第四十一話 新しい家族の第一歩
ミリアが屋敷へやって来てから、一週間が過ぎた。
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最初の頃は何をするにも遠慮がちで、誰かに話しかけられても恐縮してばかりだった少女。
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だが今では少しずつ笑顔を見せるようになっていた。
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屋敷にも慣れ始めている。
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それはビルセイヤたちにとっても嬉しい変化だった。
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ある日の朝。
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食堂から香ばしい匂いが漂ってくる。
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焼き立てのパンの香り。
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野菜たっぷりのスープ。
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食欲を刺激する卵料理。
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目を覚ましたビルセイヤは、その香りに誘われるように食堂へ向かった。
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「おはようございます」
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そこにいたのはエプロン姿のミリアだった。
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以前よりも表情が柔らかい。
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少し照れながらも笑顔で頭を下げる。
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「おはよう」
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ビルセイヤも自然に笑みを返した。
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テーブルには朝食が並んでいる。
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以前は簡単な料理を交代で作っていたが、ミリアが来てから食卓は見違えるほど豊かになった。
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「わぁ……」
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食堂へ入ってきたセシリアが目を輝かせる。
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「今日も美味しそうね」
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「ありがとうございます」
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ミリアが嬉しそうに微笑んだ。
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全員が席に着き、朝食が始まる。
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ビルセイヤはスープを一口飲んだ。
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優しい味わいが口いっぱいに広がる。
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思わず感心した。
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「美味いな」
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その一言にミリアの肩がぴくりと動く。
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「ほ、本当ですか?」
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どこか不安そうな声。
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ビルセイヤは力強く頷いた。
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「ああ」
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「店を出せるんじゃないか?」
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その言葉にセシリアとエミリアも同意する。
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「本当に美味しいわ」
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「毎朝楽しみになってしまいますね」
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エミリアが微笑む。
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ミリアの顔がぱっと明るくなった。
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自分が作った料理を喜んでもらえる。
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必要とされている。
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その事実が何より嬉しかった。
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朝食後。
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ビルセイヤは工房へ向かう。
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その後ろをリリアがついていった。
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今ではすっかりいつもの光景である。
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「今日は何を作るんですか?」
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リリアが興味津々に尋ねる。
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「包丁だな」
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「ギルバード商会から大量注文が来てる」
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ビルセイヤが答えた。
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盗賊団討伐以降、彼の名声はさらに高まっている。
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鍛冶師としても評判になり、注文が絶えなかった。
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「柄の形を少し変えた方が握りやすいかもしれません」
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リリアが提案する。
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ビルセイヤは顎に手を当てた。
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「なるほど」
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「確かに長時間使うならその方が良さそうだ」
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採用。
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こうしたやり取りも日常になっていた。
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リリアは戦えない。
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だが鍛冶に関しては良き相談相手だった。
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生活者目線の意見は、職人にはない発想を与えてくれる。
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一方その頃。
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屋敷の中庭ではツバサが木刀を振っていた。
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朝の鍛錬である。
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鋭い踏み込み。
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流れるような剣筋。
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副クランリーダーに相応しい実力だった。
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「ツバサさん、お疲れ様です」
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ミリアがお茶を持ってやって来る。
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「ありがとう」
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受け取ったツバサは中庭の椅子へ腰掛けた。
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そしてふと考える。
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リリア。
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ミリア。
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二人とも基本的には非戦闘員だ。
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だが、この世界は決して安全ではない。
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盗賊。
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魔物。
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犯罪者。
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危険はどこにでも存在する。
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だからこそ――。
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「なあ、ミリア」
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「はい?」
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「護身術に興味はあるか?」
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突然の質問にミリアは首を傾げた。
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「護身術ですか?」
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「そうだ」
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ツバサは真剣な表情で続ける。
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「戦えと言うつもりはない」
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「でも逃げる時間を作る技術は必要だ」
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「自分の身を守るためにな」
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ミリアは黙り込んだ。
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脳裏に浮かぶのは盗賊団のアジト。
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暗い牢屋。
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恐怖の日々。
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もし。
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あの時。
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少しでも自分を守る力があったなら。
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未来は違ったかもしれない。
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「……学びたいです」
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迷いながらも、はっきりと答えた。
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ツバサは満足そうに頷く。
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「よし」
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「リリアにも声を掛けよう」
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「二人まとめて教える」
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剣術ではない。
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戦うための技術でもない。
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逃げるため。
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守るため。
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生き残るための技術。
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合気道を中心とした護身術だった。
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こうして始まる。
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ツバサ流護身術教室。
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それは後に、リリアとミリアが自らの身を守る大きな力となる。
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そして未来。
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屋敷へ侵入した不審者を二人が鮮やかに取り押さえる日が来ることを――。
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まだ誰も知らなかった。
第二章 第四十一話
「新しい家族の第一歩」
――続く。




