第九話 エルフの少女
「助けてぇっ!」
森の奥から響く悲鳴。
その声を聞いた瞬間、ビルセイヤは地面を蹴っていた。
隣ではセシリアも駆け出している。
背後からギルドマスターの怒鳴り声が聞こえた。
「待て! 先走るな!」
だが足は止まらない。
人が助けを求めている。
それだけで十分だった。
◇◇◇
木々の間を駆け抜ける。
枝葉を掻き分ける。
やがて視界が開けた。
そして二人は見た。
「っ!?」
セシリアが息を呑む。
そこには六匹のオークがいた。
身長は二メートル近い。
筋肉の塊のような巨体。
手には棍棒や斧。
ゴブリンとは比較にならない威圧感を放っている。
そして、その中心。
一人の少女が追い詰められていた。
◇◇◇
腰まで届く銀髪。
透き通るような白い肌。
長く尖った耳。
間違いない。
エルフだった。
「はぁっ!」
少女が弓を引く。
放たれた矢がオークの肩を貫いた。
「グオオオオッ!」
オークが咆哮する。
だが倒れない。
むしろ怒りを増したように前進してくる。
少女は後退した。
しかし限界だった。
足元に転がる矢筒。
残る矢は数本。
額には汗が滲んでいる。
魔力もかなり消耗しているのだろう。
「しまった……!」
少女の顔が青ざめる。
背後は崖。
逃げ場がない。
◇◇◇
オークの一匹が棍棒を振り上げた。
少女は反射的に弓を構える。
だが間に合わない。
避けられない。
死。
その二文字が脳裏を過ぎった瞬間だった。
「そこまでだ」
低く落ち着いた声が響く。
次の瞬間。
ドガァァァン!!
轟音。
オークの巨体が吹き飛んだ。
「え……?」
少女が目を見開く。
そこに立っていたのは一人の青年だった。
黒髪。
鋭い眼差し。
ロングソードを構える姿。
そして――。
どこまでも頼もしい背中。
◇◇◇
ビルセイヤだった。
「大丈夫か?」
振り返らずに問い掛ける。
少女は呆然としていた。
突然現れた青年がオークを吹き飛ばしたのだ。
驚かない方がおかしい。
「セシリア!」
「任せてください!」
金髪の少女が飛び出す。
剣が閃く。
オークの腕が切り裂かれた。
「グオォォォ!」
怒号が響く。
六匹のオークが一斉に二人へ向き直った。
獲物を変更したのだ。
◇◇◇
ビルセイヤはロングソードを構える。
心臓が高鳴る。
だが恐怖ではない。
集中だ。
剣道の試合前によく似ていた。
相手を観察する。
足運び。
重心。
呼吸。
動きの癖。
全てを見る。
一匹のオークが突進してきた。
「グオオオオ!」
棍棒が振り下ろされる。
速い。
重い。
だが単調だ。
ビルセイヤは半歩だけ身体をずらした。
棍棒が地面を砕く。
土が舞い上がる。
その隙。
「はっ!」
鋭い斬撃。
ロングソードが脇腹を切り裂いた。
「グアアアア!」
悲鳴が響く。
深手だ。
だが倒れない。
ゴブリンとは比較にならない生命力だった。
◇◇◇
「なるほどな」
ビルセイヤは口元を上げた。
強い。
だが勝てない相手ではない。
むしろ。
「面白い」
強敵と戦う時の高揚感があった。
剣士としての血が騒ぐ。
◇◇◇
「風よ!」
その時だった。
後方から魔法が飛ぶ。
風の刃。
エアーカッターだ。
オークの顔面が切り裂かれる。
「グギャァァ!」
放ったのはエルフの少女だった。
まだ戦意は失っていないらしい。
「無茶するな」
ビルセイヤが言う。
「無茶じゃありません!」
少女は悔しそうに答えた。
「私は冒険者です!」
その瞳には強い意志が宿っていた。
ただ守られるだけの存在ではない。
それが伝わってくる。
「そうか」
ビルセイヤは笑った。
「なら一緒に戦おう」
「――っ!」
少女の動きが止まる。
心臓が大きく跳ねた。
助けられた。
認められた。
しかも笑顔付き。
顔が熱くなる。
だが今は戦闘中だ。
必死に気持ちを押し込める。
◇◇◇
一方。
セシリアも二匹のオークを相手に奮戦していた。
「はあああっ!」
剣が閃く。
さらに盾による体当たり。
オークの体勢が崩れる。
そこへ。
ヒュンッ!
エルフの少女の矢が突き刺さった。
「ありがとうございます!」
少女が叫ぶ。
「気にするな!」
セシリアも応じる。
即席とは思えない連携だった。
◇◇◇
その時だった。
森の奥から重い足音が響く。
ドシン。
ドシン。
ドシン。
空気が変わる。
本能が警鐘を鳴らした。
オークたちですら動きを止める。
そして――。
現れた。
普通のオークよりさらに巨大な魔物。
身長は三メートル近い。
筋肉で膨れ上がった身体。
巨大な戦斧。
圧倒的な威圧感。
「そんな……」
セシリアの顔色が変わる。
「オークジェネラル……!」
上位種。
オークの指揮官。
Dランク冒険者が簡単に相手をしていい存在ではない。
エルフの少女も息を呑んだ。
だが。
ビルセイヤだけは違った。
静かにロングソードを握り直す。
異世界へ来てから最大の強敵。
そして――。
運命の出会い。
エルフの少女との邂逅。
その両方が今、この戦場で交差しようとしていた。
第一章 第九話
「エルフの少女」
――続く。




