第三十七話 怪物を断つ剣
グオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
魔物化した盗賊団頭領の咆哮が、洞窟前に響き渡った。
全身から溢れ出る禍々しい魔力。
異様なまでに膨れ上がった筋肉。
赤黒く染まった瞳。
皮膚の下では血管が浮き上がり、不気味に脈動している。
もはや人間ではなかった。
理性を捨て、力だけを求めた怪物。
禁忌の魔石が生み出した化け物だった。
「なんて魔力……」
エミリアが息を呑む。
魔法使いである彼女だからこそ分かる。
あの力は異常だ。
普通の魔力ではない。
命そのものを燃料にして生み出された、暴走した力。
まともな手段で得られるものではなかった。
だが――。
その代償によって得た力は本物だった。
ドンッ!!
地面が陥没する。
頭領が一瞬で距離を詰めた。
先ほどまでとは比べ物にならない速度。
巨大な戦斧が振り下ろされる。
ビルセイヤは即座に横へ跳んだ。
直後――。
ドガァァァァァァン!!
地面が爆発したかのように砕け散る。
土砂が舞い上がり、小石が周囲へ飛び散った。
もし直撃していたら、鎧ごと潰されていただろう。
「なるほど」
ビルセイヤは静かに呟く。
強い。
間違いなく強い。
力も速度も、先ほどとは別物だ。
だが、冷静に観察すると見えてくるものがある。
呼吸。
重心。
筋肉の動き。
戦斧の軌道。
力を得た代わりに、技術が消えている。
攻撃は荒々しく単調だった。
理性を失った証拠である。
「グオオオオオオオッ!!」
怪物が再び襲い掛かる。
横薙ぎ。
振り上げ。
叩き付け。
ただ力任せの連続攻撃。
だが、その一撃一撃は凄まじい。
当たれば終わりだ。
しかし――。
ビルセイヤは躱す。
一歩。
半歩。
身体を僅かに捻る。
必要最小限の動き。
剣道で培った間合い。
合気道で磨いた体捌き。
それら全てが、自然に融合していた。
「すごい……」
リリアが思わず呟く。
恐ろしい怪物を相手にしているのに、ビルセイヤは一度も被弾していない。
まるで舞うように、攻撃を捌いている。
一方――。
ツバサたちは残党の掃討を続けていた。
しかし盗賊たちは、すでに戦意を失っている。
頭領の変貌に恐怖していたのだ。
「逃げろ!」
「化け物になりやがった!」
「俺たちまで殺される!」
統率は完全に崩壊していた。
「終わりだな」
ツバサが静かに刀を振るう。
研ぎ上げられた日本刀が閃き、最後まで抵抗した盗賊を無力化した。
残る脅威は、頭領のみ。
そして、その時――。
ビルセイヤが動いた。
怪物の戦斧が振り下ろされる。
その瞬間。
半歩、踏み込む。
懐へ入った。
長柄武器の弱点。
近距離だ。
ズバッ!
肩口を斬る。
ズバッ!
脇腹を裂く。
ズバッ!
太腿へ追撃。
連続する鋭い斬撃。
「グギャアアアアアアアッ!!」
怪物が悲鳴を上げる。
鮮血が飛び散った。
だが、まだ倒れない。
常人ならとっくに絶命している傷だ。
魔石による異常な生命力が、その身体を無理やり支えているのだろう。
しかし――。
勝負は見えていた。
力任せの怪物。
技を極めた剣士。
結果は、最初から決まっていたのかもしれない。
「終わりだ」
ビルセイヤが静かに告げる。
怪物が最後の力を振り絞った。
全てを賭けた突進。
全身全霊の一撃。
だが、ビルセイヤは恐れない。
剣を構える。
呼吸を整える。
視線を合わせる。
そして――。
一閃。
ズバァァァァァァァァァッ!!
白銀の軌跡が走った。
時間が止まったような錯覚。
静寂。
次の瞬間。
怪物の首が宙を舞う。
巨体が数歩進む。
そして――。
ドォォォォォォン!!
大地を揺らしながら崩れ落ちた。
静寂。
誰も声を出せなかった。
圧倒的な勝利だった。
「勝った……」
セシリアが小さく呟く。
その言葉を合図に、安堵の空気が広がった。
盗賊団壊滅。
依頼達成。
誰もがそう思った。
しかし――。
ビルセイヤは剣を納めない。
視線は洞窟の奥へ向けられていた。
何かが引っ掛かる。
まだ終わっていない。
そんな予感があった。
「中を調べよう」
その一言に、仲間たちも頷く。
洞窟の奥。
そこで待つ運命の出会いを、まだ誰も知らなかった。
――続く。




