第三十二話 北街道の盗賊団
「北街道で商人馬車が襲われた」
◇◇◇
その報告を受けた直後――。
◇◇◇
冒険者ギルドの会議室は重苦しい空気に包まれていた。
◇◇◇
先ほどまでクラン設立について話し合っていた空気は消え失せ、全員の表情が引き締まる。
◇◇◇
支部長は机の上へ一枚の地図を広げた。
◇◇◇
「襲撃地点はここだ」
◇◇◇
指差した場所はエメラルド・グリーンから北へ半日ほど進んだ街道沿い。
◇◇◇
王都へ向かう重要な交易路だった。
◇◇◇
毎日多くの商人馬車が行き交う。
◇◇◇
王国経済を支える大動脈と言ってもいい。
◇◇◇
「被害状況は?」
◇◇◇
ビルセイヤが尋ねる。
◇◇◇
支部長は資料へ目を落とした。
◇◇◇
「護衛冒険者が数名負傷」
◇◇◇
「幸い死者は出ていない」
◇◇◇
「だが荷物の一部が奪われた」
◇◇◇
その言葉に部屋の空気がさらに重くなる。
◇◇◇
死者がいなかったのは不幸中の幸いだ。
◇◇◇
しかし問題は終わっていない。
◇◇◇
「最近こういう事件が続いている」
◇◇◇
支部長が低い声で続ける。
◇◇◇
「今回で四件目だ」
◇◇◇
全員が顔を見合わせた。
◇◇◇
一度や二度なら偶然かもしれない。
◇◇◇
だが四件。
◇◇◇
それは明らかに異常だった。
◇◇◇
「組織的だな」
◇◇◇
ツバサが腕を組む。
◇◇◇
支部長は頷いた。
◇◇◇
「盗賊団だろう」
◇◇◇
「しかも相当な規模だ」
◇◇◇
「複数の目撃証言がある」
◇◇◇
「人数は二十人から三十人程度と見られている」
◇◇◇
二十人以上。
◇◇◇
もはや盗賊ではなく武装集団だ。
◇◇◇
「拠点は?」
◇◇◇
セシリアが尋ねる。
◇◇◇
「まだ分かっていない」
◇◇◇
支部長は険しい表情で首を振る。
◇◇◇
「森のどこかに隠れ家があるはずだが発見できていない」
◇◇◇
普通の盗賊ならここまで長期間活動できない。
◇◇◇
誰かが指揮している。
◇◇◇
そんな予感があった。
◇◇◇
しばし沈黙が流れる。
◇◇◇
そして。
◇◇◇
「受ける」
◇◇◇
ビルセイヤが言った。
◇◇◇
迷いのない声だった。
◇◇◇
支部長が目を細める。
◇◇◇
「即決か」
◇◇◇
「放っておけないだろ」
◇◇◇
ビルセイヤは肩をすくめた。
◇◇◇
「商人たちが困る」
◇◇◇
「街の人たちも不安になる」
◇◇◇
「だったら潰すしかない」
◇◇◇
あまりにも自然な答えだった。
◇◇◇
利益でも名声でもない。
◇◇◇
困っている人を助けたい。
◇◇◇
それだけだ。
◇◇◇
だからこそ人は彼を信頼する。
◇◇◇
「私も行くわ」
◇◇◇
セシリアが即答した。
◇◇◇
「当然ですね」
◇◇◇
エミリアも続く。
◇◇◇
「私も頑張ります!」
◇◇◇
リリアも負けじと手を挙げた。
◇◇◇
支部長は思わず笑う。
◇◇◇
「決まりだな」
◇◇◇
「正式依頼として受理する」
◇◇◇
こうして盗賊団討伐依頼が成立した。
◇◇◇
ギルドを出た後。
◇◇◇
一行は屋敷へ戻り準備を始める。
◇◇◇
保存食。
◇◇◇
回復薬。
◇◇◇
予備の武器。
◇◇◇
野営道具。
◇◇◇
旅慣れた彼らの準備は早かった。
◇◇◇
工房ではビルセイヤが武器の最終点検を行う。
◇◇◇
愛用のロングソード。
◇◇◇
予備の短剣。
◇◇◇
投擲用ナイフ。
◇◇◇
どれも完璧な状態だ。
◇◇◇
「本当に職人だな」
◇◇◇
工房へやって来たツバサが感心したように言う。
◇◇◇
ビルセイヤは当然のように答えた。
◇◇◇
「武器を大切にしない奴は強くなれないからな」
◇◇◇
その言葉にツバサは静かに頷く。
◇◇◇
腰の日本刀へ手を置く。
◇◇◇
ビルセイヤが研ぎ上げた愛刀。
◇◇◇
今では以前とは比較にならないほどの切れ味を誇っている。
◇◇◇
「その通りだ」
◇◇◇
剣士として心から共感できた。
◇◇◇
夕方になる頃には全ての準備が整った。
◇◇◇
明日の早朝出発。
◇◇◇
盗賊団追跡作戦が始まる。
◇◇◇
その夜。
◇◇◇
リリアは居間で帳簿を整理していた。
◇◇◇
食費。
◇◇◇
宿代。
◇◇◇
武器の材料費。
◇◇◇
細かな支出を一つ一つ記録していく。
◇◇◇
「すごいな」
◇◇◇
その様子を見ていたビルセイヤが呟いた。
◇◇◇
「何がですか?」
◇◇◇
「俺には絶対無理だ」
◇◇◇
「こんな細かい計算」
◇◇◇
リリアは思わず吹き出した。
◇◇◇
「得意分野が違うだけですよ」
◇◇◇
「ビルセイヤさんは武器も作れますし」
◇◇◇
「戦えますし」
◇◇◇
「私はそんなことできません」
◇◇◇
そう言って微笑む。
◇◇◇
ビルセイヤも自然と笑みを浮かべた。
◇◇◇
頼りになる。
◇◇◇
本当にそう思った。
◇◇◇
彼女は戦えない。
◇◇◇
だが確実に仲間を支えている。
◇◇◇
クランを作るなら、こういう存在が必要なのだろう。
◇◇◇
その頃――。
◇◇◇
北街道からさらに奥。
◇◇◇
深い森の中。
◇◇◇
人目につかない洞窟があった。
◇◇◇
薄暗い空間。
◇◇◇
酒の臭い。
◇◇◇
乱雑に積まれた荷物。
◇◇◇
そこは盗賊団のアジトだった。
◇◇◇
その片隅で、一人の少女が膝を抱えていた。
◇◇◇
ボロボロの服。
◇◇◇
痩せた身体。
◇◇◇
不安そうな瞳。
◇◇◇
周囲には荒くれ者たちがいる。
◇◇◇
「へへへ……」
◇◇◇
「大人しくしてろよ」
◇◇◇
下卑た笑い声。
◇◇◇
少女は小さく震える。
◇◇◇
だが。
◇◇◇
その瞳の奥にはまだ光が残っていた。
◇◇◇
諦めていない。
◇◇◇
生きることを。
◇◇◇
自由になることを。
◇◇◇
そして――。
◇◇◇
この少女との出会いが、ビルセイヤたちの運命を大きく変えることになる。
◇◇◇
後に仲間となり。
◇◇◇
家族となり。
◇◇◇
ビルセイヤの人生を支える存在。
◇◇◇
新たな物語の幕が、静かに上がろうとしていた。
第二章 第三十二話
「北街道の盗賊団」
――続く。




