
たとえその裏に何が潜んでいようと、それは変わらない。
全員が頷く。
セシリアは剣を収め、エミリアは拘束した盗賊たちを確認する。
ツバサは森の方へ一度だけ鋭い視線を向けてから、肩を竦めた。
こうして商隊は再び動き始めた。
護衛たちが周囲を警戒し、馬車が軋む音を立てながら進んでいく。
だが、誰も気付いていない。
森のさらに奥。
一本の大樹の上から、一人の人物が彼らを見下ろしていたことに。
◇◇◇
黒いローブ。
顔は深くフードに隠れ、表情は見えない。
ただ、その口元だけが僅かに歪んだ。
「盗賊どもは失敗したか」
低い声が漏れる。
感情の薄い、冷えた声だった。
だが、その視線だけは鋭い。
真っ直ぐに、ビルセイヤを見据えていた。
「だが面白い」
フードの奥で、口元が吊り上がる。
「想像以上だ」
盗賊たちは、ただの捨て石だった。
商隊を襲わせ、護衛の力量を見るための。
それだけのために消費された駒。
だが、その役目は十分に果たした。
剣士の技。
女剣士の練度。
魔法使いの拘束術。
そして何より――。
黒ローブの人物の視線が、ビルセイヤへと細められる。
「ならば次は――」
その呟きを最後に、黒ローブの人物は木の枝を蹴った。
音もなく、森の闇へ溶けるように姿を消す。
まるで最初から、そこに存在しなかったかのように。
◇◇◇
クラン【ホーム】の初依頼。
その裏で動き始めた陰謀は、まだ始まったばかりだった。
――続く。




