第二十七話 一閃、黒き獣を断つ
ブラックベアの巨体が大きく傾いた。
◇◇◇
前脚は既に傷だらけだった。
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無数の矢。
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魔法による攻撃。
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そしてビルセイヤとセシリアによる斬撃。
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積み重なったダメージが、ついに災害級魔物の動きを鈍らせていた。
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「今だ!」
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誰かが叫ぶ。
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しかしビルセイヤの耳には届いていなかった。
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意識はただ一つ。
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目の前の敵へ集中している。
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呼吸を整える。
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雑念を捨てる。
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一歩。
◇◇◇
また一歩。
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静かに距離を詰める。
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前世で剣道を極めた時と同じ感覚だった。
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周囲の音が遠ざかる。
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見えるのは敵だけ。
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感じるのは剣だけ。
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そして。
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ブラックベアが最後の力を振り絞る。
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グオオオオオオオオオオッ!!
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怒りの咆哮。
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巨大な腕が振り上げられる。
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最後の反撃。
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まともに受ければ鎧ごと吹き飛ばされるだろう。
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だが。
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ビルセイヤは前へ出た。
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逃げない。
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迷わない。
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ブラックベアの爪が振り下ろされる。
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その軌道を見切る。
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半歩。
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身体を捻る。
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鋭い爪が頬を掠めた。
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血が一筋流れる。
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しかしそれだけだった。
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その瞬間。
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「はああああああっ!!」
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気合と共に踏み込む。
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剣道の極意。
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腰。
◇◇◇
肩。
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腕。
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全身の力を一撃へ集中させる。
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そして振り抜いた。
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一閃。
◇◇◇
ズバァァァァァァァッ!!
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白銀の軌跡が戦場を駆け抜ける。
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一瞬。
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時間が止まったように見えた。
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そして――。
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ブラックベアの首が宙を舞う。
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巨大な頭部が地面へ落ちた。
◇◇◇
ドォォォォォン!!
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続いて四メートルを超える巨体も崩れ落ちる。
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大地が揺れた。
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静寂。
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誰も声を出せない。
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信じられなかった。
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災害級魔物。
◇◇◇
ブラックベア。
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それが討伐されたのだ。
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「か、勝った……?」
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若い冒険者が呟く。
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次の瞬間。
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「おおおおおおおおおおおおっ!!」
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歓声が爆発した。
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兵士たちが武器を掲げる。
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冒険者たちが雄叫びを上げる。
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誰もが勝利を喜んでいた。
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ブラックベアの死は戦場の流れを完全に変えた。
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統率を失った魔物たちは混乱する。
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ゴブリンは逃げ出し。
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フォレストウルフは森へ引き返す。
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オークたちも戦意を失っていた。
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「押し返せぇぇぇ!」
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支部長の号令が響く。
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反撃開始。
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冒険者たちが一斉に前進した。
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もはや戦いの趨勢は決まっていた。
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数十分後――。
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スタンビートは完全に終息する。
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北部森林防衛戦。
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エメラルド・グリーンの街を守り抜いた戦い。
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そしてその中心にいたのは間違いなくビルセイヤだった。
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一方。
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少し離れた場所で戦場を見つめる青年がいた。
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ツバサである。
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彼は静かに拳を握り締めていた。
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強い。
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本当に強い。
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だがビルセイヤの本当の凄さは剣技ではない。
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仲間との連携。
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状況判断。
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人を導く力。
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そして皆を生き残らせようとする責任感。
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それら全てが人を惹き付けている。
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「決めた」
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ツバサが小さく呟く。
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「この人について行こう」
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その決意は確かなものだった。
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そして後に王国最強クラスと呼ばれるクラン誕生への第一歩となる。
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その頃。
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「ビルセイヤさん!」
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リリアが駆け寄ってきた。
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目には涙が浮かんでいる。
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戦いが終わるまでずっと心配していたのだ。
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「無事で良かった……」
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震える声。
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ビルセイヤは少し驚いたような顔をした後、優しく笑った。
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「ただいま」
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その一言。
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それだけでリリアの胸は温かさで満たされた。
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まるで家族を迎える言葉のようだった。
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少し離れた場所では。
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セシリアとエミリアがそんな二人を見て微笑んでいる。
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本人たちはまだ気付いていない。
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だが二人の距離は確実に縮まっていた。
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こうしてエメラルド・グリーンを襲ったスタンビートは終結する。
◇◇◇
しかし。
◇◇◇
この勝利は終わりではない。
◇◇◇
新たな出会い。
◇◇◇
新たな仲間。
◇◇◇
そしてクラン結成へ繋がる始まりだった。
◇◇◇
ツバサ。
◇◇◇
マイ。
◇◇◇
イリス。
◇◇◇
未来の仲間たちとの運命が、静かに動き始めていたのである。
第二章 第二十七話
「一閃、黒き獣を断つ」
――続く。




